95.魔法少女と新たなる危機
「おいおい、あっけねえな……本当にこれで終わりなのか?」
航宙巡洋艦「羽黒」の艦橋から状況を観測していたアリスは、タキオン粒子砲の威力に驚愕し、引きつった笑いを浮かべながらそんな皮肉を口にする。
かつて結衣たちが「赫星一号」を相手取った時には、旧式艦である「山城」のタキオン粒子砲と、結衣の必殺魔法であるテスタメントブラスターの二段構えでようやく破砕に成功していたが、二連発で十六門という砲口からタキオン粒子砲が放たれればこうもなろうという結果は、ある意味当然のことだった。
念のためにとオケアノス級や主力級から出撃していた呪術甲冑隊が、ちょうど巡洋艦隊の真ん前に陣取っていたものの、その出番もどうやらないまま終わりそうだ。
しかし、こういう時に限って、気が緩んだ時に限って死神というものはけたけたと笑いを上げながらやってくる。
「全員気を抜くな! 敵星体反応を探索、念のためにタキオン粒子砲第三射までの時間を計測しておけ!」
「はっ! 敵星体反応の探索及び、タキオン粒子砲第三射までの時間を計測いたします!」
それを理解していたからこそ、東山は険しい顔つきで部下へと指示を下したのだが、結果として彼の行動は間違っていなかったことになる。
東山の指揮する「オケアノス」が完膚なきまでに破砕し、欠片としての活動すらままならないほどに打ち砕かれた「蒼星二号」の周囲へとレーダーを向けた、その時だった。
「敵星体反応増大! これは……五つ! 超巨大敵星体反応が五つ、空間転移してきます!」
煌々と瞬く光を纏いながら、宇宙を裂いて「何か」が、地球近海までワープアウトしてきたのだ。
馬鹿な、と呻き声を上げるのは、今度は東山たちの番だった。
そこに現れたものは、「赫星一号」や「蒼星二号」と同等の質量を持つ、五つの彗星。橙、黄、緑、藍、紫の色、撃ち落とした二つと合わせて虹の七色を形成する彗星が、何の前触れもなく飛来したのだ。
タキオン粒子砲は、二連発まではできても、三発目までのチャージには時間がかかる。
星屑のように宇宙を埋め尽くす無数の敵星体を引き連れたエリュシオンの巫女たちは、傲り高ぶった地球人が狼狽えるのを見ても、眉一つ動かさずことはない。
羽虫が狼狽したところで、毒の煙に悶え苦しんだところで、何かそこに感情を持つ者がいるだろうか。
あるいはそういう人間もいるのかもしれないが、エリュシオンの巫女にとっては、創造主にとってそれは、感情を動かすに値しないことだった。
『メテオラが討ち倒された今、我らもまた禁忌へ禁忌をもって報復すべきだと、スピカは提案する』
『ステラは同意する』
『アステールも同じく』
『コメットも同意する』
『ミーティア、同意します』
『……スティアも、同意する……』
降臨した五つの彗星のコントロールルームにそれぞれ立つ六人の巫女は、口々に、橙色の星を操るスピカと名乗った女性が口にした言葉に同意を示す。
その様子はオープンチャンネルで地球艦隊へも通達されていたが、タキオン粒子砲の発射までの残り時間は、その「禁忌をもっての報復」とやらに間に合わないことは明白だった。
「スティアっ!」
「馬鹿野郎、落ち着きやがれ!」
スピカと共にスティアが橙色の彗星に乗り合わせていることを確認した結衣はブリッジから飛び出そうとしたものの、アリスに肩を掴まれる形で制止される。
今飛び出したところで、何かができるわけでもない。
止めてくれたアリスに内心で感謝しつつも、諏訪部はぞわぞわと己の中から湧き出てくる恐怖とでも呼ぶべきものに、何かよくないことが起こるという予感に突き動かされて、全艦隊へと越権行為を承知で通信を開いた。
「全艦、回頭百二十度! 呪術甲冑隊も分散して離脱しろ! 何があっても知らんぞ!」
「諏訪部大佐! 君に指揮権はない、大人しくしていたまえ!」
オケアノス級二番艦「オールト」を指揮する艦長である壮年の男性が諏訪部の越権行為を咎めるものの、既に「羽黒」と何隻かの巡洋艦、そして呪術甲冑隊は彼の命令に従っていて、隊列を乱すのを承知で分散している。
諏訪部の指示に従った人間たちもまた、造反の嫌疑をかけられるのを覚悟していたが、同時にその「禁忌をもっての報復」という言葉にいいしれない恐怖を覚えてもいたのだ。
東山も諏訪部の指示を追認するか、決めかねていたその瞬間だった。
『見よ、罪深き種よ。エリュシオンの教導を受けながらも悪しき道を突き進み続けた生命体よ、これは創造主たる我々が下す星罰の一端である。タキオン粒子砲、発射』
「いかん! 反転180度、全艦離脱せよ──」
その一瞬が、逡巡が命の行方を分ける結果となったことはいうまでもない。
五つの彗星、その中心に収束したタキオン粒子が砲撃となって地球艦隊へと降り注ぎ、事前に回頭し、離脱していた航宙巡洋艦を除いた全ての艦を飲み込んでいく。
力は、更なる力によって滅ぼされる。
皮肉にも東山が口にしていた言葉通りに、彼を乗せた「オケアノス」が、彼に付き従っていた「オールト」が、「オラシオン」が、人類の叡智が作り上げた艦隊がことごとく、灰塵に帰す。
呪術回路が形成する魔力障壁もタキオン粒子砲の前には無力であり、同じ力をもって滅ぼされるという結末を辿った戦場に、禁忌の力を宿した艦は一隻も残らなかった。
「嘘だろ、おい……」
「残念だけど現実だよ、アタシたちは……」
あまりの出来事に愕然とするアリスの肩に手を置いて、美柑はしょぼくれた表情を浮かべる。
地球人がその切り札としていたタキオン粒子砲艦隊が全滅した以上、そして「赫星一号」、「蒼星二号」に匹敵する存在が五つも現れた以上、もはや人類に勝ち目などというものは残されていなかった。
『これが裁きだ、罪深き種よ。星罰を受け入れ、次なる播種の糧となれ』
スピカと名乗っていた女性は、これだけの殺戮にも眉一つ動かすことなく、美しいオレンジ色の瞳に鋭利な輝きを宿して、残存艦隊への無慈悲な通告を行う。
残った巡洋艦は、結衣たちが乗っている「羽黒」を含めて四隻しかない。
呪術甲冑隊も逃げ延びられた部隊はあったものの、その大半が壊滅していて、とても戦えた状況でないことは明白だった。
しかし、ここで退けば、地球の明日は確実に暗闇の中へと閉ざされてしまう。
どれだけ勝利が絶望的だとわかっていても、どれだけこの状況を覆すのが困難だとしても、まだ魔法少女は、星の守護者は生きている。
「……総員、心して聞いてくれ。これより指揮はおれが引き継ぐ。魔法少女隊と呪術甲冑隊は、敵星体の殲滅に当たれ」
諏訪部はあまりの絶望に肩を落としながらも、しかし頽れることはなく、膝をつくことはなく、全員にその命令を通達した。
それが意味するところは決まっている。
つまるところ、特攻だ。
これがもしもただの戦争であったなら、人類同士の利害を巡る争いであったなら、その選択は愚か極まるものだっただろう。
だが、今諏訪部たちが戦っている相手は降伏を認めない、そして地球人類の殺戮に何の躊躇いも持たないエイリアンだ。
ならば、最後まで、矢尽き弓折れるまで戦い続けなければ、人類は鏖殺されてしまうことだろう。
それをわかっていたからこそ、その命令がどれだけ非情なものだとしても、その責任を全て背中に負う覚悟で、諏訪部は玉砕を命じたのだ。
「わかったぜ、司令さんよ。どの道奴らをぶっ殺さなきゃ腹の虫が収まらねえんだ、降りたい奴らは勝手に降りろ、あたしは死ぬまで戦うからな!」
そんな決定権は自分にないことを理解していても、アリスは要約するなら「この無謀な命令を聞く必要はない」とだけ告げると、口元に獰猛な笑みを浮かべて、カタパルトへと走り出す。
確かにこの命令は無謀なもので、勝機に至っては天文学的な確率になるだろう。
それでも、自分にはまだできることが残っている。
己の「猶予」を確かめるように心臓へと手を当てながら、結衣は深く呼吸を整える。
どこまでやれるかはわからない。
だが、あと一度だけならば、この魂を使い切ることで、奴らを道連れにするチャンスは残されているのだ。
奇しくも美柑も同じことを考えていたのか、結衣と視線を合わせると、迷うことなく格納庫へと、カタパルトへと走り出していく。
それは絵理も同じだった。
不可能などないと笑い飛ばせるほどの豪胆さを、魔法少女たちは持ち合わせていない。
今にも心は恐怖で潰れてしまいそうなほどに脆く、儚いものでしかない。
それでも戦おうと決めたのは、各々に譲れない理由があるからで、同時に、背にした地球の人々が捧げた祈りを背負っているからだ。
魔法少女たちは戦場へと、炎の宇宙へとその身を捧げるように走り出していく。
さながら、神話に謳われた戦乙女のように、恐怖を押し殺して、勇気を振り絞って、戦いのフィールドへと上がり込むのだった。