96.「魔法少女三上美柑」
戦いはまさに、地獄の様相を呈していた。
生き残った呪術甲冑隊は、宇宙を埋め尽くすほどの敵星体になんとか食らいつこうとアサルトライフルや徹甲弾を放っていたものの、何せ数が数なのだ。
いくら敵の中に変異体が混ざっていないとしても、文字通りに星々の光を遮るほどに蔓延った敵星体を相手にするには、四分の一ほどに減らされた呪術甲冑隊には荷が重すぎた。
内藤は舌打ちしつつも、なんとかこの地獄を生き延びてみせようとばかりに、両手に構えたアサルトライフルで群がるタイプ・キャンディを殲滅していく。
「おらおらおらおらァ! 来るなら来やがれ、星屑共! こうなりゃ死なば諸共だ!」
地球に置いてきた妻子のために、未来にその命を繋ぐための礎になるといえば、あるいは聞こえがいいのかもしれない。
だが、そんなものはただの欺瞞だ。
虚飾に彩られた、綺麗事でしかない。
戦いによる死と犠牲は、いかなる理屈があったとしても正当化されるべきものではない。
勇敢に戦ったからなんだというのか、地球のために、国のために戦ったからなんだというのか。
「生きてなきゃ、始まらねえ!」
それは内藤の哲学のようなものだった。
自分が無学であることを理解していながらも、内藤は戦いの中で、数多の魔法少女たちが奇跡を起こしてきた傍らで、同時にその屍を見送り続けてきた身だ。
どれだけ綺麗な言葉に彩られたとしても、空の棺に勲章が納められ、二階級や三階級特進を果たしたとしても、死んで花実が咲くはずはない。
肩書きの類はどうでもいい。
命が意味を持つのは、生きてこそである。
人が生きていたからこそ、懸命に生きようとしていたからこそ、その死に、命が失われることに、人は意味を見出そうとするのであって、死ぬことそのものにはなんの意味もなければ、価値もないのだ。
「俺ぁ生き残る! ハナっからそう決めてここにいるんだ! 星屑共が……来るなら来やがれ、全員ぶっ殺して地獄に送ってやらぁ!」
「へっ、威勢がいいなあ! そういうの……嫌いじゃないぜ!」
アリスが加勢に現れたのは、内藤がタイプ・ショコラータにその「爪」を、体組織が硬質化されたものを向けられながらも咆哮したその瞬間だった。
魔法星装であるアサルトライフルの弾丸に「爆破」の性質を付与することによって、アリスが放つ魔弾は小型のミサイルとでも呼ぶべきものにその性質を変じさせる。
二挺の機関銃で人類の未来を守る者同士、内藤とアリスは無言で背中を預け合いながら、押し寄せてくる敵星体にありったけの鉛玉を叩き込んでいく。
その様はまさに銃弾の舞踏会とでも呼ぶべきもので、人類の叡智が作り出した偽の守護者と、星の意志が導いた本物の守護者は、その区別なく己の敵に苛烈な牙を突き立てる。
「やるじゃねえか、隊長さん!」
「そりゃあどうもな、お姫さんよ!」
「へっ……姫なんてガラじゃねえけどな!」
お伽話のお姫様に憧れたことは一度もない。
アリスがお伽話の代わりに聞いてきたのは罵倒の言葉で、見てきたものは明日をもしれない暴力の連鎖だ。
だからこそ、自分の命だけは誰の好きにもさせないと、生きる明日は自分の手で勝ち取ってみせると、アリスは「力」に対する渇望と信仰を、いつしかその手に生きるようになっていた。
撃ち落としても撃ち落としてもキリがない敵星体の群れに辟易しながらも、それ以上に引き金を引き続けられていることが、命を奪われるかもしれないという状況の中でこそ生を実感できるという矛盾が、アリスを突き動かす。
しかし、所詮はどこまでいっても多勢に無勢だ。
残存する呪術甲冑隊は次々とその数を減らし、戦線に合流した絵理がメタモルブーストによって「毒」と「薬」を撒き散らし続けても、敵の数は膨大すぎて、味方を生かすにはその範囲が及ばないと、焼け石に水だ。
しかし、そんなことは誰もが百も承知だった。
「上にも注意配んなよ!」
アリスと内藤の直上から襲いかかる敵星体を両断して、美柑が戦場に合流する。
もう自らの魂に、「猶予」が残されていないことを、美柑は複製体との戦いで悟っていた。
だからこそ、どこで己の命を使えばいいのかを考えていたが、結衣が「準備」を始めている以上、それをやるなら今しかないと、決意を固めて美柑は終焉への解号を口にする。
「……メタモルバーン!」
かつて亜美がそうしたように、美琴がそうしたように、最後に残された一欠片の魂を星の炉に焼べて、美柑は迷うことなく、しかし確実に訪れる死への恐怖を抱きながらも、敵陣へと突撃していく。
リボルバーカノンの引き金を引く度に、無数の敵星体が消し炭になる。
直刀を振るうだけで、その「爪」を振りかざすタイプ・ショコラータが熱したナイフでバターでも切り分けるかのように容易く両断される。
己の命を代償に、星の炉を燃やしたことで得られた力は、皮肉にも美柑を「器用貧乏」から、「全能」の魔法少女へと昇華させていたのだ。
しかし、何もしなくても魂が急速に目減りして、肉体が崩壊していく都合上、長く戦うことは、敵星体の全てを殲滅することは叶わないと、美柑にはわかっていた。
自分が戦う理由は、惰性と諦めだ。
最初は魔法少女に選ばれたことを誇らしいと思う気持ちが確かにあったものの、それは戦いに続く戦いの中で目減りする一方で、自分が戦わなければ戦局は悪化して、犠牲になる人間が増えるばかりだということも、美柑は同時に理解している。
だからこそ、考えることをやめた。
ただ言われるがままに戦って、全てを仕方ないからと諦めて、自分の脆く弱い心を守り抜く。
そういうことをやってしか、戦場に立つことができないのが、三上美柑という少女の臆病さであり弱さだった。
しかし、戦場で誰もが強くあれるわけではない。
戦いの中では、癒えない傷を背負う兵士たちの方が多いのだ。
屈強な軍人ですらそうであるというのに、ただ一人の少女でしかない美柑に、超人的な忍耐力を求めるのは、酷というものだろう。
内藤は徹甲弾でタイプ・クッキーを撃ち抜きながら、若い命を燃やし尽くそうとしている美柑を一瞥する。
こんなにも若い人間から、未来のあるはずだった存在から、戦場は容易く命を奪っていく。
それを仕方ないと許容するつもりは内藤にも、アリスにもない。
「ぐああああっ!」
「お姫さん!」
三上美柑は、死に行こうとしている。ならば、その名前を、その顔を覚えておくことこそが唯一の弔いに、生者にできることになる──そう、アリスが考えた瞬間だった。
一瞬の油断が、高潔な祈りが、致命の隙を作り出す。
両足をタイプ・キャンディに食いちぎられたアリスは、苦悶の悲鳴をあげながらも、両手にしたアサルトライフルでタイプ・キャンディを撃ち落としていた。
「やれるか、お姫さん!?」
「……わりーが、ちょいときついな……鎮痛剤がありゃな……」
「……俺もほとんど弾切れだ、一度ここはあのお姫さんに任せて引き返すしかねえ」
「……ああ、わりーな、隊長……」
魔法少女は両足を食いちぎられたとしても、真空の空間に放り出されたとしても、生きていられる程度に強靭だ。
だが、生物としての人間は、それに耐えうることはできない。
アリスは魔力で無理やり「拘束」を断端に付与して血を止めると、自分たちに代わって大量の敵星体を引き受けることになった美柑へと申し訳なさげな視線を向ける。
「……大丈夫。ばっちし託されたかんね!」
何が大丈夫なのか、どこが大丈夫なものか。
心が自棄を起こしているのを理解していながらも、美柑は笑顔の仮面の下に、惰性と諦めが導き出す、「それでも進み続ける」という選択に己を委ねて、全身に魔力の炎を鎧として纏う。
人は死んだら、どこに行くのか。
天国か、地獄か。それとも他の何処かなのか。
それは神ならぬ美柑にわかることではない。
だとしても、この命が燃え盛る限り、消え行こうとしている限り、自分もまた美琴が、亜美が、桃華が、詩織が通ってきたように、同じ道を辿っていくのだろう。
そこでまた、友達に会うことはできるだろうか。
美柑の身体を貪ろうと群がったタイプ・キャンディを焼き尽くしながら、美柑はとうとう消え行こうとしている、限界に達して崩れ出した身体の全てを捧げるかのように、指を組んで宇宙に跪く。
もしも、会えたなら。
そこで会うことができたなら、何を伝えるべきだろう。
きっと、それぐらいしか希望は残されていないから。自分が託す願いは残されていないから。
そして、この命ももう、残されていないから。
美柑は死を最後の薪木として星の炉へ焼べて、ひび割れた身体から、崩れ落ちていく魂から、極大の魔力を、タキオン粒子砲に匹敵するほどの炎を放出し、敵星体を道連れに燃え尽きていく。
「……美柑!」
「……結衣……?」
「……ありがとう……!」
どうやら「準備」は終わったらしい。
ならば、自分が戦った甲斐は、命を燃やした意味はそこにあったのだ。
黄泉への旅路へと、その感謝を手土産に、ひび割れた喉が、唇が、言葉にならない感謝を返して、魔法少女三上美柑は、一条の焔となって消えていく。
そこに明日を願いながら、繋がれていくことを祈りながら、若い命を、漆黒の宇宙を照らしながら、散らしてゆくのだった。