81.魔法少女と暁の戦い
結衣たちの出撃を待ち構えていたかのように、「アイオワ」を撃沈させたタイプ・ホールケーキは大量の群れを引き連れて、遮るものがない太平洋をまかり通る。
この世界を蹂躙し、全てが我がものであるかのように咆哮する竜もどきの姿は兵士や船乗りを、魔法少女たちを恐れさせるが、それでも足を止める者はいない。
「敵星体群、主砲の射程内に入りました!」
「よし……まずは取り巻き共を撃ち落とす! 全艦連動、主砲、撃てぇッ!」
「撃てーッ!」
東山は「オケアノス」の艦橋からモニターに映る敵星体を睨みつけ、問答無用とばかりに砲撃命令を下す。
会敵を予測していた「オケアノス」の戦術シミュレータに連動して、「オールト」、「オラシオン」、そして各艦に率いられた主力級航宙戦艦が、敵星体へと先手を打つべく起動した主砲に一斉射撃を浴びせかけた。
秒間十数発という連射速度で放たれる、魔力によって補強された陽電子衝撃砲は、空を埋め尽くすタイプ・キャンディを、タイプ・クッキーを次々に撃ち落としていく。
しかし、流石に巨大なダンジョンから丸々抜け出してきただけでなく、「はぐれ」の群れまでも率いて悪夢のパレードを繰り広げる敵星体の前には、多勢に無勢といった風情だった。
極東管区が人類最後の堡塁と位置付けられている所以は、その戦力にこそある。
第一世代魔法少女を三人、そして三隻のオケアノス級という決戦兵器を有しているだけで、他の管区よりもアドバンテージは大きい。
それだけの戦力を有する極東管区でも手を煩わせるほど、灼熱を纏う竜もどきが率いる群れは厄介なのだ。
『Guoooooohhhhhh!』
タイプ・ホールケーキの咆哮が響き渡ると共に、戦場へと星屑たちが、無数の敵星体が雪崩れ込む。
「奴さんたちのお出ましだ、野郎共、命じゃなくて敵を落とせよ!」
「了解!」
内藤はハッチを開ける「オールト」の出撃カタパルトから、発進前の部下たちへ激励を飛ばす。
本命の魔法少女隊に先立つ形で、フライトユニットを背負った呪術甲冑隊が、敵星体の迎撃と撹乱を行うために出撃準備に入ったのだ。
78式呪術甲冑が次々に艦隊のカタパルトから飛び出し、HUDに投影された無数の敵影を認めると、各機が一斉に、フライトユニットの翼部分に懸下しているミサイルポッドから、魔力によるオーバーコートが施されているミサイルを射出する。
「行きがけの駄賃だ! たらふく持ってきやがれよ、星屑共!」
「へっ……悪くねえ花火ですなあ、隊長!」
「おうともよ! さあ……こっからが地獄だぞ! お姫さんたちを死なせるなよ! 俺たちが奴らを全部叩き返すつもりで事に当たるんだ!」
『了解!』
小粋なジョークだ、と、軽口を叩いた部下の胆力を内心で評価しつつも、内藤は気を引き締めて、己が率いる呪術甲冑隊と共に敵陣へと上がり込み、両手に保持するアサルトライフルを撃ち放つ。
本命の魔法少女隊は少し遅れる形で内藤たちの背後についているものの、第三世代魔法少女だけで構成される「トライアングル・ユニット」はその例外だ。
使い捨てられるように、あるいは最初から戦果など期待されていないかのように前線へと真っ先に飛び込まされる彼女たちを哀れむつもりは内藤にはない。
それは、軍人としての任務を帯びた彼女たちを侮辱することになるからだ。
しかし、一人でもその犠牲を減らしたいと願うのは、大人としては自然な感情であり、滾る義憤と、突きつけられた理不尽に対する反骨が、内藤を突き動かしていた。
弾を全て吐き出し切ったミサイルポッドをパージして、呪術甲冑隊とトライアングル・ユニットは、敵星体とクロスレンジでの交戦に入る。
連邦防衛軍としては、北京管区を落とした、紫電を操るタイプ・ホールケーキと合流される前に、炎を操るそれが率いる群れを掃討する算段ではあったが、戦術シミュレータが弾き出した答えは「極めて困難である」というものだった。
それを示すかのように、艦砲射撃による火力支援と、呪術甲冑隊とトライアングル・ユニットの奮戦があっても、タイプ・ホールケーキを取り巻く敵星体の数は一向に減る気配を見せない。
「艦長、マジカル・ユニットの投入を進言します」
「うむ……少しばかり作戦より早いが、犠牲を積み重ねるよりはマシだ、許可しよう、諏訪部大佐」
「ありがとうございます。水瀬絵理! 三上美柑! 出撃準備に移れ!」
切り札として温存されていたマジカル・ユニットの投入を進言し、東山からの許可を得た諏訪部は、ブリッジで待機していた絵理と美柑へと出撃指令を下す。
「は、はい……っ!」
「了解っ!」
本来であればマジカル・ユニットはもう少し敵の数を減らしてから、後詰として投入される予定だったが、やむを得ないとばかりに急かされた絵理と美柑は敬礼を返すと、「オケアノス」の出撃ハッチへと走っていく。
その間、内藤たち呪術甲冑隊とトライアングル・ユニットは、戦線を押し下げられながらも歯を食いしばり、なんとか敵星体の群れを迎撃していた。
「こいつは、キリがねえな……!」
「星だってんなら空に帰ってもらいたいもんですがねえ……!」
「ジョークは後回しだ、古橋! 今はこいつらを一匹でも多く叩き返せ!」
古橋の軽口は、この絶望的な状況下にあって頼もしいものだったが、現状として手が回っていないのは確かなことだ。
内藤は叱咤を飛ばすと同時に、フライトユニットに装備されている二門のカノン砲から、タイプ・クッキーへと徹甲弾を撃ち放つ。
呪術回路によって魔力のオーバーコートを施された弾丸は、敵星体の障壁を打ち破り、射線上に並んだ個体を、ボウリングのピンを倒すかのように塵へと還していく。
だが、HUDに投影される敵が減ったような気配はなく、レーダーは相変わらず敵星体を示す赤い点で埋め尽くされている。
「いいか、足を止めるんじゃねえ! 足を止めたら喰われて死ぬぞ!」
地上ではそうもいかなかったものの、フライトユニットの推力が機体を支えている空中であれば、足を止めずに弾を撃ち続けることは可能だ。
しかし、内藤の指示に従っていようが、余裕を失い足を止めてしまおうが、凄まじいまでの物量を投入してきた敵星体の前には、ほとんど誤差のようなものだった。
嘆く間もなくトライアングル・ユニットを構成する盾役の魔法少女にタイプ・キャンディが殺到し、呪術回路と第三世代の魔力では防ぎ切ることができずにその身体を貪られ、血の霞へと消えていく。
「隊長、振り切れません! 助けてください、隊長!」
「落ち着け! クソッ、すぐそっちに……!」
「い、嫌だ! こんなところで……うわあああああっ!」
「天野ぉッ!」
天野と呼ばれた部下の78式呪術甲冑もまた、貪り食われた魔法少女と同様に、大量のタイプ・キャンディに追い立てられて、タイプ・クッキーの変異体が持つ「爪」によってその胴体を貫かれる末路を辿る。
「畜生……俺も年貢の納め時だってか!」
援護に向かおうとした内藤自身もまた、大量の敵星体に追い立てられていた。
敵星体にどこまでの意図と感情があるのかはわからない。
だが、じわじわと嬲るように人類を弄ぶその悪辣さは明らかに意識的なものであり、それが気に食わないとばかりに内藤は舌打ちと共に悪態をつく。
戦場で死んでいく人間に、原因を求めるのは不毛ではあるが必要なことだ。
本人のミスが死を招くこともある。
無謀な命令がそうすることもまた然りだ。
それらを解明することで「次」への犠牲を少しでも減らすことは、軍人の責務であるといえるからだ。
だが、何よりも恐るべきは、どれだけ身構えていたとしても、突如として運命の女神様にその手を離され、見放されることだった。
こればかりは、熟練の兵士であろうが初陣を迎えたばかりの士官学校上がりであろうが、どうしようもない。
覚悟と共に内藤が己の末期に目を瞑ろうとした、その時だった。
「……さ、させません……っ! メタモルブースト!」
弱々しくも凛と芯が通った声が戦場に響くと同時に、球形の魔力によるフィールドが──味方を癒す「薬」と敵を殺す「毒」の性質を併せ持つ絵理の魔法が、無数の敵星体を蝕み、殺す。
第一世代魔法少女。たった一人で戦局を覆すことができる、戦略兵器にも匹敵する存在。
「すまねえ! 助かったぜ!」
「……い、いえ……っ、これが、わたしの……わたしたちの、任務、ですから……っ!」
いつかと同じように、そんな存在に助けられて命を拾った内藤は、運命の女神様の気紛れに中指を立てつつ、絵理へと感謝の言葉を送った。
「そういうこと! こっからは出し惜しみなしで飛ばしていくかんね!」
絵理が仕留め損ねた個体をリボルバーカノンで屠りながら、戦場へと合流した美柑が不敵に笑う。
秘めた義憤を大義に変えて、魔法少女たちは戦場に降り立った。
勝利の女神はここにあり、とばかりに、暁を呼ぶのは自分たちだとばかりに、絵理と美柑は、その力を存分に敵星体へと振るうのだった。