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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第一章
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春と乙女



 春爛漫。


 桜が満開です。

 大学の正門から構内に向けての通りには、両脇に幾本ものソメイヨシノが植えてあります。私学の雄としてその名を轟かせている名門『慶浜大学』の創立者の銅像も、なんだか誇らしげにその額をピカピカと輝かせています。


 門を一歩入った先に続く通りには、サークル勧誘のビラを配る上回生がずらりと並んでいて、笑顔とビラを、おしみなく与えてくださいます。

 そうか、と私は気づきます。今日はまだ授業開始ではないのです。新入生のみのオリエンテーリング。だからこそ先輩たちは、ユニフォームや衣装に着替えて勧誘を頑張っていらっしゃいます。


「テニスやりませんかぁ?」


 などとお誘いくださる素敵な男性の配るビラは、是非とも頂戴したいのですが……。まずは友人との待ち合わせ場所に急がねばなりません。


 広い構内はどこもかしこも人だらけ。人ごみで邪魔になるような乳も尻も、あいにく持ち合わせていないので、するする掻き分けて、キャンパスも奥地にひっそりとたたずむ、文学部の第二棟を目指します。


 経済や経営など、実利的な学問分野で名を馳せているこの学校では、文学部など隅っこにありゃいいだろう、てなものです。まったく失礼しちゃう。


 でも、この立地は悪くはありません。めまいがしそうなほどの騒がしさは、そのあたりまでくると、すっかり薄れます。建物の向こう側の若い声が、ぼんやり間延びして聞こえます。


 さて、余裕をもって到着したのならば、近くのベンチで本を読みながら友人を待つことができます。その間にも、多くの新入生が文学部の第一棟・第二棟へと吸い込まれていきます。友人を引き連れている内部進学者と思しき者もいれば、おどおどと下を向いて不安そうに一人現れる方もいます。

 桜の華々しさに勝つもの、負けるもの。

 本を読むどころか、通りかかる人を眺めているほうが、ずっとおもしろい。そんな、新しい季節です。


「おはよう。ユズルちゃん」

 

 それほど待たずして、明るい声が頭上から掛かりました。語尾を延ばす甘い話し方で、すぐに彼女とわかります。

「ふわふわ」とか「ゆるゆる」とか、そんな擬音語が似合う清純そうな女の子。

 私と同じ18歳、姫草瞳ちゃんです。


 大学生となり、はじめてできた友人といってもいいでしょう。ふとしたきっかけで顔を合わせたのが始まりです。気さくに話しかけてくれたのです。

 今日の彼女は、裾の広がった白いワンピース。引き締まった色のマニッシュなジャケット。そして惚れ惚れするような素敵なおみ足。すそにいくほど豊かに光る、長い栗色の髪。それは柔らかに巻かれ、厚い前髪がキュートさを強調します。もともと長いまつげをお化粧でさらに長くさせているので、まるでお人形のようにパタパタしてます。

 本当に可愛い子なのだ、と、シンプルに言ったほうが正しく伝わるかもしれません。 


「何を読んでるの?」


 彼女は私の読んでいる本を、上から覗き込みます。


「『一生愛される女の為の教本―少女(ガール)から淑女(レディ)への階段―』?」


 たどたどしい発音で、タイトルを読み上げるのです。


「これ、女の人が読むエッセイだよ」

「もちろん、わかっていますよ」


 ふうん、と不可解そうに首を傾げたあとで、いたずらっぽく笑います。


「女の子が知りたいなら、アタシがなんでも教えるよ?」

「瞳ちゃんは可愛いし、頼りにしていますよ」


 ハッキリいうと、ありがとう、と微笑むどころか、そんなことない、と照れるのです。だからもう一度、あなたは可愛いと、言ってやるのです。

 そんな感じで、睦まじい二人の乙女はじゃれあっていました。




 ――さて、注意せねばなりません。

 ここで私は、新学期によるハイテンションとでも言うべきものに流され、敏感さを失っていたのです。


 甘すぎる動作と見目の女の子を、軽々しく信用してはならないということ。

 彼女らは、自称サバサバ女子と比肩する攻撃力をもった人種であるということ。


 そしてなにより、

 桜吹雪の向こうで、ある一人の美しい男がこちらを見ていたということ。


 私はどうしようもない間抜けで、なんの問題もなく幸せな新世界に踏み入ったと思っていたのです。



 やがて風は止み、始業ベルに吸い込まれるように、新入生たちは建物の中へ消えてゆくのです。





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