82.魔法少女と定められた滅び
こと一対多数という観点では結衣にも匹敵する力を持つ絵理が戦場に降り立ったことで、戦場におけるパワーバランスは逆転しつつあった。
メタモルブーストによって増幅されると同時に、癒しと破壊を同時に撒き散らすことができるようになった彼女の魔法は敵を確実に死へと至らしめ、味方の傷を癒し続けることでその戦意を高揚させる。
第一世代魔法少女の中で、「治癒」という、一見、戦いには向かない特質を持ちながらも、絵理が赫星戦役を生き延びられたのも、全てはこの「毒と薬」を同時に行使できるその性質が故だった。
さっきまで押し込まれていたのが嘘のように戦線を強引に押し上げられて、面白くはないのがタイプ・ホールケーキだ。
人類抹殺は彼に課された使命であり、同時に本能でもある。
そこに悪意というものがあったとするならば、それはこの星からリソースを吸い上げた時に、あるいは「エリュシオンの巫女」を通じて、後天的に学習したものに過ぎない。
しかし、感情というのは撃発するものであり、長らく付き合ってきた人間すらそれに煩わされ、振り回されてきたのが、僅か1年にも満たない時間でラーニングをしただけの敵星体に制御できるものかと問われれば、その答えは間違いなくノーとなるのだろう。
『Guooooo……Ahhhhhh!』
何故、思い通りにいかない。
そうとでも怒鳴り立てるかのように咆哮した竜もどきは、己の隣に浮かんでいた複製体の魔法少女を、いわば彼にとっての切り札を戦場へと差し向けることを決めた。
「時は来た……目覚めよ、エリュシオンの巫女。星罰は下された。七つ星が天に瞬くその時に、汝の使命は果たされる」
複製された魔法少女の言葉は要領を得ない。
ただ、セットされた定型文を繰り返すロボットのように敵星体から「巫女」へと発せられるメッセージを繰り返すだけだ。
しかし、接近戦であれば当代随一とまで言わしめた、多くのリソースを消費することでその複製が実現した「原初の七人」の実力は、オリジナルに勝るとも劣らない。
その手に携えた、薙刀のような魔法星装によって呪術甲冑を真っ二つに断ち切りながら、敵星体への破滅を巻き散らす絵理を仕留めんと、複製体は戦場へと上がり込む。
しかし、強大な力を持つということは、魔法少女にとってはその動きを察知するのも容易いということだ。
「悪いけど……絵理はやらせないよ!」
「人類は静寂を乱す。人類は愚を繰り返す。我らはエリュシオン、播種の祖にして教導と星罰の執行者。思い出すがいい、我らが巫女よ。今が、悲願の果たされる時、天に七つの星が瞬くその時なのだ」
「……美琴の顔借りて、訳わかんないこと言わせてんなぁっ!」
定型文を読み上げるかのように、淡々と感情なく、地球人類にとっては何の意味もなさない言葉を繰り返している複製体は、結衣の手によって撃ち抜かれたはずである、翠川美琴の顔と姿をしていた。
美柑は親友だった少女の顔と姿を借りて意味のわからない言葉を紡ぐ複製体に、本能的な敵意を抱き、己の魔法星装である直刀で、薙刀の一撃を受け止める。
しかし、例えそれが複製された偽物であったとしても、オリジナルの美琴が得意としていた技の冴えは衰えておらず、「中途半端」な美柑の剣技では、受け止めるのが手一杯だ。
「そういうとこだけは昔と変わらない……!」
「目覚めよ、エリュシオンの巫女よ。汝の使命は──」
「わかってる! 偽物でも、アタシじゃ敵わないってことぐらい、アタシじゃどうしようもないってことぐらい! メタモルブースト!」
だからこそ、切り札をここで使わされるのもまた、想定の範囲内だった。
どくん、と一際大きく心臓が波打つ感覚と共に、美柑の全身に増幅された魔力が滾る。
しかしそれは、己の魂を星の炉に焼べて、そこに与えられた「猶予」を代償にして解き放たれる禁忌の力だ。
同時に、美柑は自分に残された「猶予」が残り少ないものであることを、本能的に察知する。
メタモルブーストは使えてあと二回、否、一回も怪しいほどに、美柑の魂は摩耗しきっていたのだ。
「あっはは……そっか、アタシもそろそろ限界か……でも、この戦いだけは!」
この戦いがきっと最後になる。
この戦いを終えれば、地上から敵星体は掃討されて、元の日常が帰ってくる。
誰もが根拠などなくとも、そんな楽観論に縋っていたのは、そうすることでしか正気を保てないからだ。
第一世代魔法少女たちが束になって、そしてその九割が命を落とすことで、ようやく赫星戦役は終結を迎えた。
第二世代魔法少女や第三世代魔法少女では、どう足掻いても、束の間の平和、その礎となって散った彼女たちには及ばない。
ここで戦いが終わってくれなければ、地球という星は、確実に終わりを迎えることになる。
美柑はそんな焦りを内心に抱きながら、美琴をコピーした複製体と剣戟を交わす。
「このっ……! このおッ!」
「人類は愚を繰り返す、人類は静寂を乱す。故に滅びは定められた、星罰は下されなければならない」
「アタシにそんなことなんかわかるか!」
虚ろな目でたわ言を繰り返す複製体の言葉を要約するのであれば、人類は愚かであり、静寂を乱す故に、「星罰」とやらは下されなければならない上に、その結果として滅ぼされなければならない存在であるらしい。
ふざけるな、と、美柑の中で血が滾り、怒りに連動した心臓が早鐘を打つのを感じる。
確かに人類は愚かな歴史を繰り返してきた生き物だ。
かつて、神の世紀に自らの命を喰らい合い、足を引っ張り合うことで、命を使い捨てることで人々はその歩みを未来へと進めてきた側面があるのは確かなことである。
それから連邦の一つ屋根の下、星の世紀に暦が改められたあとも、分断と格差という問題は人類を蝕み続けてきた。
タキオン粒子砲という禁忌の兵器が生み出されたこともまた、人類の犯した罪であるというのなら、それはその通りなのだろう。
しかし、その側面だけを切り取って、一方的に断罪され、死を受け入れろといわれたところで、はいそうですかと素直に従えるはずがあるだろうか。
薙刀と直刀がぶつかり合う、金属同士の甲高い叫びを上げながら、刃と刃が交錯する。
美柑に、人類がどうのこうのと、歴史がどうのこうのといった難しいことはわからない。
しかし、それでも日々を懸命に生きている人間が、理不尽に下された裁きとやらによって命を奪われていい道理など、どこにもないことぐらいはわかる。
「アタシは……アタシは、今を頑張って生きてる人のために戦う! 敵星体が今更何を言ってきたって、今更美琴の姿を借りたところで……アタシは止まらないって決めたんだ!」
残された命の猶予が少ないのであれば、少ないものを犠牲にして、より多くを救おうとする。
それは大局的に見ればただの思い上がりであり、過ちであるとわかっていても、美柑にとって残された命の使い道は、敵星体と刺し違えることぐらいしか思い浮かばない。
そのためならば、かつての親友の姿を敵が勝手に借りていようが、人類側に滅びの引き金を引く原因があろうが、ただそれを踏み倒して先に進むだけだ。
強固な決意は覚悟となって、美柑の魔力を補強する。
「燃えろ、『シュテルンダイト』!」
名付けという呪いを受けて、定義を強固にする儀式を経て、己の魔法星装たる直刀に血液が注ぎ込まれるように、炎と化した魔力が宿っていく。
全てを焼き尽くして灰にするまで、三上美柑は、炎の魔法少女は止まらない。
その眦に浮かべた涙を蒸発させて、己を星の炉を燃やす薪として、美柑は体勢を崩した複製体へと、渾身の一撃を叩き込むのだった。




