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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第二章
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三日月商店と陽気な青年 その2


 敬之(けいし)兄さんは、粋な人です。

 長めの前髪をゆるく斜めに流したマッシュショートは、スマートでありながら、柔らかな髪質のせいでふんわり感がでます。すっきりとした襟足は、そのシャツをぐっと綺麗に見せ、頭の形の完璧さを強調します。そして、細身の高身長で、長い手足が映えるのです。

 お店にいるときはいつも、ボタンダウンのシャツに若者風の細いネクタイを合わせています。実に様になる、私の憧れの兄さん。


「このお店に来たのはほかでもない、このナツキちゃんのためなのです。彼に似合いそうなものを見立ててくれませんか?」

「お任せあれ!」


 色っぽく微笑んだ彼は、ナツキちゃんの肩に手をかけ、「少年よ! 君は磨けば光る原石じゃあないか。そういう子は好きだ」とな。夏生ちゃんは、夏休み前の小学生のようにピカピカした頬で兄さんを見上げます。そうです。兄さんを前にすると、ヤングマンはこういう表情になります。兄を慕う少年のようになるのです。


「そうだねえ。ウチの商品は、学生にはちょっと高めなんだよなぁ」


 その通り、実は三日月商店はオーダーメイドで有名なのです。モッズメイデーに向けて、ここでスーツを作る人も多いのですよ。

 彼は店内を、ヒラヒラヒラ、蝶のように飛び回ります。私と瞳ちゃんは、装飾的なソファーに腰掛けて、二人の様子を眺めていました。夏生ちゃんが店内に似合いすぎて、うっとりします。

 とまれ、瞳ちゃんの指摘は間違っちゃいないのです。彼は安っぽい生地の似合わない、上品な顔と気配を備えているのです。


「ああ、そうだ。オリジナル商品がおすすめだ、少年!」


 兄さんは、入り口近くのポールに掛かっていた、淡いブルーと生成り色のベーシックなシャツをつかむと、シャーっと、すべるように戻ってきます。


「三日月のオリジナル商品は僕のデザインなんだよ。月川さんに頼み込んで、やらせてもらっている。どうだい、格好いいだろう? 君のような子に着てもらいたかったんだ」


 ナツキちゃんの体に、生成りシャツを当てて、ブルーを当てて、また生成りをあてて、うん、とうなずきます。


「うんうん、君にはこのブルーが似合うな。サイズもこれでいいようだ。ま、でも一旦試着してごらん」


 と、ブルーを押し当ててご満悦な様子。兄さんの言うとおりで、ナツキちゃんには寒色が似合うような気がします。クールな雰囲気だからでしょうか?

 兄さんは、彼の手にシャツを押し付けると、試着室へ促しましたとさ。夏生ちゃんは大人しく、シャツと共に試着室の向こうへ消えます。

 兄さんは彼を見送り、くるりと振り返り瞳ちゃんに話しかけます。


「姫草ちゃん、すまないね。うちは婦人服はおいていないんだ。君にもうちを楽しんでもらいたかったけれど」

「大丈夫です。私、友達のお買い物に付き合うの、大好きなんです」


 うそだろ、どうせ。

 この人は、自分の圧倒的女子力を発揮した買い物につき合わせるタイプです。友人を荷物係兼コメンテーターにするタイプです。従者にするタイプです。

 私は半笑いで頷きました。ご冗談を。


「君も、慶浜大学の日文科の学生かい?」

「そうです。森栖さんはも慶大でしたか?」

「いいや。僕は都内の専門学校を出ているよ。大学も行ってみたかったな」


 そういっていたずらっぽい笑みを浮かべました。

 兄さんが都内の寮に移るとき、私はわんわん泣いた記憶があります。会おうと思えばいつでも会える距離なのに、恥ずかしいくらいに寂しがったものです! きっと、兄さんが違う世界に旅立ち、違う人になってしまうかもしれないことが不安だったのかもしれません。

 それどころか、兄さんは留学さえしました。私をおいてどんどん世界を広げていったのですが、根っこはここにあったのです。この町が好きで、お洋服が好きで、明るくて、優しくて。そこは変わりませんでした。


 兄さんはふと、思い出したように試着室をノックします。


「どうだい、調子は。見せてくれないか」

「はい、着れました」


 扉の向こうから、遠慮がちなぼそぼそとした声がきこえてきます。

 見たいから出てきてくださいと催促しますと、「ちょっと待って」と、今度はやけにしっかりとした返事が。我々に見られるのが恥ずかしいんですか? だとしたら、可愛いです。買ったら日常で着るでしょうに。

 兄さんは、遠慮無しに扉を開けて入っていってしまいました。そして何故か閉める。……沈黙の更衣室。そののち、叫び声です。ナツキちゃんは、靴も履かずにフィッティングルームから飛び出してきました。


「こらこら、レディにもちゃんと見てもらいなさい。女性の意見こそ、もっとも鋭く示唆に満ちている」


 楽しげな笑顔で兄さんも出てきました。


「勘弁、してくださいよ……ッ」


 ちょっぴり涙目のナツキちゃんは自分の体を抱いてぜぇぜぇ言ってます。扉の向こうで何が起こったんでしょう……! 年下をからかうときの兄さんは、最高にイキイキしているのです。私も何度泣かされたことか。

 とにかく、シャツは、ナツキちゃんの為に作られたかのように体に馴染んで、実によく似合っていました。お直しも必要なさそうなくらい! さすがは兄さんの選択です。

 結局ナツキちゃんは、シャツのほかに、靴もご購入。あんなに渋っていたのに、意外ですね。ほくほくじゃないですか。連れてきてよかったな、と満足です。


「いい靴は、良い人生を歩ませてくれるのだぞ。良い心がけだ」


 にーっ、と彼はナツキちゃんに笑いかけます。ナツキちゃんも、不器用にはにかみを返します。


「ちゃんとお手入れするのだぞ~。襟元はいつもピッシリとな!」


 兄さんは完全にナツキちゃんの兄貴分のつもりのようです。一応、客なのですが。弟を欲しがっていた彼にとって、ナツキちゃんが可愛くて仕方ないのでしょう。

 ナツキちゃんはクレジットカードでお会計です。そりゃ、いまどき珍しくは無いけれども。なんとなく、慣れた手つきです。でも、そのことは、私の記憶には残らない些細な違和感だったのです。





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