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92.魔法少女、逃げ場なし

『聞こえているか、地球の民よ。我が名はメテオラ……エリュシオンの巫女にして、許されざる命である貴様らに、星罰を下す者の名である』


 一方的な通告を受け、再びあの「赫星一号」と同質の存在が現れたという絶望に暮れながらも、軍人たちの行動は早かった。

 相手が言葉を発した、明確に対話が可能であると判断した通信士は、すぐさま官邸へと、大統領へと回線を繋ぐ形で、この事態を乗り切れないかと試みる。

 そして、官邸にいた大統領もまた、地球全土に向けて発せられたそのメッセージを受け取っていた。

 総司令部から回線が繋がったことを確認すると、大統領に選ばれた老年の男性はおもむろに立ち上がり、「メテオラ」と名乗った存在に向けて、メッセージを発信する。


「こちらは地球連邦政府大統領、ゴードン・ストークだ。メテオラと名乗ったエリュシオンの巫女、君は我々が敵星体と呼んでいた存在で間違いないのだな?」

『貴様が地球人類の代表というわけか。そうだ。貴様らが敵星体と呼ぶ存在が、播種と教導を司る全生命の始祖たる存在が、我ら星史文明エリュシオンである』

「播種と教導……?」


 大統領は傲慢ともとれるメテオラの発言に困惑を隠せなかったものの、海千山千の政治の世界を泳ぎ切ってきただけあって、頭の中は冷静だった。

 もしも、それが事実であったとしたのなら、その言葉が示すものは、この星に棲まう人類種にとっての始祖もまた、彼女たちエリュシオンの民になるということだ。


『そうだ。我らは遍く銀河に生命の種を撒き、善なる種を導き、育てようとした。それが我らエリュシオンの使命だからだ。地球人よ、貴様らも我らの偉業の一部である』

「そうであるのならば、話は早い。確かに我々は不幸な行き違いをしたかもしれない。しかし、こうして言葉を交わせるのだ。こうして対話を果たせるのだ。播種と教導を司るほどの文明が君たちなのだ、ならば、血を流さずに済む選択肢をとるのが賢明だと、私はそう考えている」


 メテオラの言葉に対して、大統領はあくまでも冷静に、対話による解決の糸口を見つけ出そうと試みる。

 だが、メテオラの態度は冷ややかなものだった。

 さながら家畜を屠殺場に送り出すかのように、そうでなければ足元にいる虫を見つめるかのように、零下の瞳で大統領を、そしてこの通信を聞いている地球人類全てを上から見下す。


『対話? 地球人の代表は冗談を言うのも下手なようだな。対話というのは、お互いに対等であって初めて成立するものだ。貴様は我ら創造主と、貴様ら被造物が対等であると、本気でそう考えているのか?』

「君たちが我々の創造主であるというのなら尚更だ。武力による絶滅戦争ほど愚かしいことはない。高度な文明に至っている諸君らにおいては、それを理解したものだと考えての提案だ」

『その余裕は、貴様らが星の戦士を有しているからか? 魔法少女……死に瀕した星が起こした奇跡。そんなものに縋って我らを退けられると、そう考えているのか。なんと浅はかで傲慢なことか』


 言葉が通じ合い、意思の疎通ができる人間同士で滅ぼし合うことほど愚かしいことはない。

 大統領は少なくとも、本気でそう考えていた。

 創造主を名乗る存在であるならば、遍く銀河に生命の種を撒くことができる存在であるならば、相争うことの愚かさと虚しさは理解しているはずだと信じての提案だったが、メテオラはそれを一笑に付して蹴り付けた形となる。


『それに、言ったはずだ。これは星罰だ。過ちを犯した許されざる存在に下される裁きだ。この星に対する裁定は下されている。それを覆すことはあり得ない』

「……どうしても、戦う他に道はないというのかね」

『戦う? まだ我らと対等でいるつもりなのか、被造物。滅びの定めを受け入れよ。あるがままの混沌に還り、次なる命を、善なる者を生み出す糧となれ』


 そうして、一方的に通信は打ち切られた。

 大統領の賢明な交渉もそこに意味を成すことはなく、メテオラが告げた通りの「星罰」は下されるべくして、木星から地球近海へと向けて、ゆっくりと動き出す。

 それを観測していた総司令部は、緊急事態宣言を地球全土に渡って発令すると、木星から地球近海まで、あの彗星が、暫定呼称「蒼星二号」が接近するまでの時間を算定する。


「解析急げ!」

「到達時間の分析と、オケアノス級の打ち上げ準備を始めろ! 残る主力級航宙戦艦も全て打ち上げ、人類の総力をもってあの『エリュシオン』と名乗る傲慢な輩を打ち破るのだ!」


 人類が選んだ、選ばされた答えは、またも引き金を引いて、犠牲の上に未来を勝ち取るという構図だった。

 その繰り返しを、果てなき犠牲と闘争の繰り返しによってしか前に進めない人類の有り様を、エリュシオンの巫女は愚かだと断じたのかもしれない。

 しかし、繰り返された争いを肯定することはできないものの、積み上げられた犠牲には必ず意味があったはずなのだ。

 そうでなければ人類は今頃、またジャングルの中で石と棍棒を掲げて相争い続けているはずなのだから。

 軍務局長の考えに、どこまでそんな人類史への思い入れがあるのか、諏訪部には、そして結衣にはわからない。

 かねてより、タキオン粒子砲の使用を提案していたことから、敵が攻めてきたのが宇宙であったことが幸いだった、ぐらいのことしか考えていないのかもしれない。

 しかし、メテオラの言葉は、下された「星罰」はその意図にかかわらず、人類という種の根幹を揺るがすものである。

 軍務局長の意図がどこにあるかはともかく、存在すら否定され、一方的に上から裁きとやらを下されるという構図であるのは確かなことなのだから。

 あるいは、この星を捨ててどこかに逃げるという選択肢もあったのかもしれない。

 だが、「蒼星二号」が突如として木星近海へとワープアウトしてきたように、逃げたところでエリュシオンはどこまでも追いかけてくるだろう。


「人類に……逃げ場はないか」

「馬鹿なことを言うな、諏訪部大佐。元より退くつもりなどない。戦える魔法少女はわずか四人だが敵は宇宙、そしてこちらにはオケアノス級と主力級航宙戦艦がある」


 ──この日のために、再び「赫星一号」が現れたときのために威信をかけて、人類が作り上げた方舟だ。

 拳を固めて、軍務局長はそう熱弁する。

 確かに、魔法少女の、結衣のサクラメントバスター以上の威力を誇るタキオン粒子砲搭載艦が十三隻残っているのは、そして、遮蔽物を気にすることがない宇宙に敵がいるのは幸いだったのかもしれない。

 3年前は「山城」一隻しか残らなかったタキオン粒子砲搭載艦がその十三倍。

 勝利は確実に人類の側にあると、軍務局長はカイゼル髭を撫でつけながら、そう信じて疑わなかった。


「だが、露払いは必要だ。主力艦隊には呪術甲冑隊を、航宙巡洋艦にマジカル・ユニット及びアリス・ヴィクトリカを乗せて我々は『蒼星二号』を叩く。巡洋艦の指揮は諏訪部大佐、君に一任する」

「よろしいので?」

「戦える人間を今この状況で牢屋に打ち込んでおく馬鹿がどこにおる。言ったはずだぞ、罪を償うつもりがあるのなら、戦って死ねと」


 スティアを引き込んでいた咎はあったとしても、諏訪部がマジカル・ユニットを率いて指揮してきた実績は確かであり、魔法少女たちのそれはいうまでもない。

 ならば、この状況で戦力を遊ばせておく理由など、どこにもないとわかる程度に、軍務局長という男は言葉こそ過激でも、ある程度の理性を残していた。

 タカ派の筆頭である彼が喜ぶような状況はろくでもないと思ったものの、人類には逃げ場がない。

 だとしても、戦って死ぬのはナンセンスだ。

 生き延びることで明日を繋いでいく他、人類に残された選択肢は存在しないのだから。


「……寛大な処置に感謝します、中将閣下。各員、聞いたな! 今から出撃に備えておけよ!」


 戦術シミュレータが算定した「蒼星二号」到着までの時間を一瞥すると、諏訪部はそう叫ぶのだった。

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