94.魔法少女と轟砲一閃
「ラブロマンスはそこらで終わりか?」
アリス・ヴィクトリカが姿を現したのは、結衣と絵理が長い間抱擁を交わしていたときのことだった。
北米管区から戦闘機で飛んでくるという異例の合流ではあったものの、今は新星暦のご時世だ。
素人のアリスでもオートパイロットに任せて操縦桿にしがみついていれば案外なんとかなるものだったが、それで何とかやってきた先で恋愛がどうのこうのと、轡を並べる戦友がろくでもないジンクスを立てようとしているのだから、小言の一つも言いたくなるというものだった。
「ラブロマンスって……」
「そういう話はな、戦いが終わってからするもんだと相場が決まってんだ。さっさと行くぜ」
「……あ、は、はい……」
言い方こそ厳しいものの、アリスが口にしていた言葉には何一つ間違いがなく、むしろ不吉なジンクスを作ろうとしていたのだから、咎められて当然だとばかりに結衣と絵理はしょぼくれながら、名残惜しそうに抱擁を解く。
集められた面子は、質こそ申し分なくとも数が致命的に足りていない。
残る魔法少女は自分含めてたった四人だという事実に、ここにあの銀髪碧眼の、何もかもウマが合わなかった魔法少女がいない事実に、アリスは密かな悲しみを抱く。
「……あいつは、逝っちまったか」
ぽつりと呟いた言葉へと、返せる答えはここにいる誰もが持っていなかった。
元より生還率が絶望的な作戦だったのだ。
あの魔法少女が、アナスタシアが二度と帰ってこない身になることぐらいは、アリスも想定していたことだった。
だが、身構えていたからといって、そこに付随する悲しみをやり過ごせるかといえば、その答えはノーである。
皮肉屋で、憎まれ口を叩く役割りの自分に冷徹な事実を突きつけて反駁する言葉は返ってこない。帰ってこない。
その事実がただ、理由もなくアリスにやる瀬のない想いを抱かせるのだ。
戦場では、いい奴やまともな奴から死んでいく。
軍人としての上官にあたる男が、北米管区の関係者以外は名前も知らないような魔法少女の死に、そう嘆いていたことをアリスは思い出す。
憎まれっ子世に憚るとはいったものだが、本当に自分のような、持つべき矜持も、守るべきものも自分の命ぐらいしかないような人間ばかりが生き残って、何とするのか。
未来に必要だったのは、アナスタシアやクラウディアのように、一足先に自由になった魔法少女たちの命であったのではないか。
その後悔がアリスの胸をきつく締め付ける。
だが、彼女がその足を止めることはない。
「まあいいさ……こんな稼業をやってんだ、いつかはこうなることぐらいわかってらぁな」
「……アリス」
「地球のためとか未来のためとか、正直言っちまえばあたしには関係ねえ、ただあたしは、あたし以外の何かが自分の命を好きにしようとするならぶっ殺す、それだけだ」
相変わらずの憎まれ口を叩きながら、アリスはすたすたと早足で航宙巡洋艦「羽黒」へと乗り込んでいく。
──骨ぐらいは拾ってやるよ、アーシャ。
ただ、そこに隠しきれなかった善性を、一人の人間としての義憤を滲ませながら、生き残った魔法少女は、楽園ではなく次なる地獄へと足を運ぶ。
何がそうさせるのか、誰がそうさせるのかと、結衣はその運命とでも呼ぶべき巡り合わせを呪いながら、アリスに続く形で自分たちを地獄の一丁目に送り届ける艦に乗る。
地球のために戦う。残された人々のために戦う。
その大義は辛うじて、燃え尽きかけている結衣の心を支える義憤という名前の薪になっていたが、そこに付随する現実は惨憺たるものでしかない。
──地球を救うためには、どこかにいるスティアを殺さなければならない。
一足先に死を背負ったアリスの言葉を思い返しながら、結衣もまた、自らの手でもう一度引き金を引くための覚悟を固めようと試みる。
怒りによる摩擦を起こして奮い立たせる心は摩耗し、悲鳴を上げ続けていた。
そして、固めた拳は、押し寄せてくる悲しみに打ち震える。
それでも、泣くことは適わない。前に進み続けてなければならない。
それが「魔法少女」なのだから。
それが、星の守護者たる宿命を背負った、「魔法少女小日向結衣」なのだから。
大丈夫、と慈しむ声はもう聞こえない。
心配そうに自分の瞳を覗き込んでくれた、あの不可思議な七色を宿すプリズムは星になって消えてしまった。
改めてその喪失と向き合いながら、結衣は乗り込んだ航宙艦の更衣室で、宇宙服への着替えを淡々と済ませるのだった。
◇◆◇
航宙巡洋艦「羽黒」を含む地球艦隊が「蒼星二号」をその射程に捉えたのは、地球圏近海、かつて「救世の七人」作戦において絶対防衛線とされていた地点だった。
なんとか全艦隊の打ち上げを終えて、轡を並べた連邦防衛軍自慢のタキオン粒子砲艦隊は、巡洋艦隊に先駆けて「蒼星二号」と、メテオラが率いる無数の、宇宙を埋め尽くすほどの敵星体に相対する。
「さて……3年前は苦汁を飲まされたが、今の我々は一味違うぞ、エリュシオンの巫女とやら」
その先頭に立つ、オケアノス級航宙戦艦「オケアノス」を指揮する壮年の男性──東山秀は、タキオン粒子砲のチャージを見届けながら、指を組んでぽつりとそう零す。
地球艦隊が誇る十六門の砲口は寸分違わず、宇宙空間においてもはっきりと判別できる深い蒼色を纏った彗星へと向けられて、そこから放たれる必殺の技を待つばかりだ。
本当にタキオン粒子砲の一斉射で戦いが終わるのであれば、それに越したことはない。
無数の敵星体の中に変異体の存在が確認されていない以上、あれは「赫星一号」が独自に地球のリソースを解析し、吸収し、生み出したものということになる。
「艦長、タキオン粒子砲のチャージ完了しました。全艦隊からも報告が届いています」
「了解した。全艦展開! 陣形を構築しろ! これより我々は、人類に仇なす最後の敵を、『エリュシオンの巫女』を討ち倒す!」
東山の号令に従って、「オケアノス」の真後ろに並んでいた艦隊が、翼を広げるように、あるいは一つの矢を形作るように陣形を展開する。
煌々と瞬く「蒼星二号」へと狙いをつけたその砲口もまた淡く青いタキオン粒子の光を纏い、炸裂するその瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
「総員、衝撃と閃光に備え! 全艦連動、タキオン粒子砲発射まであと十秒!」
「了解、全艦連動確認、カウント開始します!」
『愚かな……禁忌の力に頼みをおいて、創造主たる我らを滅ぼそうとは』
メテオラは人類の傲慢に、増上に、嘆きを示すような仕草を見せるものの、そこにあるのは哀れみと余裕だけで、恐れと呼べるものはない。
それは、船乗りたちの神経を逆立てるのには十分なものだった。
その傲慢を打ち砕こうと、創造主を気取る面に一発きついのをお見舞いしてやろうとばかりに、トリガーを注視する砲手たちは怒りを沸々と滾らせる。
しかし、その照準は正確でなければならない。
怒りに燃えながらも、決してそこに囚われることをせず、砲手たちは戦術シミュレータが算出したデータと照準をリンクさせる形で、「蒼色二号」をロックオンしていた。
「カウントダウン、五、四、三、二、一!」
「タキオン粒子砲、一斉射!」
「撃てぇーッ!」
東山の号令に従う形で引かれた引き金が、禁忌の兵器を漆黒の宇宙に呼び起こす。
轟々と宇宙を引き裂きながら放たれた十六の閃光は一つに収束し、無数の敵星体を消し飛ばしながら、「蒼星二号」が纏うガス帯を取り払う。
『愚かな……その程度で我らを止められると思ってか』
「敵星体残存! 『蒼星二号』がその本体を現しました!」
かつて「救世の七人」作戦でもそうだったように、一発のタキオン粒子砲で剥がせるのは核となる、翼の生えた女神像を守るためのバリアとも呼べるガス帯のみだ。
しかし、伊達に人類は牙を研ぎ澄ませていたわけではない。
真の姿を現した偽りの女神を一瞥し、東山は更なる指示を下す。
「呪術回路始動! タキオン粒子砲、第二射をもってこの戦いと敵星体への決別とする!」
「了解、呪術回路始動! エネルギーチャージ急速始動、タキオン粒子砲再発射準備完了まで、残り十秒!」
『何を……!?』
「見せてやろう、エリュシオンの巫女とやら。力を大義に掲げて人の命を選別し、奪う者は、やがて更なる力によってその命を奪われるのだ……!」
宇宙を切り裂き、轟きを上げて、再び十六門の砲口から、タキオン粒子砲が撃ち放たれる。
かつては一度撃てば行動不能になる諸刃の剣だったタキオン粒子砲は、呪術回路を手にしたことで二連続発射を可能とするまでに進化を遂げていたのだ。
『馬鹿な……こんなはずでは、あああああっ!』
いかに巨大な質量を持つ「蒼星二号」であったとしても、十六発ものタキオン粒子砲から逃れられる術は持っていない。
被造物によって滅ぼされるという結末を最後まで認められずに、敵星体は、メテオラは、「蒼星二号」はタキオン粒子の光に蝕まれ、宇宙の塵へと消えてゆくのだった。




