86.魔法少女と紫電の龍
「艦隊の半数、回頭終わりました!」
「よし、これより『オールト』を中心とした臨時の分艦隊を編成、新たに襲来した敵星体の迎撃に当たれ!」
東山は戦術シミュレータが叩き出した計算通りのタイミングで現れてくれた、紫電を纏う竜もどきが率いる、もはや群れとも呼べない残党を迎撃すべく、残された艦隊の半数をその迎撃に充てることを決める。
残党とはいえ数はそれなりに多く、アンジェリカがタイプ・ホールケーキと一対一で戦える状況を作り出さなければならない以上、妥当な判断ではあったものの、それが吉と出るか凶と出るかはわからない。
しかし、絵理の奮戦によって「オケアノス」が支える戦線における最大の障害は結衣が現在進行形で斬り刻んでいる、劫火を操る方の竜もどきだけだといってもいい。
余裕のできた呪術甲冑隊も一部は「オールト」や所属する艦へと帰還して補給を受けると、アンジェリカを支援するため、背後から迫る敵星体の方へ向かっていく。
「いいかお前ら! この作戦はお姫さんがやられたら一巻の終わりだ! 俺らは丁寧にエスコートしなきゃあならん!」
「へっ……騎士様というには少々むさ苦しいですがね!」
「軽口を叩けるってこたぁ、やれるってことだな、古橋! 行くぞ野郎共! 星屑のクソッタレに鉛弾をたらふくご馳走してやれ!」
『了解!』
内藤が率いる呪術甲冑隊も、新品のミサイルポッドをフライトユニットのパイロンに懸架すると、その弾を惜しみなく全てHUDに投影されたロックオンマーカーの表示に従い、全てぶちまける。
魔力による補強がなされた鉛弾とミサイル、そして徹甲弾と艦砲射撃の雨霰が、新たな竜もどきが引き連れてきた敵星体の残党を撃ち抜き、引き裂き、塵へと還す。
『Gullllll……』
しかし、紫電をその身に纏うタイプ・ホールケーキは、焦りのようなものを見せた劫火を操る個体とは対照的に、どこか余裕さえ感じさせる低い唸り声を上げるだけだ。
まるで自分以外の全てはどうでもいいとばかりに傲慢な態度を見せる竜もどきのそれもまた、この地球から、人間から学習した感情らしき何かの発露なのだろう。
──気に食わねえ。
それが、内藤の率直な感想だった。
「野郎、ずいぶん余裕ぶっこいてくれるじゃねえか……吠え面拝むまでは死ねねえなあ! そうだろてめぇら!」
『応!』
魔法少女よりも遥かに危険な任務についているのにもかかわらず、不敵に笑いながら曲芸飛行を繰り広げ、誰一人として脱落者を出すことなく敵星体の迎撃に当たるチームワークを、その絆とでも呼ぶべきものをアンジェリカは少しばかり羨望の混じった目で見つめていた。
自分にも、仲間はいるのかもしれない。
結衣も、絵理も、美柑も、皆マジカル・ユニットとして共に死線を潜り、寝食を共にしてきた仲間であるとは、頭の中では理解している。
しかし、アンジェリカはどこまでいっても一人であると、彼女のオッドアイは現実をそう捉えて、その悲しみだけを追認していた。
日本で最も早く、第二世代魔法少女として生まれ変わった存在。
それがアンジェリカ・A・西園寺を支えるたった一つの誇りだった。
それは忌み子であり、落ちこぼれだった自分の運命を変えるに相応しい、劇的な出来事だったからだ。
魔法少女となってからは、訓練や「はぐれ」の掃討や佐渡ヶ島奪還戦という初陣での功績を挙げてからは、家族が自分を見る目は多少ではあるが変わっていったと、アンジェリカはそう思っている。
それは自分の努力が、立てた武勲が認められたということであり、ずっと魔法少女として戦い続ければ、いつかは父や母、兄や姉は自分に振り向いてくれるかもしれないという期待でもあった。
しかし、アンジェリカの隣に並び立っているのは、同世代の魔法少女ではない。
第一世代魔法少女。あの地獄を、「赫星戦役」を生き延びた「原初の七人」の生き残りであり、彼女たちと自分の間にはあまりにも大きな隔たりがあることを、アンジェリカは不幸にも理解し、認めてしまっていた。
ただ傲り高ぶっているだけであれば、自らのプライドという殻の中にこもっていれば、最低限の自尊心は守れたのかもしれない。
しかし、アンジェリカという人間の性根が、そこに横たわる誠実さが、そんな行いを許すはずはなかった。
ハサミのような魔法星装を振るって、無数のタイプ・キャンディを叩き落としながら、アンジェリカは紫電を纏う竜もどきへと肉迫する。
「……これはわたくしの、一世一代! 全てをかけた戦いですわ! メタモルブースト!」
アンジェリカは、誰でもなく、ただ自分に言い聞かせるかのようにそう叫ぶ。
第二世代魔法少女の中で、最も早く生まれたということもあって、彼女が発動したメタモルブーストは、第一世代魔法少女にも迫るほどの効力を発現する。
しかし、その代償として要求されるものは自らの未来、天に昇って星になるまでの「猶予」だ。
それを理解していながらも、迷うことなく己の魂を星の炉に焼べ、燃やしながら、一つの彗星となってアンジェリカは飛ぶ。
『Gulllllll……!』
不遜にも自らの周囲を飛び回るハエが現れた、とでも言いたそうに不機嫌な唸り声を上げたタイプ・ホールケーキは西洋の竜というよりは東洋の龍に近い、手足と羽が生えた蛇のようなフォルムをしていた。
しかし、その威容は蛇など比べ物にならないほど厳かで、人類が無意識に抱く「恐れ」そのものを体現するかのように、煌々と稲妻を纏って輝いている。
竜もどきならぬ龍もどきは、鬱陶しげに手を払うと、魔力で呼び出した雷雲から、アンジェリカを追尾する紫雷を撃ち放つ。
「そのような攻撃で!」
『Gulllllll……Oooooooo……!』
真っ向から挑みかかるアンジェリカもまた、自らの魔法星装によってその雷を断ち切ろうと試みた。
だが、突如として龍もどきが唸り声を上げ、その指先を、糸でも手繰り寄せるかのようにくい、と微かに曲げることで、雷の軌道は模様を変える。
「か、はっ……!?」
アンジェリカの背後へと回り込むようにその軌道を描き直した紫色の雷は、果たして狙い通りに彼女の背中を打ち据えて、魔力障壁がなければ感電死していたか、熱量で焼かれて死んでいたのであろう打撃を与えていた。
なんとか命拾いはしたものの、メタモルブーストだけでは、とても敵うような相手ではない。
アンジェリカは、本能的にそれを理解していた。
くつくつと笑うかのように唸り声を上げ続ける龍もどきは、更に雷雲を呼び出すと、断続的に、容赦なく電撃を浴びせかけていく。
まるでアンジェリカを弄ぶかのように、昆虫の手足を戯れに引き裂いて遊ぶ子供のように、無邪気ながらも悪辣な、死への誘いが撒き散らされる。
「この……っ……! わたくしは……わたくしはッ!」
己の特質である「強化」の魔法によって魔力障壁を強固に補強することでなんとか雷を防ぐこと自体はできていたものの、このままでは近寄ることができずジリ貧だ。
その間にも結衣が相手取っている劫火の竜が、地球艦隊を焼き尽くしてしまうかもしれない。
むしろ、この個体はそれを、もっとも緩やかで残酷な死を望んでいるのではないかと錯覚するほどに、その戦法は粘着質で悪辣なものだ。
ならば、悪を相手に遠慮をする必要はどこにもない。
頭ではそれをわかっていても、いざその手札を切るとなった時に脳裏をよぎる恐怖が、生物が本能的に逃れられない「死」への忌避が、アンジェリカの両手を震わせる。
──それでも。
「それでも、わたくしは……わたくしは、アンジェリカ・A・西園寺なのですわああああっ! メタモル……バーンッ!」
それでも、自分は西園寺の家に生まれた人間だ。
その命が望まれていないものであったとしても、家族がアンジェリカという個人ではなく、「魔法少女アンジェリカ」の武勲だけを望んでいたとしても、その呪縛からは逃れられないとばかりに、それでも構わないと自棄を起こして泣き出す子供のように、アンジェリカはとうとう、己の命を天秤の対価に捧げ、その魂を燃やし尽くすのだった。




