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91.魔法少女と突きつけられた宣告

「そうか……やはり、スティアは敵星体だったか……」


 諏訪部は遅れて試製呪術回路が安置されている地下区画に訪れると、結衣から全てを聞いたことで、得心がいったとばかりに小さく唸る。

 呪術結界を補強するために組み込んだ「赫星一号」の破片が星遺物となった結果がスティアであり、記憶や敵星体としての特質を失っていたのは、不活化による弊害だったと考えれば納得もできよう。

 結果的に、自分たちは自分たちの手で敵を抱き込みながら戦っていたというのは、敵星体という未知の存在を理解した気になっていたからなのかもしれない。


「泣くな、小日向結衣。全ての責任は最後までスティアを疑い切れなかったおれたちにもある」

「……」

「口も聞けないか……無理もあるまい。だが、処分は君に行かないように最大限便宜を図ろう」


 それが責任者のやるべきことだからな、と付け加えて、諏訪部は結衣の肩に手を置こうかと思案したものの、今の彼女は触れてしまえばそこから崩れていきそうなほどに脆く、儚い。

 これが、本来の小日向結衣なのだろう。

 諏訪部は直感的にそれを理解する。

 本来であれば、そんな状態にまで追い込まれた一人の少女を戦線に駆り出すなど、あってはならないし、やったとしても上手くはいかないはずで、それがなんとかなっていたのは、スティアという存在がいてくれたからだ。

 しかし、そのスティアが敵星体そのもの──憎むべき「赫星一号」だったとすれば、感情の置き場をどこに定めていいかわからなくなるのは、もはや必然だろう。

 まして、多感な年頃なのだ。

 結衣は貝のように口をつぐんで、それ以上は何も語ろうとしない。

 だが、不幸なことに説明責任はまだ残されている。

 マジカル・ユニットにスティアを引き込んでしまった責任がある以上、上層部へとそれを伝達するのは軍人としての義務だ。


「……な、泣かないで、ください……結衣さんが泣いてたら、わたしも……」


 座り込んで動こうとしない結衣の肩におずおずと手を伸ばす絵理もまた、その涙に触発されて、青い瞳から大粒の涙を零していた。

 絵理は、結衣を独り占めするスティアに微かな敵愾心を抱いていたことは確かだ。

 だが、本気でいなくなってほしいと、そう考えたことは一度もない。

 むしろ、背中を預けてきた仲間として、帰りを待ってくれていた同胞として接してきたつもりだったからこそ、そのスティアが敵そのものであったことは、少なからず絵理にとってもショックを与えていたのだ。


「……気の毒すぎて、何も言えないよ……」


 美柑もまた、思うところは同じだった。

 現状に対する惰性と諦めが彼女を動かす根幹であったからこそ、悪くいえば全てを他人事と捉えることで脆い心を守ってきたからこそ、今も一歩引いた立ち位置から結衣を見ることができていたものの、そこに同情を寄せる心までも失ってしまったわけではない。

 しかし、とにかく、スティアが敵星体であり、いずこかに逃亡したというのなら、それを探し出して討たなければならないのもまた、確かなことだ。

 ──ならば、その役目は自分が担う他にない。

 美柑は拳を固めると、そこに悲壮な決意を握りしめ、己に固く誓いを立てた。

 結衣にも、絵理にもスティアは討たせない。

 それは、己に残された「猶予」がもはや、極めて残り少ないというものもあれば、結衣は言うに及ばず、同じように脆い心をなんとか取り繕いながら戦っている絵理にも引き金を引かせたくはないという義侠心からくるものだった。

 すっかり戦勝ムードに包まれていた連邦防衛軍総司令部は、平時の緊張を取り戻していて、それを鑑みれば、マジカル・ユニットへと召集がかかったのも至極当然のことだといえる。


『マジカル・ユニット! 諏訪部大佐! 今すぐ総司令部に出頭せよ! 繰り返す、今すぐ総司令部に出頭せよ!』


 マイクの向こうで怒鳴っている軍務局長の濁声が、怒り心頭といった様子で地下区画へと響き渡る。

 状況の把握と説明責任を果たせと、つまりはそういうことなのだろう。


「……それが仕事とはいえ、酷なことをする」


 諏訪部は呆れたようにぽつりとそう呟くが、軍務局長の立場からすれば重大な事項を半ば隠蔽されていたようなものだ。

 怒りに打ち震えるのも無理はない。

 最悪は、しかし現実的な可能性として銃殺が待っているであろうことを覚悟しながらも、絵理が結衣の肩を担いだのを確認して、マジカル・ユニットは総司令部へと引き返していくのだった。




◇◆◇




「つまり我々は、敵を抱き込みながら戦っていたということなのか……!」


 総司令部に戻って、結衣の代わりに諏訪部の口から説明を受けた軍務局長は、顔面を蒼白にしながら、怒りに震える指先で自慢のカイゼル髭を撫でつける。

 残念ながらそうなりますね、と答えられるような空気でもなく、ただ嵐が過ぎ去るのを待つかのように、諏訪部は数秒ほど沈黙すると、結衣たちを庇い立てるかのように前へと歩み出て、軍務局長へと言葉を返す。


「そうなります。しかし、全ての責任は最終的な判断を下した小官にあると存じています。何卒、小日向結衣には寛大な処置を」

「ふざけるのも大概にしろ! 外患誘致は処刑と相場が決まっている……! だが、スティアとやらが敵星体だったのなら、我々は戦わねばならない! どうしても寛大な処置を望むのであれば、戦って死ね!」


 軍務局長の言動には、今すぐにでも諏訪部や結衣を銃殺に処してやりたいという意志が滲んでいたものの、現状で敵星体と戦える魔法少女は、マジカル・ユニットに所属する三人と、北米管区に所属する、アリス・ヴィクトリカを合わせて四人だけだ。

 そんな状態でわざわざ貴重な戦力を銃殺に処したところで、自らの首を締めるだけだと理解するだけの理性は、彼にもまだ残されていたらしい。

 諏訪部はそのことに安堵しつつも、戦って死ね、という彼の言葉そのものには反感を抱いていた。

 結衣が死んだところで、何かが変わるわけではない。

 自分が死ぬのであればまだ納得はいく。

 しかし、スティアが敵であったとしても、彼女が立てた功績というものは存在していて、現に軍務局長も沖縄では彼女の予知に助けられている。

 そう考えることそのものが、そこに憤りを抱くことそのものが子供なのだと自嘲しつつも、諏訪部は「拝命いたしました」と短く敬礼を返して、必死の捜索を行っている総司令部を俯瞰した。

 現状、結衣からの報告では、スティアは突然どこかに消えてしまったという。

 にわかには信じがたいことではあったものの、総司令部から発せられていた敵星体反応が消えていることからも、それが事実だとはすぐにわかった。

 だとして、スティアはどこに消えたのか。

 研究室を、「ラボラトリィ」を主導する真宵が指揮をとって、捜索に当たっていたものの、各管区はほとんど瀕死の状態で、当てになるものも当てにならない。

 地球上の敵星体反応を真宵が虱潰しに探していた、その時だった。


「超巨大敵星体反応です!」

「少尉、位置は!?」

「木星沖近海……ワープアウトしてきた模様です!」


 突如として現れたその超巨大敵星体反応は、タイプ・ホールケーキが可愛く見えるほどに凄烈なものであり、それは否応なく、この場にいる人間の忌まわしい記憶を呼び起こす。


「映像を拡大して!」

「はい、映像、拡大します!」


 そこに現れたものは、奇しくも3年前と全く同じ──ただ、纏う色だけが海よりも深い青に染まりながら、煌々と輝き続ける彗星だった。

 確かに、地球上の敵星体は、スティアを、最後の生き残りをのぞいて一掃されたのかもしれない。

 しかし、新たなる脅威は宇宙からやってきた。

 誰もが固唾を飲み込む中で、突如として映像スクリーンに、モノリスを切り出して作ったような、青い光のみがぼんやりと照らす無機質な空間と、そこに立つ、褐色肌に青髪碧眼といったエキゾチックな出で立ちをした女性が映し出される。


『聞こえているか、地球の民よ。我が名はメテオラ……エリュシオンの巫女にして、許されざる命である貴様らに、星罰を下す者の名である』


 唖然とする総司令部へと、メテオラと名乗る人物はまるで歌でも紡ぎ出すかのように厳かで、リズミカルな口調でそう告げる。

 星罰。それが何なのかは大半の軍人にはわからない。

 だが、戦ってきた魔法少女たちは、特に複製体と刃を交わしていた美柑は、それが意味するところを直感的に理解していた。

 そうでなくともわかることはただ一つ、確かに存在する。

 もはや、人類に逃げ場はない。

 煌々と瞬く彗星を仰ぎ見て、屈強な軍人たちが、年若い通信士たちが、そして、前線に立ってきたはずの諏訪部たちですら、その絶望の前に、その瞳を青ざめさせるのだった。

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