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79.魔法少女と一つの勝利

 北米管区が相手を請け負っていたタイプ・ホールケーキの侵攻は食い止められつつあった。

 それは眷属であるタイプ・キャンディやタイプ・クッキーに対して、人類が魔法少女に限らず有効打を与えられるだけの兵器を有しているというのもあれば、単純に運が良かった、というのもある。

 海を裂いて渡ろうとする、樹海の化身とでも呼ぶべき竜もどきの魔力は、開けた太平洋上では効果を発現せず、ただその質量のみを武器とする以外の手段が取れなかった、ということだ。

 そして、樹木を全身に纏っている都合、連邦防衛軍側が有する兵器に対して、そしてアリスに対して「燃えやすい」という点で極めて相性が悪いこともまた、タイプ・ホールケーキにとっての不幸だといえた。


「はっ、地上じゃ負け知らずなんだろうけどなぁ、海に出た時点でてめぇの負けなんだよ!」


 タイプ・ホールケーキの特性は概ね見た目に依拠しており、この個体も地上においては恐らく、魔力によって植物を操るなどという搦手を取ることもできたのだろう。

 だが、あくまで超巨大敵星体は魔力を取り込んでいるだけで、魔法の行使が可能なわけではない。

 竜もどきの、大質量によるシンプルなパワーファイトによって、そしてその眷属たちによって大量の犠牲を積み重ねながらも、北米管区が派遣した艦隊は諦めることなく、着実にタイプ・ホールケーキを追い込んでいた。

 アリスが「付与」の特性を用いて炎を纏わせた魔力の弾丸が、竜もどきの背中を燃やし、鱗の代わりに全身を覆う樹木を撃ち貫く。


『Ooooooooo……!』

「的がデカけりゃなあ、撃ちやすいってことなんだよ!」


 苦悶の声を上げる竜もどきを挑発し、アリスはこっちに来いと、不敵に笑う。

 取り巻きである眷属たちは他の魔法少女や主力級航宙戦艦の主砲で、概ねなんとかなる範囲だろう。

 ブレスを持つ飛竜級は厄介であるものの、三人一組で運用されるトライアングル・ユニットが注意を引いている間に、艦砲射撃や第二世代魔法少女による魔法星装を用いた攻撃によって、十分対処ができるのには変わりない。

 とはいえ、旗色がいいとは言い切れないのが現状であることは、アリスもまた理解している。

 九隻いた主力級航宙戦艦は好き勝手に暴れ狂う竜もどきの腕に叩き潰され、その数を三分の一にまで減らしていて、頼みの綱である第二世代魔法少女もまた、アリスを除いて、残っているのは四人といったところだった。

 いわゆる「早生まれ」、「赫星一号」が撃ち落とされた瞬間に魔法少女へと覚醒したアリスと、戦間期に生まれた魔法少女たちでは、同じ第二世代でも実力に大きな隔たりがある。

 それというのも「ラボラトリィ」の調査によれば、破片と化した「赫星一号」が地球のリソースを吸い取り、削り取っていた結果らしいが、アリスたちからすれば迷惑もいいところだ。


「マリー、そっちはどうなってる!?」

「大丈夫よ、なんとか持ち堪えられてるわ、アリス!」

「へっ、上等だ!」


 マリーと呼ばれた魔法少女は、己の得物たる魔法星装であるガトリングガンを斉射しながら、未だに空へとひしめくタイプ・キャンディを、タイプ・クッキーを、変異体を撃ち落としていく。

 魔法星装が生まれる仕組みは、「星の悲鳴」を受け取った少女たちが魔法少女へと変じるプロセスと同様にまだ解明されているわけではないが、傾向として、北米管区に所属する魔法少女たちは銃火器が与えられる傾向が強い。

 そのため、こと多数対多数の戦いにおいては右に出るものはそういない──そう評されるのが、北米管区の魔法少女たちだった。


「来るわ、気をつけて!」


 トライアングル・ユニットを構成し、守りを引き受けている魔法少女が、呪術回路の組み込まれた大楯を構えて、飛竜級が射出した「爪」を防ぐ。

 その隙をついて、彼女の背後に隠れていたマリーが、ガトリングガンを飛竜級へと向けてトリガーを引き絞った。


「これで、倒れろおおおおっ!」


 アリスには及ばなくとも、自分にも魔法少女としての自負と誇りがある。

 マリーの魂はメタモルブーストにより、星の炉へと焼べられて、いつ自分に与えられた「猶予」が尽き果てるかわかったものではない。

 しかしそれは、この戦場に立つ全ての魔法少女たちにとっても同じことだった。

 トライアングル・ユニットを構成する第三世代魔法少女が、なけなしの魔力を増幅するためにメタモルブーストの解号を口々に唱えていく。

 迂遠な自殺、緩慢な死を代償として魂は燃え上がる。

 その結果として肉体に宿る魔力は補強され、魔法少女たちはより深く、敵へと突き立てられる牙と化す。

 一人ではタイプ・クッキーを相手するので手一杯な第三世代魔法少女が、難なくその首を撥ね飛ばし、胴体を撃ち貫く。

 例えその先にあるものが死であると理解していても、第三世代のメタモルブーストなど焼け石に水だとしても、彼女たちはその行軍を止めることはない。

 死ぬのが怖いのは当たり前のことだ。

 誰もが、あのアリスですらも内心にはそんな脆さを抱えて戦っている。

 何かのため、誰かのため。

 偽善と人が嘲笑っても、無駄な足掻きだと諦観に暮れても、ひとえにアリスたちが足を止めないのは、その「誰か」のために尽きる。

 国のために、連邦のために死ぬのではない。

 マリーは敵星体に囲まれながらも、魔力が続く限り無限に弾丸を吐き出し続けるそれのトリガーを引きながら、きつく歯を食いしばる。

 例え敬虔な信徒でなかったとしても、魔法少女に選ばれた時点で自分の運命は決まったようなものなのだ。

 ならば、この命を誰かのために、故郷で待つ家族のために、あるいは顔も知らない隣人のために使うことに、なんの問題があるのか。

 マリーは半ば捨て鉢のようになりながらも、自分に強くそう言い聞かせて、群がる敵星体を屠っていく。


「三番艦、撃沈!」

「うろたえるな! 攻撃を続ける限り希望はある! あの超巨大敵星体と刺し違えてでも我々はここで奴らを食い止めるのだ!」


 艦隊の方も、規格外の巨体を持つ竜もどきの腕が振り下ろされたことで三番艦を失って、残りは二隻といったところまで追い込まれていた。

 しかし、諦めるなと、うろたえるなと、撃沈された「アイオワ」に代わって旗艦を務める「コロラド」の艦長を務める壮年の男が叫ぶ。

 死なない限り、希望は残されている。

 生きている限り、人は絶望に抗うことができる。

 その一瞬、一秒──この地球にとっては瞬きをするのにも満たない刹那の間にこそ人の矜持は輝きを放ち、気高く燃え上がるのだ。


『Ooooooooo……』


 タイプ・ホールケーキの中でも取り分け巨大なこの個体は大量の艦砲射撃と、メタモルブーストを発動したアリスによる弾幕砲火をその身に受け続け、尚も崩れ落ちる気配を見せない。

 しかし、全身を燃やされ、炎に苛まれ続けて尚、敵が平然としているとは考え難いことであり、そこにこそ勝機があると、アリスはそう踏んでいた。


「あたしはここで終わってもいい──あたし自身がてめぇの命の使い道を決めたんだからな、そこに後悔はねえ! だから、受け取りやがれエイリアン!」


 トライアングル・ユニットを構成する第三世代魔法少女たちが一人一人と脱落していっても、身体の一部を食いちぎられながらも最期まで抵抗を続けた果てに友人がその命を落としても、魔法少女アリスは止まらない。

 メタモルブーストによって増幅された魔力を全て「炎」の付与に回し、魔法星装である二挺のアサルトライフル、その銃身が焼けつくまで、絶え間なく魔弾を叩き込む。

 竜もどきがめちゃくちゃに振り回す手が二番艦を叩き落とす。

 残った魔法少女を物言わぬ肉塊へと貶めて、海面へと腕の質量とともに叩き落とす。

 最後の最後まで抵抗をやめないのは、敵星体も同じだった。

 ──だが。


『Ooooooooo……oooooo……』


 低い唸り声を上げて、タイプ・ホールケーキのその巨体はとうとう燃え盛る炎にその核を焼き尽くされたのか、海中へと没していく。

 振り返ってみれば、この戦場に残された生存者はアリスと「コロラド」の乗組員だけしか存在していない。

 残存した取り巻きを掃討しながら、アリスは一足先に自由の身になった魔法少女たちへ、兵士たちへと哀悼を捧げる。


「……いい奴から死んじまうんだよな、なあ」


 ぽつりと呟いた言葉が、戦場の摂理であるとは思いたくないものだ。

 しかし、どうしてかいい奴から先に死ぬというのは戦場における相場のようなもので、生き残ったアリスは、自分自身をそこまで上等な人間だと定義していない。

 名前を呼ぼうとして、喉元に押し留めた彼女は、認めたくはないが戦友として肩を並べたあの銀髪の美しい少女は、生きているのだろうか。

 アリスは「コロラド」と共に敵星体の全てを殲滅すると、心の内で静かにそう呟くのだった。

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