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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第二章
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白鷹家諸事情につき穣は、

 春も終わろうとする世界は、少しづつ湿り気が増してゆきます。桜の花もとうに散り、緑芽吹かんとしています。私と葉月さんは、仰向けに寝転んだまま、空をゆっくり流れる雲を見つめていました。


「まずさ、一ッつ聞きたいけど、いいかな」

 

 葉月さんは、ゴロンと横向きになって私を見ました。私も応じます。


「穣は、やっぱり、夏生のことが男の子として好きなのかな?」


 直球過ぎますお兄様。その通りですが。


「夏生は、女の子を好きにならないのは知ってるよね」


 私が険しい表情をしていたからでしょうか、葉月さんはにこりと気軽そうに微笑みました。


「……僕もだ。だから、夏生の気持ちは、みんなよりも少しわかるかもしれない」


 兄弟であることを差し引いても、です。


「この間の尾行作戦の時、夏生ってば、千堂君が飲ませて潰した高校生を勝手に家に泊めたんだよー。あの子、すっごい僕の好みでさー、僕やばかったんだから!」


 あんまりにも葉月さんが困った顔で可愛いので、私も笑みがこぼれます。


「……ちょっと手出しちゃったけど……」


 えええ!? さすがにそれは、「可愛い」ではすまされないように思いますよお兄様!


「僕はそうやって移り気だけどね、夏生はね、ずっと昔から好きな人がいるんだ」


 その言葉を聞くにつけ、私の笑みがすうっと引いていくのを感じました。彼が話そうとしたことは、この件だったのでしょう。


「忘れよう、忘れようとしているみたいだけどね、どうしても戻ってきてしまう。そういうふうに人を好きになったこと、ある?」


 私は、いいえ、と答えました。まだ、ない。それだけのことです。


「夏生の好きな人は、僕らと幼いころから一緒で、多くのことを教えてくれた人でもあるんだ。僕ら……少なくとも夏生は、その人によって形作られたようなものだよ」


 だから、彼はいつだって、どこを見ているのかわからないような表情をしているのでしょうか。だから、自分が今いる場所が馴染んでいないような淋しげな表情をしているのでしょうか。にも拘らず、その憂い顔を私は美しいと感じてしまうのです。


「僕らの実家が会社を経営しているっていったよね。でも、さっき夏生が言ったとおり、親子の縁を切られそうなのは確か。それは僕らが、変わった嗜好だったから」

「……そんなことで?」


 私は顔をしかめました。けれど、葉月さんは微笑んだまま続けました。


「代々受け継いできた会社や財産は、いろんな意味で家にとって宝物なんだ。簡単に手放せるものじゃない。僕らの代が途絶えたら、少なくとも白鷹本家以外の人の手に移ることになるんだからね、そりゃ目の色も変わるよ。だから父さんは今、僕らの従弟に目をかけている。養子にするんだろうとは思うよ」


 彼は生粋の反抗息子というわけではなく、ご実家の気持ちをわかっているようでもありました。


「父さんは、いわゆる『まっとう』な人間になれば許してくれるって言ったけど、そのために自分の信条が曲げられてしまうなんて、とても許せなかった。こういう感情を教えてくれたのも、その、夏生の好きな人。僕らは、高校生の時から家を出ているんだけど、その時もお世話になったなぁ。そんな人だから、うちの両親には嫌われてるけどね。他にもいろんなことがあったけど……人に話して聞かせるには、ちょっとつまらないかな?」


 疑問系でしたが、彼の中では、今はこれ以上は話さないよ、という意思が感じられたので、黙っていました。


「両親は、『家に帰ってくるな! その代わり十分な金はやる』ってスタンスなんだ。だから、僕らは、今まで、自分の我儘だけで突っぱねてきたような、甘ちゃんなところがある。夏生は、そんな自分を変えようとして四苦八苦しているんだ。ちょっと痛々しいけどね。……僕は、使えるものは使っとけ主義だから、夏生のあの感覚は理解に苦しむんだけどねえ、」


 イシシ、と葉月さんはいたずら小僧のような顔をします。


「そしてさ、夏生の思いは重い……ってコトは分かってもらえたかな」


 ええ、とても。そう、「負けた」と感じそうになるほどには。しかしそれは、私が彼の前から姿を消す理由になどなりません。なにしろ、「夏生ちゃんの好きな人」は葉月さんの言葉で語られたままで、未だ霧の向こうにあって正体不明なのですから。


「穣がね、夏生を好いてくれるの、僕すごく嬉しい。でもね、そのために振り向いてくれない夏生を追いかけ続けるのは、君が傷つくから」

「構わないんです。私は、夏生ちゃんの傍にいるだけでも、友達でいられるだけでも、」


 友達でいる……? 私は、そんなことを望んでいるわけではなかったはずです。恋人になって、そして、一生幸せになりたいんじゃなかったかな……?


「夏生は、君が傍に必要なんだと思う。でも、それってズルイかな」

「違うんです。僕が……私が傍にいたいから、いいんです」

「夏生は、女性として、穣を幸せになんかしてくれないんだよ?」

「いいんです。遠くで見るほうが、もっともっと、辛いのです」


 言いながら、なにかおかしいな、と思いました。

 ――あれ、私は、女性として幸せになりたいんじゃなかったのかな……。王子様と幸せになりたいんじゃなかったかしら……。

 夏生ちゃんじゃ無理? だから、次を探しますって言うんですか?


 違います違います!

 無理です無理です!

 夏生ちゃんの傍にいるだけでいいことにします。

 私の王子様は、ただ一人、夏生ちゃんだけなのでした。しかし、それは同時に、私はお姫様には決してなれず、哀れな従者になることが決定するのです。どこかで、いつか夏生ちゃんは私を好きになってくれる、と思い込んでいた私は、どうしようもない楽天家なのです。




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