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7.魔法少女、観艦式を見る

 スティアに胸の内を打ち明けた翌日、結衣は朝食を終えると、なんとなく手持ち無沙汰な感覚を埋め合わせるために、テレビをつけていた。

 幸いかどうかはわからないが、復興が進んでいる東京周辺は「赫星戦役」以前の様相を取り戻しており、上流階級にも、未だ地下都市での暮らしを余儀なくされている下層階級にも迅速に、今日の出来事を伝えるメディアが息を吹き返している。

 旧時代においては腐敗と権力への癒着が疑われて石を投げられていたメディアであっても、少なくともこのご時世でそういったことをする余裕が残されていない以上、報道されるものは恣意的なそれではないと、結衣は信じたかった。

 ただ、そこに何か中身を望んでいるわけでもないのに注文をつけるのも本来は筋違いなのだろうな、と自嘲しつつも、結衣は今日の天気予報などでも構わないから、とにかく、スティアが記憶を取り戻すきっかけとなる何か情報があればと、リモコンのスイッチを押したのだ。

 だが、そこに映し出されたものは天気予報でもニュースの報道でもなく、大々的にピックアップされた軍港と、そこに据え付けられたカタパルトの存在だった。

 荘厳な吹奏楽を奏でながら、マーチングバンドが屈強な、しかし年若い軍人たちを先導してパレードを行う様子が、やはり一人暮らしには似合わない、大画面に躍る。


『我々は三年前まで、苦渋を舐めながらも、あらゆる艱難辛苦を耐え抜いてまいりました』


 地球連邦防衛軍極東管区軍務局長という長い肩書きがテロップに映された男へとカメラがズームして、その演説をぶちまける様子が、一秒の漏れもなく公共の電波へと乗せて発信されていく。

 結衣はそこに何か思うところがあるわけではない。

 軍務局長が声高に叫ぶ言葉を聞き届けていたスティアは、これは何だとでも言いたげな様子で小首を傾げるが、結衣としても今日、このような式典が行われるとは知らされていなかったために、寝耳に水だった。

 思想、信条としてそこに思うところこそないものの、魔法少女たちの奮戦や前線で一方的に犠牲になることを強いられてきた兵士たちではなく、必要であったとはいえ地下に潜って後方で指示を下していた男がまるで「赫星戦役」の代表者であるがごとく振る舞うというのは、結衣にとってはどこか眉を潜めたくなるのもまた確かだった。


『ですが全国民の皆さん、ご覧ください! 我らが国土はこの三年で飛躍的な復興を遂げ、また残存する敵星体を討ち払うために、我々はただ手をこまねいていたわけではありません!』


 軍務局長が拳を握りしめ、大仰な仕草でパレードを続けている軍人たちを指し示すと、カメラはその仕草をトレースして、学生たちのマーチングバンドに率いられている、軍帽にコートという、かつて結衣が見た船乗りの出で立ちをしている彼らを追いかける。


「結衣……これは、何? スティアには、わからない……」

「あー……多分、観艦式じゃないかな」

「カンカンシキ……?」

「簡単にいえば、宇宙戦艦を並べて自慢する会」


 結衣は食器をスポンジで擦りながら、どこか興味深そうにテレビの画面に食らいついていたスティアからの質問にそう答える。

 曲がりなりにも軍属だった人間の発言とは思えないほどそれは適当で、大雑把で、それこそあの軍務局長のような人間が聞けば修正は免れないであろう雑な要約でこそあったが、本質的には一部符合するところがあるのもまた確かではあった。

 新型の宇宙戦艦が建造されているという噂は、「赫星戦役」の折にも結衣は耳に触れていたし、結局その竣工が「赫星一号」との決戦には間に合わない、ということで記憶からは抜け落ちていたものの、どうやらその後も秘密裏に建造は続けられていたようだ。

 艦首に唯一敵星体に通じる兵器であるタキオン粒子砲を備える扶桑型航宙戦艦や金剛型航宙戦艦といった主力艦隊は、「赫星戦役」の折に「山城」一隻を残して壊滅状態になっていたため、新たなフラッグシップや更なる戦力を求める、という軍部の考えが理解できないというわけではない。

 だが、何を根拠にしてあの軍務局長はそこまで自信満々に観艦式を開けるのか、にはまだ考えが及ばないのが正直なところだった。


『オケアノス級航宙戦艦……三隻の建造には多大な時間を要してきましたが、今やこの空飛ぶ要塞が完成した以上、地球から敵星体の残党を叩き出すのは、最早時間の問題であるといえるでしょう!』


 カイゼル髭を撫でつけながら、軍務局長はマーチングバンドに先導されていった三列の軍人たちがそれぞれ乗り込んでいった巨大な鉄の塊──「赫星戦役」で最後の旗艦を務めた「山城」よりも一回り以上大きなそのオケアノス級航宙戦艦を指し示して、鼻息荒くそう宣言する。

 オケアノス級航宙戦艦。テレビに映し出されたそれは、一目見るだけでわかるほどの異形でありながら、どこか洗練され、整然とした宇宙戦艦のフォルムをしていた。

 艦首に設けられたタキオン粒子砲は一門から二門に増設され、主砲である、恐らく陽電子砲の口径も「山城」と比べて大型化されている。

 だが、正直なところ、結衣がそれを見て真っ先に抱いた感想は「何と戦うのか」といったところだった。

 地球に残されている敵星体の数は決して多いものではなく、自慢のタキオン粒子砲も地上で放てばその被害は甚大なものとなることから、基本的には宇宙空間でしか使えない。

 それにもかかわらず、まさか前時代的な大艦巨砲主義を拗らせて軍務局長はあれのロールアウトを急いでいたのだろうかと、結衣はやけに自信満々なカイゼル髭の男をじとりと一瞥するが、もしも自分と彼の考えが同じであるのなら、あれは。


「船……? 空を飛ぶ。でも、なんで……? スティアには、わからない……」

「多分、復興のシンボルとかそういう建前なんでしょ」

「復興……船を作ることは、復興?」

「船を作る元気もなかった地球が、あれだけ大きなものを作れるまでになりました、ってアピールしたいんだよ、多分だし、誰に向けてかは知らないけどね」


 政治のことについて結衣は、スティアが小首を傾げているように正直なところよくわからない。

 と、いうよりも、魔法少女たちは意図的に政治から切り離されてきたといってもいい。

 年端もいかない少女たちであるという理由を建前にして、その甚大な力を持つ存在がいずれ自分たちの上に立つことがないように首輪をつけておく、と、呑気にも滅びかけている最中にも戦後のことを考えていた政治屋たちに呆れ半分感心半分といった感情を抱きながら、結衣はカタパルトから滑り出して、宇宙空間へと飛び出していく「オケアノス級」三隻の姿を茫洋と見送っていた。

 敵星体の勢力下に収められた火星は、タキオン粒子砲の集中投射という、星を犠牲にした戦術で敵星体を根絶している今、オケアノス級──遥か遠い昔の言葉で、「最果ての海」を意味する彼らと、そして彼らを生み出したこの星と、その指導者たちがどこに向かおうとしているのか、それは結衣にもスティアにもわからない。

 結衣の胸中は複雑だった。

 地球は着実に息を吹き返しているのは事実であり、それでも地球からは取り除き難い汚濁が残されていることもまた、事実であるのだから。

 そこから目を背けるようにチャンネルを変えれば、何事もなかったかのようにテレビは今日の天気予報を映し出し、快晴が続くということを、調子外れなテンションで気象予報士が伝えているのだった。

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