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70.魔法少女と悪夢の胎動

 それらはずっと、待ち望んでいた。

 焦りに飲まれながらも、同胞たちが無為に消滅させられていくのを認めながらも、地の底でただ眠るように、この地球という星の特異性を、その歴史と進化を学習し、その瞬間を待ち続けていたのだ。

 今も、独自に構築されたネットワークから同胞たちが敵である魔法少女や人間の手で壊滅させられていくのを、それらは認めている。

 だが、全ては果たされなかった星罰を成就させるため。

 3年という時間で学んだこの星を無に還すため、それらはずっと、待ち続けていたのだ。

 復讐の時は来た。覚醒の時は来た。

 歓喜の声を上げるかのように、それらは世界を通して瞬く間に己の役割を伝え合い、長い目覚めを果たす。


「なんだ……!? 何が起きている!」

「ダンジョン全体が振動……これは! 地中から敵星体反応あり! それも極めて莫大なものです!」


 攻略難度の関係から、各管区の枠を越えての合同作戦に回されていた結晶塔──ダンジョンの所在を示す、「星遺物」の抜け殻が激しく揺らぎ、地上部分を偵察していた主力級航宙戦艦「アイオワ」のクルーたちは、かつて重慶で発生したケースの再来にざわめき立つ。

 今や、上層部が重い腰を上げたことによる連邦防衛軍の尽力によって、地球から「はぐれ」の敵星体はほとんどが駆逐され、ダンジョンもまた、管区間での合同攻略作戦を控えているもの以外はほとんどが攻略されていた。

 ダンジョンの深部に潜む「星遺物」も、「ラボラトリィ」による解析が終わったことで破壊されつくし、地球奪還の悲願を果たす日は近いと見る声も出始めていた矢先のことだ。

 その現象を観測していたのは、北米管区の「アイオワ」にとどまらず、同日に威力偵察を行っていた全ての航宙艦が、そして同時多発的にダンジョンが崩壊し、中から敵星体が出現したという情報を各地で観測していたのだ。

 今、ここで何が起きているのか。

 呆然と立ち尽くす「アイオワ」の艦長は、砲撃指示を下すのも忘れて、ただ「それ」が生まれるのを呆然と見届けていた。

 地の底で胎動し続け、生まれるのを待ち続けていたそれらは、観測していた「アイオワ」のクルーたちにとって、否、人間にとって、全くの理解を超えたものだったのだ。


『GuooooooAhhhhhh!!!』


 人は、見知らぬものへの恐れを神話や物語に込めて歴史の中に綴ってきた。

 それは病魔であり、自然の暴威であり、あるいは空想の中に根付く脅威を、何らかの架空の存在に擬えることで、現象を理解しようとしてきた歴史がある。

 人類は何を恐れてきたのか。

 極論をいってしまえばそれは、「未知」に尽きることだろう。

 科学の光が、文明の火がそれまでは理解の及ばなかった事象を照らし出し、暴き立てたことで、人類はいつしか、具体的な現象として自らに迫る危機を理解するようになった。

 その発展は、地球上から空想への恐れを根絶し、科学により暴き立てられた事象以外はオカルトの一言でまとめられるようになって時代は久しい。

 故にこそ、人類は空想上の存在に対する脅威を、その恐怖を忘れていたのだともいえる。

 しかし、目の前で雄叫びを上げる「それ」は、確かな存在として、空想から抜け出てきた恐怖の具現として、確かに各地で六つの産声を上げていたのだ。


「な、なんだ、これは……? ドラゴン……?」


 観測手が、「アイオワ」のレーダーとモニターへと交互に視線を向けながら、おびただしい数の敵星体と共に現れた「それ」がとっている形態を、震える声で口にする。

 確かに敵星体が空想上の生き物──竜を模倣しているという情報は寄せられていて、飛竜級の存在は変異体として正式に認定されている。

 しかし、飛竜級が翼と腕が一体になった、いわゆるワイバーンだとするなら、目の前に聳え立つ巨体は、巨大な翼を備えながらも前脚と後脚を持ち、二足で立ち上がることができる「ドラゴン」そのものだ。

 何よりもその巨大さは、飛竜級とは比べ物にならない。

 目視だけでも百メートル以上はあると確信できるその巨体は、沖縄に襲撃をかけたクラゲもどき──「タイプ・ホールケーキ」に分類されるものだった。


「艦長、通信です! 世界各地で同様の敵星体反応が六つ発生……同様にタイプ・ホールケーキの出現が確認されているようです!」


 通信士は、「アイオワ」へと飛び込んできた入電をキャッチすると、その内容を読み上げながら極東管区の総司令部にも通信を転送する。

 艦長と呼ばれた、まだ年若い部類に入る男は動揺こそしていたものの、幾分かは冷静であった。


「記録映像を極東管区に回せ! 砲術長、ここからタキオン粒子砲を発射した場合の被害をシミュレートするんだ!」


 威力偵察が目的ということもあって、「アイオワ」に所属している魔法少女は第二世代の中でも後発組か、第三世代のそれだけだ。

 故に、あのドラゴンとしか形容できない存在に有効打を与えられるとするなら、それは主力級航宙戦艦が艦首に一門備えているタキオン粒子砲のみだ。

 地上でそれを放てば、射線上にある全てに甚大な被害を及ぼすことは、「アイオワ」の艦長もまた想定している。

 だが、あのタイプ・ホールケーキを放っておけば、莫大な被害が発生することは誰の目にも明らかだ。

 それならば、多少の犠牲に目をつむってでも、撃った方が遥かにいい──人類は生き残らねばならないというお題目の元に、「アイオワ」の艦長は禁忌の引き金を引くことを決意する。


「……被害の算出、終了しました。艦長、これでは……」

「……構わん! 何を犠牲にしてでも……人類は生き残らねばならないのだ! タキオン粒子砲発射用意!」

「はっ! タキオン粒子砲、発射用意! セット20、誤差修正1コンマ6!」


 艦長から下された命令に従って、砲術長の席に座る男は、艦首に一門備えられているタキオン粒子砲のチャージを開始する。

 呪術回路によってエンジンが魔力のオーバーコートを施されたことで、従来は完全に足を止め、発射後は他の艦に牽引してもらわなければ撃てなかったタキオン粒子砲を、今は単艦でも放ち、戦域から離脱することが可能になっている。

 しかし、発射までにチャージを要するというタイムラグが発生することには依然変わりなく、それが、「アイオワ」の命運を分けたといってもいい。


『Guoooooo!!!』


 タイプ・ホールケーキは本能的に身の危険を悟ったのか、咆哮を上げると共に、大きく息を吸い込んで、その口腔から魔力を帯びた獄炎を吐き出す。

 仮にタキオン粒子砲の発射が間に合っていたのならば、タイプ・ホールケーキに対して有効打を与えることも可能だったのだろう。

 しかし、無情にも吐き出された煉獄の炎は、呪術回路によって展開される魔力障壁に守られているはずである「アイオワ」の艦体を容易く焼き尽くし、バターを火で炙るかのように溶かしてゆく。


「バカな……っ!?」


 この光景を記録した映像が極東管区に送信できていたことだけは、幸いだったといえるだろう。

 しかし、「アイオワ」は、主力級航宙戦艦という、オケアノス級と並んで戦後の地球連邦がその復興と力の象徴とした航宙艦は、いとも容易く焼き尽くされて、塵一つ残すことなく消滅していた。

 恐怖とは何か。

 それは未知なることである。

 脅威とは何か。

 それは恐れを伴って現れるものである。

 その事実を示すかのように、タイプ・ホールケーキは天に向かって咆哮を上げると、今までラーニングしていた情報を元に、地球連邦の屋台骨、極東管区の中心たる東京へと翼をはためかせ、飛んでゆく。


「エリュシオンの星罰は下された……目覚めよ、そして滅ぼせ、この許されざる星を」


 タイプ・ホールケーキと共に現れた、複製体の魔法少女は、今までとは違い、断片的ではなく明瞭にその言葉を口にしていた。

 しかし、それを聞く者はいない。

 ──ただ、一人を除いては。


「目覚めよ、巫女よ──エリュシオンの巫女、赤き星罰の執行者──」


 複製体の言葉を伴って、解き放たれた悪夢は世界に襲いかかる。それこそが、下された審判であるとして。

 その結果として与えられた、「星罰」として、人類へと、脅威は流星のように降り注ぐのだった。

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