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75.魔法少女、戦火に立つ

「タイプ・ホールケーキの侵攻状況はどうなっている?」

「はっ、現在『アイオワ』を撃墜した個体及び、中東防衛線を突破した個体が東京へと接近しています」


 諏訪部の質問に、観測手が間髪を入れずにそう答える。

 彼が答えた通り、既に北米管区を飛び出した炎を操る個体と、現時点では中東管区が艦隊戦でもって食い止めているものの、その防衛ラインを引き裂き、瓦解させる、水を操る個体が突出し、東京に向かっているという状況は、控えめにいっても良くないものだ。

 これでも、他の管区が持ち堪えてくれているおかげだというのは理解しているが、諏訪部の脳裏には、地上でタキオン粒子砲の使用を余儀なくされる最悪のシナリオがよぎっていた。

 二体のタイプ・ホールケーキを同時に相手取ることになるだろうという戦術シミュレータの予測は、間違っていなかったということだ。

 指示棒を握り締めながら掌を叩き、諏訪部は既に出撃準備を済ませたマジカル・ユニットや魔法少女隊、フライトユニット装備の呪術甲冑隊が戦域となる区域まで飛び立ったのを確認し、唇を固く引き結ぶ。


「……この戦い、どう転びますかねえ」

「勝つ他にあるまいよ、そうでなければこちらが滅ぶ」

「劇的な滅びはやってこない、なんて昔の小説では言われてましたけど」

「事実は小説より、ということだ、宮路少佐」


 最悪のシナリオすらも破綻したら、この星からおよそ人類と名乗る生命体は完全に駆逐されることになるとは、諏訪部も真宵も理解している。

 誰がいったかは知らないが、人類の滅びは劇的な断末魔を上げるのではなく徐々に痩せ細って衰えていくものだという言葉があるらしい。

 しかし、事実として厄災の日は訪れて、破壊の使者は滅びを定めたかのように人類を蹂躙しようとしているのだから、当てになるものではなかった。

 タイプ・ホールケーキが星のリソースを吸い上げて擬態したのは、人類がおよそ思い描く中でも最強の幻想種であるドラゴンだ。

 これほど滅びに瀕した人類の背中をその淵へと蹴落とすのに相応しい存在はないだろうと、そうとでも主張しているのだろうか。

 対話が成り立たない以上、それは知りようもないものの、諏訪部だけでなく、軍人たちのほとんどが、振りかざされた理不尽に対して怒りを覚えるのも無理はない。

 オケアノス級戦艦三隻に、主力級航宙戦艦が三十隻。

 魔法少女以外の戦力として考えられる中でもっとも大きな単位である戦艦で換算しても、極東管区に配備された戦力と、他管区の間では、比較にもならないほどの格差が生じているのも事実だ。

 しかし、これだけの大艦隊をもってしても第二次赫星戦役と呼んで差し支えないこの戦いに勝利できるかどうかは、厳しいものだった。

 そういった予測を戦術シミュレータが弾き出している辺り、茨の道を進み、時には自分から危険に飛び込まねば、奴らに対しての勝利を得ることなど不可能だということもまた、事実だ。

 これからが地獄だ、と諏訪部は身構えたもの、既にここは地獄の一丁目と化しているのだから、あとはどちらの精魂が尽き果てるかにかかっている。

 奴らを滅ぼすのが先か、奴らに滅ぼされるのが先か。

 久しく忘れかけていた生命を鉄火場に引き摺り出された感覚を抱きながら、諏訪部は真宵と共に、出撃した魔法少女たちと兵士たちの行方を注視するのだった。




◇◆◇




 かつては花の都と呼ばれたパリも、生存圏を確立できなかった人類の末路を示すかのように、敵星体で溢れかえっている。

 エッフェル塔をその巨大な鉤爪で鷲掴みにした、風を操る凶鳥──のような面構えをしながらも、その全身を強固な鱗に包んだ幻想種、ドラゴンの形を取ったタイプ・ホールケーキは、北欧管区の差し向けた戦力に向けて威嚇とも取れる咆哮を上げた。


「あらあら〜、ゴミが一丁前に吠えていますねぇ、そんなに死に急ぎたいのですか〜?」


 誰もが本能的な恐怖に神経を凍らせ、背筋を震わせる中で、地球連邦防衛軍、その艦隊の先頭に立つ第二世代魔法少女だけは、子供の戯言を聞いたかのように、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。

 クラウディア・ゼッケンドルフ。

 北欧管区の中では最強と称えられる、狂気の炎に身を焦がすインファイターは、はちきれんばかりの筋肉をパンプアップさせて、鎌鼬が叩きつけられるのも厭わず、タイプ・ホールケーキへと吶喊していく。


「さあさあ、皆さんも腑抜けていないでゴミを減らしてくださいね〜? あのデカブツは、私が殺しますからぁ」


 蜂蜜を溶かしたミルクのように甘く、母性を求める心をくすぐる声音をしていながらも、クラウディアの口から飛び出てくる一言一句は全て、敵星体に対する憎悪で溢れかえっている。

 その理由を知るものは北欧管区でもごく僅かだったが、理由を知る者はすべからく、その狂気とも取れるほどの殺意に納得を抱き、同情を寄せていた。

 クラウディアの叱咤を受けた艦隊が、呪術甲冑隊が、魔法少女たちが、各々の手にする武装で、あのタイプ・ホールケーキを取り囲む有象無象の敵星体に攻撃を仕掛け出す。

 魔力のオーバーコートを受けた、一秒間に十数発という密度で放たれる陽電子衝撃砲塔の連射がタイプ・キャンディを、タイプ・クッキーやその変異体を穿つ。

 フライトユニットを装備した呪術甲冑隊による、高高度からの奇襲によって、飛竜級の変異体が地に叩き落とされる。

 ──そうだ、それでいい。

 クラウディアは己の肉体に特質である自己強化魔法をかけると、メタモルブーストの解号を叫びながら、タイプ・ホールケーキとの距離を、襲いくる風の刃を躱しながら確実に詰めてゆく。

 元々、クラウディアはしがない村娘に過ぎなかった。

 農村で生まれ育ち、都会への憧れを密かに胸へと抱きながら、平々凡々と日々を過ごす夢見る少女。


「破ぁああああッ!」


 それが何故、敵への憎しみに身を捧げ、筋骨隆々とした戦乙女に変貌したのかと問われれば、その答えはどこにでもありふれたものと、そうでないものの二つに分けられる。

 一つは、クラウディア自身の動機。

 敵星体に家族を皆殺しにされた。

 愛する父を、母を、祖父母を、弟を無惨な姿に変えられた憎しみと悲しみという激情は、彼女を一つの「計画」へと導くことになる。

 ──プロジェクト・ワルキューレ。

 それがもう一つの理由にして、北欧管区がひた隠しにしている、実験だった。

 第二世代魔法少女は、いかに「早生まれ」であろうとも、そこには第一世代魔法少女と決定的な線引きが存在している。

 実力と保有する魔力量の違い。そこに目をつけた北欧管区は、「早生まれ」の第二世代魔法少女にスポットライトを当てて、その能力を何とか第一世代に匹敵するほどに高められないかと苦悩したのだ。

 その結果こそがクラウディアであり、唯一の「成功例」であることは、彼女以外の魔法少女が敵への恐れを抱いていることがなによりも雄弁に物語っている。

 薬物による肉体強化と、後天的な催眠、暗示によって敵への憎しみを肥大化させる。

 そうして死をも恐れぬ最強の戦乙女を人の手で作り上げようとした傲慢は、当然のように多くの魔法少女の脳神経を焼き切り、副作用で廃人へと追い込む形に収束した。

 ただ一人、クラウディア・ゼッケンドルフを除いては。

 故に、クラウディアの存在は、北欧管区が誇る唯一の成果にして、同時にひた隠しにしたい汚点でもあったのだ。

 轡を並べる戦友から化け物を見るような目で見られようと、軍人たちが顔を青ざめせようと、クラウディアにとっては敵星体への復讐こそが全てだったからこそ、穏やかに微笑んでいられたのだ。

 ナメるな、とばかりに放たれる飄風の刃に全身を切り刻まれながらも、致命に至らない限り、クラウディアは止まらない。

 しかし、メタモルブーストによる自己強化の増幅をもってしても、タイプ・ホールケーキに単騎で対抗するには至らない。


「くっ……ゴミ風情が、やってくれますねぇ……!」

『Kyokyokyo……!』


 巨大な戦鎚を構えるクラウディアは、エッフェル塔を鷲掴みにしながら哄笑を上げる超巨大敵星体を見据えて、口元に滲んだ血を拭い取る。


「……これで戦いが終わるなら、ここで戦いが終わるなら……! うふふ、メタモル……バーン!!!」


 そうして、鋼鉄の戦乙女は決意した。

 己の魂を星の炉に焼べてでも、その全てを捧げてでも地球を汚すこのゴミを、殺さなければならないと。

 禁じられた解号を唱えたクラウディアの魔力は天を裂いて溢れ出し、パンプアップした肉体は更に筋骨隆々とした逞しいものへと変わっていく。

 戦いは、始まったばかりだ。

 そう告げるかのように、跳躍したクラウディアは放たれた風の刃を、己の戦鎚で叩き潰すのだった。

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