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74.魔法少女と厄災の日

 馬鹿じゃないのか、というのが、戦時体制へと移行したことで全ての戦力が投入されることを決定づけたこの事態に対しての、アナスタシアの感想だった。

 サンクトペテルブルクにあったダンジョンが崩壊したことによって現れたタイプ・ホールケーキはゆっくりと、東京を目指して侵攻しているらしいが、その進路上にはモスクワが、人類の生存圏が含まれている。

 ダンジョンアタックに赴いていた部隊はいなかったため、被害は軽微であったものの、それでも自分たちが出遅れたという事実に変わりはない。

 主力級航宙戦艦十隻と、全ての魔法少女隊と極東管区から支給された呪術甲冑隊の全てを投入しても、あの氷の鱗を纏う竜にも似たタイプ・ホールケーキに勝てるかどうかは微妙なところである、というのがアナスタシアの見立てだ。

 超巨大敵星体だけでも厄介だというのに、おまけについてくる敵星体の数もおびただしいという次元ではなく、場合によってはタキオン粒子砲の使用さえ許可されているということが、この事態の異常さを雄弁に物語っている。


「ナスターシア、あれって……」

「ええ、アデリーナ。私が沖縄で戦った個体とは随分違うけど……同じものよ」


 アデリーナと呼ばれた金髪の第二世代魔法少女は、アナスタシアが氷の槍で指し示した敵の群れ、その中心で羽ばたく巨大な竜──タイプ・ホールケーキの威容に戦慄した。

 無理だ。勝てるわけがない。

 そんな、弱気な言葉が脳裏に浮かぶのも、無理もない話だった。

 第二世代最強と呼ばれているアナスタシアならまだしも、アデリーナたちのような第二世代魔法少女では、メタモルブーストを起動しない限り、その取り巻きを倒せるかどうかも微妙なところだ。

 今のところ、主力級航宙戦艦が秒間十数発という連写速度を誇る艦砲射撃や、呪術回路を組み込んだミサイルによる飽和爆撃を行うことで、タイプ・キャンディやタイプ・クッキーとその変異体といった小物は駆逐されつつあるものの、それでもまだ、空を埋め尽くさんばかりに敵星体はひしめいている。

 主よ、と、アデリーナが思わず祈りを捧げるほどに戦況は絶望的であり、他の魔法少女たちも同様だった。


「もう終わりよ! あたしたちはここで死ねって、そういうことなのよ!」

「落ち着いて、アンナ!」


 自分たちはここで死ねと、そう言われているのだと錯乱する魔法少女も出始めている。

 無理もないことだとは、アナスタシアもそう思う。

 沖縄に出現したタイプ・ホールケーキは、各管区における最強の魔法少女が集められたことによってようやく討伐に至ったものだ。

 それを自分一人で、しかも相克するような「氷」を身に纏う超巨大敵星体を倒せというのはあまりにも横暴だ。

 しかし、ここで敵の蛮行を放置していたのであれば、東京どころか、モスクワに住む市民たちが犠牲になる。

 姉が、母が、父が敵星体に殺された時の怒りを、アナスタシアは静かに思い返す。

 そうして、沸々と滾ってくる血の蠕動に、怒りの目覚めに身を任せて、敵を殺せと、仇を討てと、義憤の名の下に正当化された殺意に身を任せる。


「……メタモルブースト!」


 自分の魂にどれだけの「猶予」が残されているのか、アナスタシアにはわからない。

 だが、敵も全てのダンジョンを放棄しての総力戦を挑んできたというのなら、ここで全てを使い果たしたとしても、悔いが残ることはないはずだ。

 自分のことを哀れんでくれる家族は既に天国の門を叩いて旅立った。自分のことを悲しんでくれる友人たちもまた、死地に駆り出されて明日をも知れない身となっている。

 それは自分も変わらない。

 ならば、アナスタシアにとって、ここで死ぬことに躊躇いはなかった。

 人類が最も恐れる幻想種であるドラゴンの姿をとった超巨大敵星体が纏う冷気をかき消すかのように、絶対零度の魔力をその身に宿したモスクワ管区最強の魔法少女は、通りすがるだけで有象無象の敵星体を凍らせ、砕きながら前進する。

 そこに後退の二文字はない。そこに後悔の二文字もない。

 文字通りに己の全てを使い切ることに、アナスタシアは躊躇いを持たず、ただ一人、果敢に絶望へと挑みかかるのだった。




◇◆◇




「ははっ……イカれてやがるぜ、こいつはよ!」


 同時刻、南米から侵攻してきたタイプ・ホールケーキの迎撃に当たるために全ての部隊を駆り出された北米管区の面々の中で、アリスはその先陣に立ちながら引きつった笑いを浮かべていた。

 先行偵察を行ったことで「アイオワ」を失い、北米管区が有する主力級航宙戦艦は九隻と、モスクワ管区に比べて一隻少なくなっているものの、それをカバーするかのように、メタモルブーストを起動したアリスが「爆破」を付与した弾丸をばら撒いて、敵星体を撃滅していく。

 有象無象を殲滅する中でアリスの瞳に映し出されたそれは最早、移動する樹海とでも呼ぶべきものだった。

 タイプ・ホールケーキがドラゴンの形態をとっていることには変わりないが、南米管区の守りを突破して東京へと赴こうとしているその個体は、超巨大、という言葉すら生ぬるいほどに大きく、全身にびっしりと苔や樹木を生やした形態は、異様の一言に尽きる。

 だが、植物を操るという特性を持ち合わせているのならば、それは文明の象徴である「火」と食い合わせが悪い。

 不幸中の幸いというやつだろう。

 アリスは天の廻りに感謝を捧げつつ、アサルトライフルのトリガーを恍惚と共に引き続けていた。


『Ooooooooo……』


 その前に質量で全てを押し潰さんと、タイプ・ホールケーキが掲げた巨大な掌が、周囲を回遊する敵星体を巻き込むことを厭わず、大雑把に振り下ろされる。

 その巨大な腕は、魔法少女を、そして背部のジョイントに先日完成したばかりのフライトユニットを装備している呪術甲冑を、容赦なく打ち据えて海面へと叩きつけ、肉塊も残さず血霞へと変えていく。


「この野郎が……人様の星で、好き勝手やってんじゃねえぞ! 行くぞ野郎共、タマがあるならガッツを見せろ!」

「イエス・マム!」


 質量というのは、それだけで大きな武器になる。そこにスピードが乗ったとなれば尚更だろう。

 しかし、アリスは、彼女に率いられた海兵隊は死をも厭わぬかのようにその巨大な暴力を意のままに叩きつける超巨大敵星体へと、ミサイルや銃弾の雨霰をお見舞いしていた。

 死ぬことが怖いか怖くないかでいえば、当然怖いに決まっている。

 アリスは己のろくでもない半生を振り返り、己の中に滾る闘志と、己の中で震える強がりを綯い交ぜにして獰猛に微笑む。

 地下都市の中でもスラムのような街区に押し込められ、それ以前もスラム同然の場所で暮らしていたアリスにとって暴力は日常茶飯事で、生きることは常に死と隣り合わせだった。

 そんな自分が「星の悲鳴」を聞いて魔法少女に選ばれただけで、特権階級に成り上がったことを恨んだ街区の住人たちは両親を惨殺するという暴挙に出たことを、アリスは今でも覚えている。


「別になぁ、あたしは人類のことなんてどうでもいいんだよ……でもなあッ!」


 人類は愚かで、救いようがない。

 そのペシミズムがアリスの中から消えることは、未来永劫、あり得ないだろう。

 だが、だからこそ──ろくでなしとクソッタレが跋扈している世の中だからこそ、自分の命をそう簡単に誰かに握られてたまるかという意地が、魔法少女としてアリスを突き動かしていたのだ。

 これが神様とやらが定めたアポカリプスであるとしても、黙示録に示された破滅の日であろうとも関係ない。


「あたしは、あたし以外であたしの命を思い通りにしようとする奴をぶっ殺す! それだけだ!」


 咆哮するアリスは弾丸に「炎」の属性を付与することで、タイプ・ホールケーキの全身を覆う樹海を燃やし尽くそうと引き金を引く。

 彼女の意志に応えるかのように、麾下の呪術甲冑隊もまた、背部のフライトユニットに懸架されたミサイルポッドから、弾の一発たりとも惜しむことなく全てを吐き出して、蠢く大樹海を燃やし尽くそうと試みていた。

 その闘志に触発された魔法少女隊が、そして主力級航宙戦艦の隊列が、有象無象の敵星体を鶴瓶撃ちに叩きのめしながら、タイプ・ホールケーキを照準に収めて魔法を、主砲を撃ち放つ。

 そうだ。

 例えこれが定められた滅びであったとしても、神からの試練であったとしても、乗り越えられない試練を神はお与えにならないはずなのだ。

 気休めに過ぎない言葉で己を鼓舞しながらも、神なき新星暦の地球において、人類はまだ生き伸びようとしていた。

 摂理として、本能として。

 襲いくる破滅に抗おうと、人類は戦いを続けるのだった。

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