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76.「魔法少女クラウディア」

「艦長、クラウディア・ゼッケンドルフがメタモルバーンを使いました!」

「うむ……しかし、この状況では致し方あるまい」


 北欧管区の総旗艦を務めている主力級航宙戦艦、「ビスマルク」の艦長席に座る男は、狂気の炎に身を焦がすクラウディアの選択を、事実上の自殺にも等しい行為を、見送ることしかできなかった。

 元々の想定が総力戦である以上、脱落する魔法少女が現れることは想定の範囲内であり、それを良しとするかどうかはともかくとしても、誰一人犠牲にしない勝利などあり得ない、というのが北欧管区の総意だというところもある。

 メタモルバーンによって魔力量を強制的に引き上げたクラウディアの力は、魂が燃え尽きるその時までは、という前置きがつくものの、第一世代魔法少女のメタモルブーストに勝るとも劣らない。

 できることならば、タキオン粒子砲を使用せずに勝利したいというのは連邦全体としての本音であり、そのために魔法少女を犠牲とするような形に心が痛まないのかと問われれば、それを踏み倒すのが戦いだと答えざるを得ないのが現状だ。

 寒い時代だと、神なき新星暦の時代を憂いながら、「ビスマルク」の艦長は軍帽を目深にかぶり直す。


「紳士諸君、ワルキューレは挺身を見せてくれた! ならばそれに報いることこそが、我々の最大の目的である! それは違うか!」


 オープンチャンネルを開いて飛ばしたアジテーションの言葉が、かつて栄華を誇った花の都に寒々しく響く。

 しかし、雄々しく叫びを上げて恐怖を踏み倒し、クラウディアの「猶予」が尽きるまでの時間にあのタイプ・ホールケーキを倒せなければ、事実上、それは地球側の敗北になる。

 戦いに勝ちたくてこの場に馳せ参じた者など、ごく僅かだろう。

 多くの人間はまだ、この地獄の先にいつも通りの、普段と変わらない穏やかな生活が待っていると信じたいからこそ、地獄の一丁目に足を踏み入れたのだ。

 大義や正義のための礎となる、と虚飾を施したところで、そこに伴う犠牲をなかったことにはできず、また、流れ落ちた血を濯ぐことはできない。

 そんなことはわかっている。

 魔法少女も、兵士も、船乗りも、皆わかっていても尚、その甘美な嘘に自らの心を任せ、理性を彼方に押しのけて、恐れを知らぬ戦士のように振る舞おうとしているのだ。


「聞いたな、紳士諸君! クラウディア・ゼッケンドルフがあのタイプ・ホールケーキに到達するのを俺たちは支援すればいい! 取り巻きは艦砲射撃と魔法少女に任せておけ! 一秒でもいいから時間を稼ぐんだ!」

「了解!」


 フライトユニットを装備した呪術甲冑隊が、「ビスマルク」から飛ばされた檄の言葉に触発されたかのように、風を、嵐を刃としてその身に纏う竜もどきへと突撃を敢行する。

 アサルトライフルの銃弾が例え纏う風の前に吹き飛ばされても、パイロンに懸架されたミサイルポッドから放ったミサイルが明後日の方向に飛んで行こうとも、とにかく敵の気を引き続けることだけに注力して、兵士たちはクラウディアが進むための道を切り開いていく。

 しかし、現実は非情であり無情なものだ。


『Kyokyokyo……Keeeehhhhh!!!』

「隊ちょ……うわああああッ!」

「オットー! クソッ、この竜もどきが!」


 一人、また一人と脱落していく兵士たちを見送りながら、一足先に自由になった彼らを悼みつつも、残された者たちは足を止めることをやめない。

 ここで止まれば、ここでやめれば、全ての犠牲が無駄になる。

 これがもしも人間同士の戦争であったのならば、そんな馬鹿げた考えに至るより先に、妥結点を探して戦いに幕を引くことも、あるいはできたのかもしれない。

 だが、これは絶滅戦争であり生存競争なのだ。

 敵星体という理解不能にして対話不能な敵と戦って、勝利をその手に取らなければ、全ての命は区別なく鏖殺される。

 そのことを、誰よりもクラウディアは知っていた。

 慎ましく麦を育てて暮らしていた家族に、何か、殺されなければならないほどの落ち度があっただろうか。

 もちろん、人間である以上その人生に多かれ少なかれ瑕疵があることは確かだろう。

 罪を犯したことのない者などいない。

 罪人に石を投げつけられる穢れなき者など、この地上には存在しない。


「うふふ……うふふふふ……!」


 クラウディアは過剰摂取した薬物と、そして己が燃やす復讐の狂気に身を浸すことで、魂が、そこに付随する肉体が少しずつ剥がれ落ちていく苦しみを和らげていた。

 呪術甲冑隊が隙を作ってくれたことで、懐に飛び込んだクラウディアは、タイプ・ホールケーキの横っ腹に全力でその巨大な戦鎚を叩きつける。


『Gyooooooo!?』

「ゴミが……! ゴミらしく、うふふ……塵に還れ……! うふふふふ……!」


 そこに穿たれたものは、さながら隕石が局所的に直撃したような大穴だった。

 敵星体の障壁を貫通して、クラウディアが文字通り、魂の最後の一欠片まで燃やし尽くして繰り出される必殺の一撃が、それまでは余裕を保ち、人類を嬲るかのような態度を取っていた超巨大敵星体を揺らがせる。

 そうだ。罪なき者など、穢れなき者など、この世界には存在していない。

 だから家族は殺されたのだと認めることは、クラウディアにとっては屈辱であり、最大の侮辱であることもわかっている。

 しかし、理不尽に家族を奪われた、ただ理由もなく殺されたと考える方が、より残酷であると理解しているからこそ、クラウディアもまた、素朴な村娘から、罪深き戦乙女へとその身をやつすことを決めたのだ。

 とっくに、戦う理由は破綻している。

 罪があるから家族を殺されたのだと思いこみながら、罪なき家族を殺した敵を憎いと思う背反する感情。

 そして人類が繰り返す愚かさに自らも加担して、多くの犠牲を、モルモットとして使い捨てられる魔法少女を間近で見ていながらも、無感動に自らが「成果物」となることに執心していたことも含めて、全てが全て、クラウディアは破綻しているといっていい。

 だが、狂っていなければ、壊れていなければ、戦いの現実に、突然仕掛けられた生存競争という理不尽に、抗うことさえできはしない。

 それが、クラウディア・ゼッケンドルフという一人の素朴な少女がひた隠しにする、小さく脆い、心の弱さだった。


「そう……殺さなきゃ、殺して、殺して、殺し尽くさなきゃ、あの子は、皆は……全部の犠牲は、無駄になっちゃうんですからねぇ……っ!」


 無駄になどさせはしない。

 愛する弟の、家族の死を意味のないものにさせないためにもクラウディアは今もごうごうと唸りを上げて動き続けている地獄の機械に、運命にその身を委ねることを決めたのだ。

 その結果として得られた禁忌の力は、きっと全てこの時のためだけにあった。

 戦鎚を振るう度に、タイプ・ホールケーキの骨格が歪み、激昂する敵が放った嵐の刃をその身で受け止めながらも、片目を潰されながらも、クラウディアは止まることなく戦鎚を振るう。

 ここで自分は死ぬのだと、そんなことはもうわかっている。

 メタモルバーンの解号を唱えた時点で、死は約束されたものだ。

 航宙艦の主砲による援護射撃が、クラウディアの穿った傷跡を拡げ、のたうち回るタイプ・ホールケーキは見に纏う嵐を操って、北欧管区の艦隊を撃沈させる。


「『プリンツ・オイゲン』轟沈! 『シャルンホルスト』撃沈!」

「怯むな! 奴をここから先に行かせないためだ、なんとしても、クラウディア・ゼッケンドルフの挺身に応えるのだ!」


 累積する傷を厭わずノーガードでの殴り合いを続けていたことで、メタモルバーンによって補強されていても、クラウディアの肉体はもはや悲鳴を上げ、限界を迎えようとしていた。

 タイプ・ホールケーキはそれでもまだ健在だ。腹を抉られ、片目を叩き潰されて尚、しぶとく生き続けている。


「殺さなきゃ……殺して、殺して、殺す殺す殺す殺す」


 朦朧としたクラウディアの意識が、まともな言葉を紡ぐことはない。

 しかし、薬物と魔力によって強化された肉体は思考を支配する殺意に導かれたかのように飛び上がり、戦鎚をタイプ・ホールケーキの頭へと叩きつける。


『GyoooooooEeeeeehhhhhh……』

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 魂を燃やした戦乙女の一撃は、ぐちゃり、と何かを潰したような濁った音を立てて、タイプ・ホールケーキの頭を叩き潰す。

 変異した敵星体に弱点があるとするのならば、それは生物を参考にしたことだといえるだろう。


『Ahhhhhhhh!!!』

「いかん、総員退避、反転百八十度──!」



 脳にあたるコアを砕かれたタイプ・ホールケーキは最後の足掻きだとばかりに爆発的な嵐を巻き起こし、兵士や魔法少女、船乗りの区別なくその命を道連れにしながら沈黙する。

 クラウディアは、もはや指先一つすら動かせないほどに疲弊していた。

 骨が皮膚を突き破り、巻き起こされた嵐に片足や右腕をもぎ取られ、地に伏すその姿は見るに堪えないほど無惨なものだ。

 しかし、彼女は勝利を、栄光をその手に収めていた。


「パパ……ママ……アルベルト……」


 安らぎと温もりを求めるかのように、冷たい虚空へと、クラウディアは最後の力を振り絞って左の手を伸ばす。

 雲の隙間から差し込む天使の梯子を登るかのように、灰になっていくクラウディアの肉体は、天へと立ち上りゼロに還る。


「ああ……聞こえる……やっと、私も……そっちに……」


 そこに偽りであるとはいえ、温もりを感じられたことは、幸せであったのだろうか。

 その答えはわからない。

 言葉を紡ぐ者は、もうこの地上にいないのだから。

 静寂と沈黙が、花束のように戦乙女たちの死へと捧げられる。

 ただそれだけが。それだけが、誰一人として帰ることのなかった戦場に残された唯一のものにして、人類の奮戦、その証明だった。

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