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69.魔法少女と背負うもの

 ひとまずという形ではあるものの、スティアに対してかけられた嫌疑は晴れた。

 地球連邦防衛軍も、主要な閣僚たちが沖縄での戦いを目の当たりにしたことで、いっそう各地のダンジョンアタックに精を出すようになり、そのデータも管区の垣根を越えて共有されるという方向に向かっている。

 その後、ダンジョンから脱出する敵星体の存在や、タイプ・ホールケーキの出現が確認されたという報告はなかった。

 しかし、依然として敵が死んだ魔法少女を複製して、各ダンジョンのガーディアンとして配置しているといった情報も周知されており、予断を許さない状況には変わりがない。

 それを示すかのように、極東管区総司令部の雰囲気は今日もぴりぴりとした緊張を帯びていて、少しばかり窮屈さを感じさせる。

 それというのも、他管区と協力しての大規模ダンジョンアタックに向けての準備が推し進められていたからだ。

 アンジェリカは、連邦防衛軍内部向けに作られた資料に目を落としながら、小さく溜息をつく。

 他管区との協力が推し進められていること自体は喜ばしい。

 現場で血を流すのが自分たち魔法少女であることも、「星の悲鳴」を聞いたあの時から納得している。

 だからこそ、溜息の理由は別なところにあった。

 スマートフォンを懐から取り出してメッセージアプリを起動すれば、そこには父の名前と共に、不在着信の履歴が残っている。


「はぁ……」


 こみ上げる憂鬱に再び小さく息をつきながら、アンジェリカは不在着信のアイコンへと指をかけて、ゆっくりとタップした。

 耳に当てたスマートフォンからは、相手を呼び出すコーリング音が聞こえてくる。

 いっそこのままずっとコーリング音が鳴って、電話が切れてくれればいいと願うものの、現実というのは、常に望んだ結果の裏側を見せつけてくるものだ。

 その定理に従うかのように回線が繋がりあい、厳しさと威圧感を覚える巌のような声音が、アンジェリカの耳朶に触れる。


『アンジェリカか』

「申し訳ございません、お父様。先刻は会議に出ておりましたので」


 電話の主は、アンジェリカの父──世界最大の兵器商にして、未だ旧弊が残る、西園寺の家を統べる立場にある男だった。

 自分が電話をわざわざかけたのに出なかったとは何事だ、とばかりに伝わってくる不機嫌そうな声が、アンジェリカはとにかく苦手で仕方がない。


『それならば良い。魔法少女として、西園寺の名に恥じぬ活躍ができておるならな』

「……常に善処し、精進しているつもりでございます」

『うむ。お前も西園寺の家に生まれた端くれなのだ、武勲で身を立て、己の意義を証明してみせよ』


 自分という個人のことなどどうでもいい、といわんばかりの「家」を重視したその言葉に辟易しつつも、溜息を堪えてアンジェリカははい、と短く答えを返す。

 父のことを好きか嫌いかで訊かれれば、好きだと答えるのは間違いなく自分の気持ちに顔を背けていることになる。

 かといって、嫌いだと答えるのにも抵抗があるのもまた、確かなことだった。

 例えどんな人間であったとしても、自分という忌み子を魔法少女としてしか認めてくれないような親であっても、父親は父親だ。

 アンジェリカは、西園寺の家にとっては忌み子のような存在だった。

 左右で瞳の色が違うという、ただそれだけのことが全てにおいての「完璧」を家訓にわざわざ掲げて、この新星暦の時代に家父長制を敷いている家にとっては、気に食わなかったのだろう。

 兄や姉が愛情を注がれて育ったのに対して、アンジェリカが辿った境遇は、恵まれていながらもそこに慈しみというものは存在していない。

 言葉通り、西園寺の家に生まれた端くれとして礼儀作法を叩き込まれて、将来は適当な家と政略結婚をさせる、というのが父の描いたアンジェリカという娘の理想像だ。

 故に、その血の呪縛からは、家という呪いからは逃げられないとアンジェリカが諦めかけていた時に見たものが「赫星一号」を撃墜する結衣の姿であり、そして。

 ──あの瞬間に己の内側に届いた、「星の悲鳴」だった。

 魔法少女となってから、西園寺の家は自分に利用価値を見出したのか、家での待遇は比較的マシなものに変わっていったのを、アンジェリカは覚えている。

 だが、もはやそんなことはどうでもよかった。

 魔法少女として戦えば、端くれとしてしか見てもらえなかった西園寺の家に、認めてもらえる。

 父は完全にアンジェリカを認めたわけではなく、あくまでも家の名前を売るための道具してしか見ていないと理解していても、幼い頃に得られなかった、欠落を埋めるかのように、アンジェリカは魔法少女として戦ったのだ。


「……はい。西園寺の名を背負う者として、端くれながらも最善をもって、必ずや吉報をお父様にお届けいたします」

『当然だ。良き知らせを待っているぞ、アンジェリカよ』

「……はい、お父様」


 自分の感傷が子どもじみたものであることは、アンジェリカが誰よりも一番よくわかっている。

 幼い頃に得られなかった愛を得るために、欠落を埋めるために、魔法少女として武勲を立てる。

 努力は必ず報われる。それまでの辛い日々に耐えてきたことも、同じ家にいながらもまるで人間としての扱いが違っていた兄や姉に、頑張っていれば追いつけるかもしれない。

 左右で瞳の色が違うというだけで忌み子と呼ばれてきた自分だって、魔法少女として活躍すれば、西園寺の家にいてもいいと認めてもらえるのだから──そんな、子供じみた公平世界仮説が、アンジェリカにとっては心の拠り所だったのだ。

 生まれた家を呪っているところはある。

 西園寺の家に生まれなければ、もっとマシな人生を送れたのではないかと、そう考えてしまうようなところだって少なからず、アンジェリカの中には存在している。

 それでも、どうしたって変えられないのが、自分があの家に生まれてきたという現実と、左右で色の違う瞳を持っているという事実なのだから、そこに執着することを捨てろといわれてもまた、難しい話なのだ。

 通話を切ってスマートフォンを懐にしまい込めば、アンジェリカは自分の瞳に涙が滲んでいるのだと気付く。

 鼻先にこみ上げる塩辛い感覚が、それを告げているのだ。


「……どうしようもありませんわね、現実というものは」


 個人がいかに抗ったところで、いかに世界の壁と爪を立てたところで、それまでに積み上げられてきた歴史が崩れはしないように、「家」という呪縛が解けないのも事実である。

 ──それでも、せめて。

 せめて、「愛している」の一言ぐらいは、嘘でもいいから、言ってほしかった。

 アンジェリカは、懐からハンカチを取り出して、涙と共にそんな子供じみた感傷をそっと拭う。


「立ち聞きとは、趣味がよろしくありませんわよ。結衣さん、スティアさん」

「……ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」


 ちょうど、通路の角に隠れるような形で息を潜めていた二人組がいることに気付いたアンジェリカは、呆れたような声でそう諭す。

 しかし、結衣としてもスティアとしてもアンジェリカの込み入った事情に立ち入るつもりはなく、何なら自販機コーナーでジュースを買っていただけなのだ。

 それが、帰り道に偶然、彼女と鉢合わせてしまったというだけの話で。

 しかし、聞いてしまったものは仕方がないと結衣はぺこりと、アンジェリカに頭を下げる。


「……アンジェリカは、悲しい?」


 しかし、事態が飲み込めていないのか、スティアは小首を傾げると、その金色にも銀色にも見える髪の毛からふわりと粒子を漂わせて、遠慮のない問いを投げかけた。

 結衣が静止しようと手を伸ばすよりも早く言葉は走り出し、一度舌先を滑り出て形になったそれは原則として止まることはない。

 スティアが自分を心配してそう言ってくれたのであろうことは、アンジェリカにも理解できていた。

 だが、先立つ感情が、ささくれ立つ怒りが、理性を薪木に燃え上がり、スティアの言葉を否定する。


「……悲しくなど! 大体、何の資格があって貴女はわたくしの心に踏み入ろうとしているのでして!?」

「……アンジェリカは、泣いていた……だから、悲しい。スティアは、そう理解した」

「……なら、放っておいてくださいまし! 悲しんでいる相手を哀れむなど……そんな慰めは、侮辱にしかならないのですわ!」


 そう言い捨てると、アンジェリカは踵を鳴らして自室へと引き返していった。

 アンジェリカがどれだけ、西園寺の家に執着していて、どれだけ歪められてきたのかは、結衣にはわからない。

 結衣にとって理解できたのは、父親との通話のあとにアンジェリカが涙を流していたという事実だけで、そこにどんな悲しみがあるのかについては、立ち入ってはいけないのだとも察せられた。

 しかし、スティアは無垢故に、踏み込んでしまったのだ。


「……スティアは、わからない……スティアは、間違った……?」

「……うん。人って、そっとしておいてほしいときがあるんだよ」

「……そっとする……干渉しないこと。スティアは、理解した……」

「だから、アンジェリカにはあとで謝っておこう」


 私も一緒に頭を下げるから、と付け加えると、未だにどこか釈然としない様子のスティアを連れて、結衣たちもまた、自室へと戻っていくのだった。

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