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85.魔法少女、死線を超えて

 十枚にも及ぶ「光の刃」を翼のように広げ、自身に食い下がってくる結衣の存在は、明確に竜もどきへと恐怖の感情を刻み込んでいた。

 全てを無に還す劫火を纏い、海を蒸発させるほどの熱をその身体から魔力によって生み出しながらも、その超高温を恐れることなく、結衣は冷静にヒットアンドアウェイを繰り返す。

 まともな人間であれば近付いただけで灰に変わるほどの熱は、確かに魔法少女として再構成された結衣の躯体を蝕んでもいた。

 しかし、第一世代魔法少女の中で最も強いとまで讃えられた結衣がメタモルブーストまで使ったとなれば、展開される魔力障壁の密度は第二世代以降の魔法少女たちと比べるべくもない。

 むしろ、その障壁に多少であったとしても熱によるダメージを与えられている、タイプ・ホールケーキが異常なのだともいえる。

 しかし、その敵星体からすれば、身に纏う障壁や劫火の守りを分解し、斬り刻む特質を持つ結衣の「光」は恐るべきものだった。

 生物ではないのにもかかわらず、中途半端にそれを模したことで獲得した生存本能が、卑小であるはずの人間を、一人の魔法少女を明確な「敵」として定義する。


『Gulllll……Ooooooooo!』

「お願い、『ジャッジメント』……!」


 巨体に残された右腕に、その剛爪に炎を纏わせて、飛び回る小虫を叩き潰すかのような仕草でタイプ・ホールケーキは腕を振り下ろす。

 だが、巨体であるが故の弊害か、鈍重とまではいえないまでもその速度は決して早いものだとはいえないものだった。

 速度に特化して周囲を細やかな動きで旋回する結衣のペースを乱すことすらできず、お返しだとばかりに「光の刃」を突き立てられる竜もどきは、屈辱と苦悶に身を捩らせる。


「……最速で仕留める、そうじゃないと私がやられる……!」


 どこまでも冷静に研ぎ澄まされた、戦闘機械じみた軌道で戦場をなぞりながらも、結衣の中には明確な焦りが存在していた。

 あらゆる穢れを拒み、集中すれば敵星体の攻撃を遮断してくれる魔力障壁であっても、メタモルブーストでその効力を引き上げていても、同じ魔力が生み出す灼熱までは完全に防ぎ切ることは叶わない。

 つまり、長時間戦えば戦うだけ海を煮立たせる竜もどきの発する灼熱によって結衣の脳は内側から煮立たせられて、死を迎えるということだ。

 それをなんとかするためには、一撃であのタイプ・ホールケーキを仕留めなければいけなかった。

 だが、それを可能とする結衣の最大魔法、かの「赫星一号」を撃ち落とした「テスタメントブラスター」を地上で撃ち放てば、タキオン粒子砲同様に余波による被害が大きすぎる以上、必然的に使える手札はその下位互換である「サクラメントバスター」に限られる。

 サクラメントバスターによって一撃死を狙うには、まだ足りていない。

 それはじわりじわりと追い込まれながらも、敵星体の発する灼熱が衰えていないことからも推測できる。

 敵星体がどこまで学習しているかはわからないが、魔法少女がそうしているように、魔力は防御に転用することができる以上、この竜もどきがそれをやってこないとは限らない。

 そして、サクラメントバスターによって魔力を消耗し、障壁の密度が下がったところにあの灼熱を浴びせかけられれば、やられるのは必然的に自分ということになる。

 つまるところ、この怪物をより弱らせなければならず、その上でたった一度切りのチャンスに賭けなければそこに勝利はない、ということだ。


「……厄介ね、こういうのは……!」


 あるいは同じ「炎」の特質を持つ美柑であればもう少し長く持ったのかもしれないが、その場合は千日手のような戦いが続き、いずれにしろその余波で極東管区が派遣した艦隊や呪術甲冑隊がやられるだけだろう。

 誰であっても、何を手札に持とうとも、この勝負から降りることは許されず、また敗北も許されない。

 これがギャンブルの類であれば、法外だと叫びを上げることもできたのだろう。

 しかし、生憎これは絶滅戦争で、賭け金の代わりに積まれているのは結衣自身の命とスティアの命、そして地球に住まう全人類の命なのだ。

 ならば、一世一代の大博打に打って出るしかこの死線を潜り抜ける方法はない。

 絵理と協力し、取り巻きの敵星体を撃ち落としていく呪術甲冑隊と、艦砲射撃によりその支援を行う連邦防衛軍艦隊を一瞥すると、結衣は魔力を集中して「光の刃」と思考誘導弾を同時に展開する。

 恨みがないどころか恨みしかないが、抱えた事情はともあれこの竜もどきには、この地上から早々にご退場を願う他にない。


『Ooooooo……Ooooooooo!!!』

「叫んでばかりで……!」


 しかし、恐るべき仇敵というよりは厄介な毒虫でも見るような瞳で自身を見つめる結衣の瞳は、竜もどきのプライドを傷つけるのには十分すぎたのだろう。

 咆哮を上げ、でたらめに劫火のブレスを吐き散らすタイプ・ホールケーキによる攻撃の余波で、78式呪術甲冑が、主力級航宙戦艦が次々と塵へと化していくのを、結衣はただ見送ることしかできずにいた。

 どれだけ犠牲を積み重ねても、どれほどの命だったものをその足元に積み上げることになっても、人類は生き残らなければならない。

 それは、この場に赴いた誰もが理解していることだった。

 そして、「正しい」ことでもあった。

 だが、それは決して許されていいものではない。

 未来に犠牲のない世界を作るなどというのは、悲惨な戦いの前では風前の灯にも似た楽観論に、砂糖菓子のような理想論に過ぎないのだろう。

 それを示すかのように、艦隊の背後からは北京管区の防衛戦力を全てを踏みにじり、おびただしい数の犠牲を生み出した、紫電を纏う竜もどきが飛来する。

 どれだけ窮地に立たされていたとしても、どれほど悲惨な現実の前に、引き金を引かなければ生きてはいけないこの世界の現状に膝を突きそうになったとしても、現実を追認するだけで、そこで足を止めることは許されない。

 それがどれほど重い呪いに変わろうと、描いた理想を、未来に託した願いを背負って闘い、散っていったのが魔法少女たちであるならば、その最前線に立つ結衣もまた同じことだ。

 世界のためとは言い切れなくとも、せめて愛する誰かのために。

 渇き切った心を潤してくれたスティアのために、この地球へと平穏を取り戻す。

 覚悟と決意を背負い、魂を星の炉に焼べながら、結衣は彗星のように光を纏い、燃え盛るのだった。




◇◆◇




「……来ましたわね」


 一人「オケアノス」の格納庫に取り残されていたアンジェリカは、もう一体のタイプ・ホールケーキが戦線に合流したという報せを受け取って、ぽつりとそう零す。

 第二世代魔法少女として、西園寺の家に産まれた人間として、地球のために、人類のために戦うことは誉れであって、そこに恐怖はない。

 心の中で何度も自分に言い聞かせていることが反証であることは、わかっていた。

 しかし、アンジェリカは己に定められた運命をなんとか受容しようと、すぐそばにまで近寄ってきた死神を拒絶するのではなく、抱擁しようと試る。

 だが、それはあえなく失敗に終わった。


「……お父様、お母様……お兄様、お姉様……どうか、どうかわたくしに力を……西園寺の家に生まれた誇りを……!」


 嘘だ。

 そんなものなど必要ない。

 たった一度で良かった。たった一度だけでも、「家族」と認め、あたたかく頷いてくれるだけで、自分は、アンジェリカは何とだって戦える。

 しかし、現実として突きつけられたものはどこまでも冷酷であり、死地に赴くアンジェリカに対して、父も母も、兄も姉も「出来損ないが名誉ある死を遂げられるだけ幸せだろう」とでも告げるかのように、言葉一つ寄越さなかったのだ。

 アンジェリカは眦に滲んだ涙を拭うと、心の内側で叫び続ける幼子の叫びを押さえ込んで、豪奢なドレスに身を包み、開くハッチから舞踏会の、戦火の空へと飛び出していく。

 きっとこの戦いを生き残れば、絶望を覆せば、家族はきっと自分を認めてくれる──どこまでも純朴で、いたいけな願望を抱きながら。

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