白鷹流尾行術のススメ その2
面倒くさそうな夏生ちゃんは、葉月さんに連れられて風呂場へ行き、しぶしぶ黒髪に染め直しました。
だいたいにおいて、醒めて面倒くさそうな夏生ちゃんが、生きた目を見せるのはどんな時なんでしょうか。望むべくもありませんが、そんな彼を引き出せるのは私であってほしいものです。えへへえ……
私は、彼ら兄弟が準備を終えるまでクッションに座ったり抱えたり、夏生ちゃんの香りを吸い込むことに余念がありませんでした。
数十分たった頃です。シャワールームから二人が出てきたようです。私は飛び起きて、きちんと正座をして彼らを待ち構えました。
いたずらこぞうのような表情を浮かべた葉月さんが、ひょっこりドアの隙間から顔を出します。そして、億劫そうで動きが鈍い夏生ちゃんを部屋に引き入れました。
「おまたせ、穣。どう? 夏生の黒髪は」
葉月さんが連れて来たのは、黒髪の麗しき青年です。ヘアカラーの黒は、自然の黒を通り越してある種の緑や青を思わせるのです。彼の白雪姫的中世的肌の白さが引き立つ色なのです。
か、完璧に格好いいです!
か、カメラ……写真におさめねば!
と、思わず手がうずうずするような仕上がりです。これが一日で落ちてしまうとは、なんとも勿体ない話であります。
私はコクコクとうなずき、素敵だという感動を彼らに伝えます。
「穣は夏生の黒いとこ見たことないでしょ」
「はい。なんというか、メランコリーな天草四郎ってところでしょうか」
「がんばって例えたな……」
夏生ちゃんはドン引いてますが、いやはや、あなたこそなにをおっしゃいますやら! 天草四郎って美少年の誉れ高い有名人だったような気がしないでもないんですが。褒め言葉ですよ。
いやぁぁ、コレは逆に人の目を引きます、絶対に!
と、褒め称えるや、葉月さんは。
「逆に、目立つとは考えてなかった」とぺらっと手を振ります。
「たしかに、不自然な黒さだもんねえ。でも、たぶん遠目から見られただけなら、ばれない……たぶん」
「『たぶん』って2回言った」
「じゃぁ、夏生は完璧なんで次は穣ねぇ、」
「ごまかすなよ!」
夏生ちゃんは駄々っ子のように叫びました。しかし、言う事を聞いては面白くありません。
「葉月さん! いいから僕をよろしくお願いします!」
夏生ちゃんはその格好で完璧です! 次は私の番です。
女装(?)は久しぶりなので緊張します。はて、このままで可愛い服が似合いましょうか?
◇
さて、完全武装したらば、いざ出陣です。
彼らはデートスポットとして名高い港町に出かけるそうです。キザッたらしい千堂(敬称略)曰く、「初回としては~、コースとか決めて気張るよりも、トークで俺を知ってもらうことが大事な訳でさ、」とのことだそうな。
我々は、二人の待ち合わせ時間よりも早く、その駅で待ち構えていました。葉月さんは、改札付近で。私と夏生ちゃんは、駅を出てすぐの、駅広場を見下ろせるビルのコーヒーショップで。
私たちだけ、優雅にお茶などしていてなんだか申し訳ないのです。しかし、夏生ちゃんは、「いいんだよ。あいつ、千堂がどんなヤツか見たいだけだから。」だそうです。面白主義者なんだそうです。
我々は、マグカップに並々と注がれたコーヒーを片手に、葉月さんの連絡を待ちます。黒髪で風雅になった夏生ちゃんには、葉月さんのVネックのさらりとした薄手セーターが、妙に馴染んでいます。首周りがはっきりしていてセクシーなのです。
私はと言うと、瞳ちゃん色のミディアムストレートのウィッグをお借りして、上品なネイビーのスクエアカットのワンピースを着ています。葉月さんはお化粧までしてくださって、私の目はばさばさしてしまいました。男兄弟二人でいて、こんな女性の品々をどこで仕入れたのでしょう……。
夏生ちゃんは妙な顔つきで珈琲をすすりつつ、私を眺めます。なんなのですかと照れながら・ある種のおこがましい期待をこめつつ聞いてみれば、「……いや、変わるもんだなぁと思って」と、感慨無さげに言うのです。ここは、ちょっと空気を読んで、正攻法で褒めるべきだと思いませんか!?
「可愛いですか?」
「……イラッとする」
人差し指を右頬に当てて小首を傾げたら、すっごい細くさめた目で私を見やりました。そういう表情されると、どんどんイラつかせたくなってしまうのは、私のサガです。
おや、ここで夏生ちゃんの携帯に着信が入りました。葉月さんからです。
「ね、そこの窓から見えるかな!ホシはアウトレット方面に移動中!」
我々は、ガラスの面から駅広場を見下ろします。二人、男女カップルが駅から吐き出された人の群れの中に見えます。
瞳ちゃんは、珍しくクールな格好で、デニムパンツに黒のカットソーという組み合わせです。千堂は例に漏れず、いやらしい(?)ジャケットに、黒のパンツです。きれいめに、スマートに決めようってか。その魂胆が丸見えでげんなりします。
「僕はこのまま後をつけるから、二人は更に離れて付いてきてよ!」
「ハイハイ」
「……ね、夏生。千堂君、僕の好みじゃない……」
「……ハイハイ」
我々は、申し訳なくも飲みかけのコーヒーを切り上げ、店をそそくさと出て行きます。このタイムラグのおかげで、彼女たちには気付かれない位置で追いかけることができそうです。我々のさらに前には、葉月さんがそれこそさりげないお一人様で道を歩きます。
瞳ちゃんは、千堂と十分に距離をとって、ハイヒールをカツカツ鳴らして歩いているようです。一方、千堂は、なにやら手を振りながら話をしています。どうせ、「ウケルだろ~」とか言っているんだと思います。語彙力の乏しさは想像に難くありません。
二人と尾行班の三人は、海上に渡した橋のような道をてこてこ歩き、ようやくアウトレットモールに着きました。
初デートがアウトレットってどうなんです。
しかし、二人は買い物をするでもなく、暗くてお洒落なカフェに入りました。葉月さんだけは、同様に店内に入りました。
その時、ブブ……ブブ……とバイブレーションが鳴り響き、今度は私にメールが届きました。
「二人は、ここで話し込むようだから、今の間に夏生とお店回っておいで♪」
とのこと。
えええ! いいのですか! うえええ? 行っちゃいますよ?
「何くねくねしてるの、」
夏生ちゃんが私の携帯電話をひょいと取り上げます。
「葉月のやつ……」
画面を認めると、彼はかすかに眉根を寄せました。
「まあいい。甘川、行くよ。」
彼は私の手をとります。
「ど、どこへ?」
「だから。アウトレットの探検だよ」
口角をきりりと上げた、凛々しい顔で連れたってくれます。
その声と、手の暖かさに包まれた私は、真っ赤になってコクコク頷くのです。不意打ちで、時々男らしいのです。本当に、間違いなく、思ったとおり、この人は私の王子様なんです。