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68.魔法少女と調査結果

「馬鹿な……全部白だと!?」

「そうなりますねぇ、外部の魔法少女にも協力してもらいましたけど、スティアちゃんと敵星体を紐づける証拠は見つかりませんでした」


 その後、「ラボラトリィ」でスティアは一通りの検査を受けたものの、諏訪部の元に提出された書類に記されている通り、そこには彼女と敵星体の繋がりを示すようなデータは、何も記録されていなかった。

 調査を指揮していた真宵も、この結果には納得がいかなかったのか、お手上げだとばかりに肩を竦めて、唇を尖らせる。

 DNAの検査から体組織の検査から、何から何まで隅々スティアは観察されていたものの、その組成は全て人間のそれと一致するという結果が出ていたし、調査に立ち会った医療班の魔法少女も、彼女からは敵星体反応がないと、「星の悲鳴」は聞こえないと語っていた。

 魔法少女がダメなら機械類は、という話になってくるが、もしもスティアが敵星体だとしたら、そもそもこの管区に足を踏み入れた時点でセンサーの類が警報を出している以上、その線も薄い。

 つまるところ、完全な憶測。

 それが、「ラボラトリィ」による調査の導き出した答えだった。

 冗談だとは思いたかったが、現状、公平な調査を期した上でスティアが白だと判明した以上、彼女にこれ以上の嫌疑をかけることはイーブンではない。

 だが、スティアが「エリュシオン」という、敵に複製された魔法少女──仮称「複製体」が口にしていた言葉と一致する単語を夢に見ていた、という結衣からの証言は確かに得ている。


「予知能力がある、不思議な子なんじゃないですか?」

「オカルトも大概にしてほしいものだな、少佐」

「すみません、でも魔法があるんです、そんな超能力の一つや二つ、転がっててもおかしくないんじゃ?」


 真宵が言った通りに、結局のところ、地球連邦防衛軍という組織はそのオカルトの最たる例である魔法少女という存在をあらゆる面から頼りにしているのだから、エスパーの存在も否定できるものではない。

 自分で言っておきながら情けない話だ、と、諏訪部は肩を落としながら静かに溜息をつく。

 しかし、スティアが検査結果で白だと判明しても、一度抱いてしまった疑念が消えることはない。

 あまり疑心暗鬼になっていると、かえって足元を掬われそうなものだが、二度までは偶然だとしても、三度目が偶然である確率は極めて低いものだ。

 それはあくまで諏訪部の持論であったものの、大概の物事における不自然な一致が三箇所も見つかれば、その出来事は黒であるケースが大半だ。

 無論、政治の世界では権力者や金持ちが白だと言い換えさせることなど常套手段が、スティアにはそんなバックボーンは存在していない。

 何よりも、敵星体を庇い立てる理由が人類に存在しないのだから、スティアが黒であることをどこかの権力者が全力で隠蔽にかかっている可能性は極めて低いものなのだ。


「ふむ……スティアについては現状、白と見る他になさそうだな。ところで、少佐。君は『エリュシオン』という単語に心当たりはあるか?」


 ならば、その方向から疑いをかけても仕方がないと諦めを抱いて、諏訪部はもう一つの符合である、「エリュシオン」という言葉から、何か糸口になるものはないかと真宵へと問いかける。

 エリュシオン。

 これも地球に昔から存在する言葉であり、最果ての海を越えた先にある楽園の名だと古代の人々が信じていたものだということは、諏訪部も知識としてはわかっていた。

 だが、そんな言葉がどうして敵の口から飛び出してきたのかについては、皆目検討もつかない。


「大昔に信じられてた楽園の名前……じゃ、ないですよねぇ」

「その通りだ」

「だとしたら、正直なところあたしたちにもわかりかねますよ……魔法少女が複製されて敵になったとか、敵星体が地球のリソースに寄生して魔力を掠め取っていたとか、正直そっちだけでも手一杯なんです」


 特に、敵星体が地球の持てる魔力的リソース、「星の悲鳴」の根源になるものへと寄生して勝手に相乗りしているというなら、各地に発生したダンジョンの攻略は急務であるといえる。

 そんな中でスティアにかけられた嫌疑であるとか、「エリュシオン」なる単語がどうだと言われても、「ラボラトリィ」も首が回っていないのが現状なのだ。


「まあ、やれるだけの調査はやってみます、それが仕事ですから」

「……ああ、頼んだ」


 これで、マジカル・ユニットが抱えている問題は暗礁に乗り上げたといってもいいだろう。

 素直にスティアが白であったことを喜べないどころか、ますます疑いを深くしている自分に軽い嫌悪を抱きながら、諏訪部は左手の薬指にうっすらと残る指輪の跡に視線を落とす。

 自分がこんな調子の人間だから、結局のところ妻には逃げられたのだ。

 疑い深いというのは軍人として、戦況を常に冷静に俯瞰する必要がある指揮官として必要な資質なのかもしれないが、私人としては間違いなく敬遠されるものだ。

 この件で間違いなく自分はスティアに嫌われただろうし、結衣からの信頼も幾分か失ったりことだろう。

 だが、それでも疑うことをやめるつもりなど、諏訪部には毛頭なかった。

 あのスティアという少女は何かを知っている。

 本人が言う通り、記憶は失われているのかもしれないが、その失われたところに、今は欠けたまま宙を漂っている一欠片はぴたりと当てはまるのではないかと、諏訪部はそう考えているのだ。


「……邪推であってほしいものだが、な」

「本当にその通りですよ」

「敵まで抱え込んで戦わなくちゃならないとなれば、厄介どころの話じゃない、それにな……おれも本心ではどこか、彼女を信じたいと思っているところがあるのは確かなんだ」


 無垢な少女に裏切り者の嫌疑をかけて、場合によっては銃殺すら視野に入れていた自分の冷淡さを、それを当たり前だと捉えていたことを自嘲するように、諏訪部はぽつりとそう呟く。

 スティアの存在は間違いなく結衣に良い影響をもたらしていると、3年前の戦いで擦り切れたその心を癒してくれると信じていた。

 信じていたからこそ、今、嫌疑をかけなければいけない、かといって楽観することもできないこの状況が、諏訪部にはどうにももどかしくて仕方がないのだった。




◇◆◇




「とりあえずは疑いも晴れたってことで、良かったじゃん? ってことで、乾杯!」


 美柑は長い検査を終えて戻ってきたスティアを交えた食堂の席で、合成品特有の薬品じみた香りがするオレンジジュースを掲げながら、乾杯の音頭をとる。

 本来ならばここまで単純な話ではないことぐらい、美柑にもわかっていた。

 ただ、少なくとも「ラボラトリィ」が白だという判定を出したのなら、それ以上は何も訊かないというスタンスで、遠慮がちに掲げられた他の面々のグラスに自分のそれをそっと触れ合わせていく。


「そうですわね、『ラボラトリィ』が白だといっているのなら……わたくしから言うことは何もありませんわ」

「……す、スティアさんが……その……なんともなくて、よかった、です……」


 アンジェリカと絵理も、疑いを完全には拭い切れていないものの、美柑と同じスタンスで杯を掲げて角と角を軽くぶつけ合う。

 これで心の底から安心できただろう、と、絵理はスティアの隣に腰掛けている結衣を一瞥したものの、その表情は相変わらずどこかぎこちなく、浮かない様子だった。

 やはり、一度疑いの種が撒かれてしまえば、それは強固に根差して即座に芽吹くのだから、どうにもならない。


「……うん。そうだね、スティア。スティアが何もなくて……私、本当に、良かった……」

「……結衣、泣いてる……? スティアは、なんともない……スティアは、大丈夫……」

「うん、大丈夫……大丈夫だよね、スティア……」


 そんな結衣を気遣うかのように、スティアは頬を伝う涙を指先で拭って、震える華奢な身体を抱き留める。

 ひとまずは、という前置きがつくものの、スティアにかけられた疑いはこれで晴れたのだから、それを喜びたい気持ちは結衣にもあった。

 だが、奇しくも諏訪部と同じように、心の奥深くではスティアの欠落が、その失われた記憶が「エリュシオン」と結びついているのではないかという不安が鎌首をもたげて、涙を流させているのだ。

 もしも、本当にスティアが敵星体だったとしたら。

 自分は討たなければいけない。魔法少女として、そんな彼女を身内として引き込んだ責任を取って。

 そんな未来は訪れないと、信じたくても信じきれず、結衣はスティアの温もりに逃げ込むかのように縋り付き、一頻り涙を零し続けるのだった。

これにて第三章は完結となります。評価、ブックマーク、感想、レビュー等は連載の励みになりますので随時お待ちしております。

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