金と家庭の話は外でするもんじゃない。
とある爽やかな日のことです。いつも通り私たちは、大学の中央広場の原っぱ(と呼ぶには狭い。)にシートを引いて、昼休みを満喫していました。
「へえ、穣、アルバイト決まったんだ」
瞳ちゃんは、夢野先生の古道具屋のショップカード(と呼ぶにはいささかおどろおどろしい)を手にして特に感慨もなさそうに一言。彼女の手元を覗き込むようにして、夏生ちゃんもふうん、と唸りました。
「俺も何かアルバイトしたいな」
未だに、夏生ちゃんの唇がぱたぱたと動くのを見ると恥ずかしさのあまり足元の草をむしりとりたい気分にかられます。いや、実際にむしりとったりしています。こんもりとした草の山が、私の足もとに出来上がっています。私の周りの芝生は、立派な禿が出来上がっているのです。
「夏生ちゃんに労働は似つかわしくないですね」
「だとして、俺にどうしろと?」
辛うじて返事をしたところ、彼は薄い瞳でそう問いかけてきます。そんな彼には、千堂がのしっと肩を預けました。
「俺さ、駅南の居酒屋『桜絨毯』でバイトしてるんだけど。よければ店長に紹介するか?」
なんでコイツが自然に我々の固い友情の輪に入っているのかは、大きな疑問です。
「接客は無理」
「キッチンやりゃいいじゃん」
そうかあ、などと吟味し始める夏生ちゃん。千堂と同じバイト先なんて、私が赦しませんけどね。
「いいよ! 夏生はアルバイトなんてしなくて!」
後方から声がしたと思えば、そこにいたのは葉月さんです! やほー、などど笑顔をふりふり・手をふりふりやってきます。
ていうか、どうして慶浜大学に!?
おどろく面々に対して、彼は笑って答えます。
「僕もここの学生だもーん」
だもーん、ってお兄さん……。
瞳ちゃんも夏生ちゃんに対し、聞いてないわよ! とびっくりな顔を向けました。しかし、夏生ちゃんは、とぼけた顔で「この前言わなかったかな?」などと平然としています。聞いていないから驚いているのですが。なんとなく、兄弟だなあ、と感じさせるユルさです。
一年浪人している葉月さんは、我々と同学年だそうです。そして専門は経済だとか。ぽやんとしている葉月さんが「経済」とは……。人間、なにに興味を持っているか、外見だけじゃわからないものですね。
「それより夏生! 仕送りなら、たーっぷりもらってるんだから、わざわざ働かなくていいじゃん」
葉月さんはぺたんと地べたに胡坐をかき、ちょっとだけ叱咤するような表情を見せました。夏生ちゃんは、そんなお兄様を一瞥し、言いにくそうに、小さく答えましたとさ。
「……必要以上に金を使いたくない。俺が稼いだんじゃないから」
「何言ってんの! 僕なんかジャンジャン使ってやるけどね、あんなお金」
お金、に「あんな」も「こんな」もあるのでしょうか。私にはわかりません。ちょっと二人の様子の違いが気になってきました。当然といえば当然ですが、ものの考え方が結構違うように思うのです、この兄弟。そのわりに、お互いの価値観の違いがあってもしっくりきていて、仲良く二人で暮らしているようにもみえます。だからこそ、不思議な雰囲気なのです。
「そうよ。学業が本分の学生がわざわざ働く必要なんてないわよ」
と、割り込むように瞳お嬢様。学業に身を入れていない学生が何を言うんです。
「でも、よく聞くじゃないですか。アルバイトって社会勉強ですし役に立つって、」
社会勉強ねえ、と瞳ちゃんは、胡散臭そうに唇を尖らせました。
「社会って、どの社会を言ってるのかわからないわ。私、その手の説教くさい言い分って大嫌い。必要な人だけが自分で決めてすればいいじゃない」
まるで「アタシにはカンケーありませえん」みたいな顔。せめて経験してから文句を言いなさいってところですが……。
「だって進路決まってるし、わざわざやるモチベーションが無いわ」
「僕も」
瞳ちゃんと葉月さんは、驚愕の事実をハモらせました。どういうことがと聞けば、瞳ちゃんは語り始めました。
「義也には話したけど、結婚相手はもう決まってて、卒業したら家に入るの」
「何ソレ! 箱入り娘ですか!」
「ウン。箱入り娘。最低限の教養を身に付けてこいって。ま、大学なんて大した教養付かないと思ってるけど」
髪の毛を払って、つんとした表情を見せる瞳ちゃん。そういえば、彼女の作られた甘ったるい様子は、久しく目にしていません。
「相手が決まってるのに男漁りってどういう神経です……」
「だからでしょ。せめて嫁に行く前くらい、いろんな人と出会いたいじゃない」
何で君はそう、さも当然であるかのような顔で言ってのけるんだ。たった一人でも王子様がいればそれで満足ですよ。瞳ちゃんとはつくづく合わないのですが、その理由がわかった気がします。育ってきた環境が違いすぎるのです。だから面白いのですが。
「べつに、不満なんてないわ。全ては興味と好奇心よ。若者らしいでしょ?」
はて。
しかし、この面食い娘をして「満足だ」と言わしめる殿方とは一体どんな方なのでしょう。きっと、死ぬほどイケメンに違いありません。いやむしろ、イケメンすぎて死ぬしかないほどイケメンに違いありません。どのみち、イケメンが原因で死ぬことには変わりないでしょう。
そして、次の質問の矢は葉月さんに降り注ぎます。
「僕は父さんの会社継ぐんだ。そしたら、夏生は僕が雇う。だから、夏生は何の心配も無く勉強をすればいいんだよ」
「瞳ちゃんはなんとなく分かってましたけど、白鷹家も富裕層ですか?」
「あ、俺、一般庶民ねー」
千堂には聞いてません! お前には話題は振ってないっ!
「白鷹家のマンションは普通でしたから、気づきませんでした……」
ごく普通のマンションで、葉月さん用・夏生ちゃん用、と別々の部屋があり、客間もあるような気がしないでもない(記憶が適当です)つくりだったのですが……?
「たった数年の仮住まいに、金かけることなんてないだろ」
「僕、最上階の広いところがよかったのに~」
「あのな!」夏生ちゃんは、何か抗議しようとして、でも、口ごもりました。口論を諦めた模様です。「……無駄遣いは駄目」
それだけを呟くと、キッとした顔で私たちに宣言します。
「言っとくけど、ウチは大企業じゃないし、葉月も会社継げるなんて決まってない。むしろ、勘当されそうだし」
我々は、黙って彼の話を聞いていました。彼がこんなにも自分についてわかってもらおうとしたことは少ないからです。
「だからこそ俺は、自分でどうにかできるようになりたいんだ」
「僕は諦めないしっ! 僕を絶対認めさせてやるんだかりゃ……いひゃいいひゃい、いひゃいっへ!」
夏生ちゃんは、拳を握って力説していた葉月さんの頬を引っ張り始めました。
「葉月、もういいだろ。家の話なんて人様の前でするなよ」
「ままま、なんかそれぞれワケ有りっぽいけどさ、やってみたいことはまずやってみろよ、白鷹。若いうちは挑戦と失敗の繰り返し、ってな! 俺のオヤジがよく言ってる!」
夏生ちゃんは、葉月さんへの攻撃をやめて顔を上げました。千堂が珍しくまともなことを言ったようですね。少しピリッとした空気も一瞬で消えたのです。
「な。お前が職探しってんなら、協力するし」
どこから持ってきたのか、地域の求人誌をヒラヒラ振っています。
その流れで、千堂は、右手を夏生ちゃん、左手を瞳ちゃんの肩に手を回して、三時限目の教室へ向かっていったのです。取り残された私と葉月さんは、なんとなく呆けたまま、三人を見送っていました。我々は、この次の時間は暇なようです。そこで、我々は雑談にふけることと致しました。人が消え、広くなったシートの上にごろんと仰向けに寝転がりました。
「……葉月さん、僕は、夏生ちゃんについてもっと知りたいです」
先ほど抱いた違和感に、回答が欲しいのです。なんとなくワケアリであることは知れましたが、何もかも中途半端にしか情報が提示されていないじゃないですか。好きってことは、興味があるってこと。私は夏生ちゃんを囲む状況に興味があるのです。
「穣なら、聞いてきてくれると思ったよ」
葉月さんは、困ったように微笑みます。でもたぶん、少しは嬉しさもあったのでしょう。優しい瞳を細めたのです。




