白鷹流尾行術のススメ その1
葉月は部屋に戻らず、俺の部屋で甘川との談笑に興じている。俺はこいつらに付き合う必要性を感じないので、一人悠々とベッドに寝そべって文庫本を読みふけっている。といっても集中力はいまいちで、彼らの会話の端々を耳が拾ってしまっているのだった。
「いやぁ、それにしても、可愛らしいお兄さんですねえ……いえ、男性に可愛いも失礼でしょうが、」
「僕にとっては褒め言葉だよ」
女の言う「可愛い」をまともに受け取るなっての。
「君の事は夏生から聞いたよ。最近、友達ができたみたいだなあとは思ってたけど、君だったんだね」
「夏生くん、学校では僕に冷たいんです。なるほど、家で思い出しデレデレしてるんですね。オモデレですね」
いや、俺、甘川のことなんか一言も話してないよね。葉月もそんなふうには言ってないよね。突っ込んでみたとしても、甘川のおめでたい脳内ではどいういうわけか自分に都合の良いように変換されるらしい。
葉月は、ケラケラ笑っているだけで肯定も否定もしない。こういう感じで俺を困らせるだろうから、この二人が出会うのは嫌だったんだ……。
「ところで、さっきの話の続き、詳しく聞かせてよ!」
「そうですそうです! 今日の本論はそこです」
こういう説明は全て甘川に任せる。身振り手振りで、いささか大げさに話をしてくれる。
「なるほど。それは黙っていられないね。僕は穣のことを全面的に支持する!」
「力強いお言葉ですう~……」
甘川は葉月のこぶしを握って、ぶんぶんと上下に振った。
「ここは白鷹流尾行術でコトにあたろう」
甘川はきょとんとして企み顔の葉月を見上げる。
「それは……何ぞや!」
「ふふん。気になるでしょ! でも今は教えないよ。明日、家に集合してくれる?」
「了解! 隊長!」
「勝手にうちを集合場所にするなよ」
びしっとポーズまでとって見せて、やる気十分なのは良いんだが。葉月の言う白鷹流尾行術なんて俺は聞いたことがない。でも、葉月が参謀なら、甘川任せの作戦よりザルでいいかもしれない。早々と尻尾を出して姫草に怒られて撤退できれば、それが一番いい。
甘川は、夕飯時前に「母がご飯を作ってますので!」と言って帰っていった。ようやく、静けさが戻ってきた。
葉月は、玄関先の壁に寄りかかって笑った。
「……ふふ。おかしな子だね」
甘川との会話のテンションが下りきらないままだ。
「……他人事だからって」
「何言ってんの。僕も参加するんだよ」
「面倒くさくないの。おまえ、こういうの面倒がるタイプだと思ってた」
「まさか」
彼は「心外だ」という調子で首を振る。わかってる。気まぐれなんだろう?
「……夏生もしばらくぶりにイキイキして見えた。あの子のおかげかな」
葉月にずばりと言い当てられてばかりだ。興味ないふりをしていたけれど、本気で厭だったわけじゃない。(本気で厭なら、まず家には上がらせない。)せめて納得するまで言い分だけは聞いてやろうとは思っていた。この俺が。自分でも、自分らしくない優しさだと思う。
かなわないな。
葉月は見てないような顔して、意外と多くを見ている。白鷹家長男ってのは伊達じゃないってか?
「そうだよ。葉月の言うことは正しいよ」
それにつけて、さっきから俺の頭の中に居るのは甘川じゃない。甘川に似た、あの男の面影のほうだ。
「……ふとした瞬間に、気が緩んだ瞬間に、昔と今の時雨さんが浮かび上がってくる。違うんだ、ってわかってるんだ……、」
葉月が俺を哀れむような視線をよこしたとき、激しい悪意が鎌首をもたげた。それ以上、口を開いたら、ただ優しい兄を傷つけてしまいそうだった。
葉月は、悪くないんだ。時雨さんは、ただ俺を揺さぶりたいだけなんだ。だから、葉月から逃げるように背を向けて、自室の扉を強く閉めるのだった。きっとお前はなにもかも気付くのかもしれないけれど、俺のささやかな抵抗を赦してくれるんだろう。
◇◆◇
作戦決行日。
結局、葉月は俺に作戦の詳細を教えなかった。なにやら、本気で楽しんでいるようだった。夜遅くまで、葉月の部屋からは物音や、電話の声が聞こえてきた。場合によっては、人が出入りする物音までしたのだから、何をやっているのか気にしないほうが無理だ。
夜が明けてからリビングに向かうと、昨日と変わらない風景画広がっている。朝食の準備をしながら、ダイニングテーブルに突っ伏している葉月をちらりと見てしまう。徹夜明けのような絞られっぷりだ。俺だったら、こんなくだらないことに、命ともいえる時間をより長くは費やしたくないのだが。面倒くさがりのくせして面白主義者はこれだから。……ついていけない。
「お邪魔しまぁァーす!」と集合時間の10分前に、甘川の能天気な声が聞こえてきた。
葉月は俺たちをリビングに集め、大荷物を抱えて自室から戻ってきた。
「さて、みんな! 本作戦は、『変身☆踊る大追跡!』だよ!」
「え、えらくシンプルですね……」
シンプル? どこが?
それから、踊るって、何が? それとも、何を? 何で?
気にするほうがおかしいのか。スルーすべきなのか。
「ウン。気づかれないための配慮が必要なんだ。だから、変身だ!」
そう言った葉月は、大きな袋の中身をあたりにぶちまけた。……イヤに現実的な変装グッツだった。パーティーグッズのような安っぽい品ではなく、誰かのクローゼットの一段を丸ごと拝借したような。
そしてそれらは、どう見ても、男性・女性両方のものがそろっていた。
「穣と夏生はカップルに変装してもらうよ。僕は顔が割れてないから、連絡係として接近する!」
「ヤダ」
「じゃぁ、夏生ちゃんも女の子になります?」
そういう問題じゃなくてさあ……
「僕ならまだしも、夏生じゃばれちゃうね。演技とか嘘とか、下手だから」
それは葉月の言うとおりだった。
「千堂って子が、姫草ちゃんに悪いことしないように見張り、しようとしたら三人で止めにいく、っていうことなんだよね? だから、三人でぴったり張り付く必要は無いんだ。僕に任せて!」
葉月はお得意の可愛いスマイルを披露した。
葉月、なんか読めたよ。俺と甘川に擬似デートさせる気だろう。余計な世話やくなんて、葉月らしくもない。
「ん、これは?」
脇に転がっている長方体の派手な箱だ。
「あ、それ、夏生のヘアカラー」
「え? 染めるの、俺?」
「うん。一日だけのヤツだから心配ないよ。どうせだし、久しぶりに黒髪の夏生を見たいって思ったから。いいチャンスでしょ?」
基本的に、自分の希望が最優先。そうだ、葉月はそんなヤツだ。