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73.魔法少女と隠された秘密

「ええい、状況はどうなっている!」

「はっ! 超巨大敵星体反応が六つ、数え切れないほどの敵星体反応を伴って、東京を目指している模様です!」

「馬鹿な……何故このようなことが……」


 軍務局長は、北米管区から寄せられた情報と衛星による画像を照合、更にはレーダーが捉えた情報が一致したことを受けて、膝から崩れ落ちんばかりの絶望に青ざめる。

 先日、沖縄で確認された超巨大敵星体──タイプ・ホールケーキの発生を未然に食い止めようと、管区を跨いでの大規模作戦を検討していた最中の奇襲だ。

 彼が青ざめるのも無理はないと、その傍らでマジカル・ユニットや魔法少女たちに招集をかけていた諏訪部もまた、軍務局長が動揺する姿を見たことで、かえって冷静になることができていた。

 それでも、気を抜けば、身構えていなければ頽れてしまいそうなほどの絶望が喉元に突きつけられている事実に変わりはない。


「六体のタイプ・ホールケーキは本当に極東管区を目指して侵攻しているんだな?」

「間違いありません、現在進路上にある管区の部隊が迎撃に当たっていますが……」

「期待はできん、か……奴ら、一体この東京の何に目をつけた?」


 諏訪部は懐から取り出した指示棒でぱしん、と掌を打ち据えながら、敵星体が脇目も振らずに東京を目指している状況を俯瞰する。

 スティアがビーコンになっているかもしれないという説は、「ラボラトリィ」の調査によって今のところ否定されている以上、原因は他のところにあると見るのが妥当だろう。

 極東管区は、いち早く魔力を一般的な人類でも運用できるように切り分けた装置──呪術回路の生産に乗り出したために、きな臭い噂というのは叩けば埃のように出てくるような場所だ。

 だが、それらのスキャンダルが立ち位置を危うくするのは政治家や急進派の軍人たちであって、敵星体がよもや、タイプ・ホールケーキなどという決戦兵器にも等しい存在を引き連れてやってくる理由にはならないだろう。


「考えられるとするなら、大呪術結界の存在……? いや、まさか……」


 諏訪部の隣に佇んでいた真宵も、どうやら同じことを考えていたのか、銀縁の眼鏡を指先で持ち上げながら、己の中に零れ落ちた仮説をぽつりと呟く。


「大呪術結界? 何がある……いや、何を感じた、宮路少佐?」


 東京に張り巡らされている呪術結界は、世界で一番早く実用化されたものでありながら、世界中におけるどの呪術結界よりも密度や出力が高いため、大呪術結界と呼ばれていることは、知識として諏訪部の頭の中にも入っている。

 そこにもあれこれきな臭い噂があって、諏訪部自身も優衣を通じて呪術回路の生産には加担していたものの、それ以上のことは知らない。

 隠し事をすれば容赦はしないとばかりに向けられた視線に、真宵は諦めたように肩を竦めて、軍務局長や司令長官といった主要な閣僚の間では公然の秘密となっているその事実を、そして敵星体が東京をめがけて押し寄せているかもしれない可能性を、この場での銃殺すら覚悟した上で舌先に乗せる。


「東京を守る大呪術結界……そこに使われてる呪術回路、あれって試作品なんですよ」

「それはおれも聞かされている、それと敵星体との間に何の繋がりがある?」

「……大呪術結界を支える呪術回路には、不活化した『赫星一号』の破片が含まれているんですよ」

「なんだと……?」


 名付けとは呪いであり、本来は魔法少女しか扱うことができない魔力を人類が扱えるようになったのは、起きている現象を切り分けて、再定義することで高次元から得られるエネルギーだと分節化したことによるものだ。

 その過程において、小日向結衣というバイパスを必要としていたことは諏訪部も知っての通りだったが、それだけでは東京を守りきるための呪術結界の起動に不安が残る、という「ラボラトリィ」の懸念がそこには残されていた。

 そこで真宵たちが目をつけたのが、東京を占拠していた「赫星一号」の破片だったのだ。

 結衣を通じて魔力を採取したときのように、徹底的な切り分けと再定義を行うことで、「赫星一号」の破片は、魔力を供給し続けるバイパスとして不活化されていたはずだった。

 だが、実態としてそれがもし異なっているのだとしたら、不活化されたのではなく、表面上そう見えるだけで今も「赫星一号」の破片が活動を続けていたのだとしたら。

 真宵が語る真実と秘密に、諏訪部はまたもや膝から崩れ落ちそうになったものの、歯を食いしばって踏みとどまる。


「その仮説が本当なら、おれたちは敵を抱き込み続けていたことになる……!」

「……不活化は完璧になされていたはずです! 立ち会った魔法少女からも、今の『赫星一号』の破片からは敵星体反応が検知されないという証言も得ています、ですが……」

「今になって、眠りから目覚めたとでもいうのか……?」


 諏訪部は苛立ち紛れに指示棒で自分の掌をぱしん、と打ち据えながら、モニターに投影されている各地からの映像や、衛星画像を一瞥して、小さくため息をついた。

 怪我の功名というべきか、不活化された「赫星一号」の破片が呪術回路に組み込まれたことで、東京を覆う呪術結界の強度は、第一世代魔法少女が纏う魔力障壁と同等以上のものを確保することに成功している。

 一発だけであれば、タイプ・ホールケーキによる攻撃を受けても耐えきることができるだろう、という試算も、リアルタイムで算出されて正面のモニターに映し出されていた。

 だが、六体のタイプ・ホールケーキが一堂に介して攻撃を行った場合、それに耐えうることはできないという予測も、同時に導き出されている。


「可能性の話はいい、各管区に緊急入電を入れろ! 最悪、オケアノス級のタキオン粒子砲を用いる可能性も伝えた上でな!」


 軍務局長は押し問答を続ける諏訪部と真宵を一喝すると、最悪の可能性を考慮した上で、各管区へと事態を通達するように命令する。

 一応は進路上にある管区が迎撃部隊を出しているものの、その規模で乗り切れるような事態ではない。

 連邦防衛軍の中でも総司令部を持つ極東管区は緊急出動命令を発動する権限を有しているために、できる芸当だった。

 それは即ち各管区最強の魔法少女と分配された主力級航宙戦艦、そして魔法少女隊、呪術甲冑隊の全てを投入した上での総力戦を行う構えであり、軍務局長の言葉に司令長官も同意し、頷いたことで、この場における戦力の集中投入は緊急事態条項として承認される。


「こうなればやむを得まい、緊急事態条項として、現在から各管区を戦時態勢に移行。地球における総力をもって敵星体を撃滅する」


 司令長官の言葉は、リアルタイムで開かれた回線を通じて各管区へと通達されていく。

 少なからず動揺はあったものの、現在起きている事態を鑑みれば仕方がないことだとばかりに、画面に映った管区の責任者たちは、慌てて総力戦の体制を整えるべく部下たちに指示を下していた。


「マジカル・ユニット、到着しました!」

「遅いぞ! 見ての通りの緊急事態だ!」

「申し訳ありません!」


 中庭から大慌てで走ってきた結衣たちは、絵理やアンジェリカ、美柑と合流して総司令部へと到着していたのだが、事態はどうやら深刻な方向に傾いていたらしい。

 これは落ち度だと諏訪部からの叱責を受け入れて、結衣は腰を折って頭を下げる。

 赤い字幕に総力戦体制の白文字が並ぶ、あの「赫星一号」が地球に最接近してきたとき以来の事態に、張り詰めた緊張が背筋を伝う。

 一度変身して「星の悲鳴」を辿ったものの、六体のタイプ・ホールケーキが全て東京を目指しているこの現状は、絶望的だといってもよかった。

 差し当たって、地球連邦政府にも働きかけが行われたことで総力戦体制への移行が行われたことはいいものの、各管区が持てる全戦力を投入しても、最低でも二体は、戦術シミュレータによって東京への到達が予想されている。


「期待できるのは北米管区、北欧管区、モスクワ管区、オセアニア管区か……」


 軍務局長の、常に強硬な姿勢を崩さない彼にしては弱気な呟きが、総司令部の中に漂う絶望的な空気をより深く澱ませていく。

 中東からの侵攻に際しての要衝となる北京管区は先日、大打撃を受けたことで機能不全に陥っている。

 従って、人類の生存圏が確立されていないアフリカからの侵攻と、その進路となる中東管区からの侵攻はどう足掻いても止めることができない、というのが戦術シミュレータによる試算だった。

 あまりにも、あまりにも絶望的な戦況に誰もが言葉を失って黙り込む。

 しかし、ここで立ち止まっていられないこともまた事実だ。


「戦況は聞いての通り絶望的だ……しかし、人類は生き延びなければならない! どんな手を使っても、石にかじりついてもだ! 諸君らの奮戦に期待する! マジカル・ユニット及び魔法少女隊は第一種戦闘配備! 敵星体の襲撃に備えていつでも出られるようにしておけ!」


 諏訪部は気合を入れるかのようにぱしん、と三度指示棒で己の掌を打ち据えながら、マジカル・ユニットへ、魔法少女隊へと命令を下すのだった。

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