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67.魔法少女と「研究室」再び

 諏訪部の、研ぎ澄まされた刃にも似た視線が容赦なくスティアを打ち据える。

 困惑を隠し切れずに、スティアは困ったようにその細い眉を八の字に歪めて諏訪部を見据えるが、彼の鉄面皮が揺らぐことはない。

 あくまでも、スティアと敵星体の間に繋がりがあるというのは仮説以前の、ただ憶測を積み上げたものであるというのは、諏訪部も理解していることだ。

 疑わしきは罰せず、という法の原則がある以上、今すぐスティアに何らかの処罰を下すということはできない。

 一方で、内部に敵を抱え込んでいるかもしれないというリスクを勘案すれば、それが結衣に対して譲歩できる限界のラインだということなのだろう。

 どうしてスティアが、と、言葉を喉元まで吐き出しかけていた結衣を制するように、諏訪部の冷徹な視線が突き立てられる。


「ッ……」

「悪いな、こっちとしても身内は疑いたくないんだが……敵を抱えているかもしれない、というのは厄介なんだよ」


 それが状況証拠とも呼べない憶測、あるいは偶然の積み重ねであったとしても、今までスティアがいたところに大きな敵星体絡みの事件があったことは確かだった。

 もしも、その全てが彼女に起因することだとしたら、マジカル・ユニットに留まらず、極東管区全体、ひいては地球連邦そのものを根幹から揺らがせかねない。

 即座に問答無用での銃殺、という強硬手段に出なかった辺り、まだ良識は残されていたが、それでも今まで身内として受け入れてきた人間に、敵の疑いをかけるというのは抵抗がある。

 事情を知らない絵理や美柑、そしてアンジェリカは目を白黒させるばかりだったものの、諏訪部の厳しい視線を鑑みれば、これがただ事ではないのだとは察せられた。

 ──冗談じゃない。

 それは紛れもなく結衣の本音だったが、同時に自分がその処分を、疑いを妥当だと思っているところがあることもまた事実だった。


「……スティアは、疑われてる……? スティアには、わかる……でも、どうして……?」

「念のためというやつだ。今のところはな」


 流石に、諏訪部であったとしても直接的に「君を疑っている」というメッセージをぶつけるのは憚られるところがあったのだろう。

 しかし、冷徹に、裏を返せば今後何かあったときは容赦をするつもりはないというメッセージを忍ばせている辺り、彼は軍人だった。

 気まずい沈黙が漂うだけの時間は、たとえそれが数分に満たないとしても、どこか永遠にも似たものを感じさせる。

 スティアのことを本当に信じているのなら、検査でもなんでも受けさせて、白だということを証明すればいい。

 それは魔女狩りの理屈と似ていたものの、スティアに身を立てる証が、記憶がない以上、検査結果に異常がないことを祈ることしか、結衣にできることはなかった。

 加えて、敵星体は故人とはいえ、人間を複製する領域まで地球の魔力的リソースを掠め取りながら進化し続けている。

 スティアに記憶がない以上、彼女が本当に生きている人間なのか、複製された故人なのかどうかは、それこそ敵星体反応の検査結果でしかわからないことだ。

 ──しかし。


「私が変身している時、スティアから『星の悲鳴』は聞こえませんでした」


 結衣は細やかな反論として、クビになっていた時のことを持ち出したが、それでも諏訪部の視線に宿る冷たさが、彼の鉄心が揺らぐことはない。

 真宵も言葉を挟まないことから察するに、それが「ラボラトリィ」の総意と合致しているということなのだろう。


「……結衣……スティアは、どうすればいいの……? スティアには、わからない……スティアは、何も知らない……わからない……」


 悲痛に、縋るような視線で訴えかけてくるスティアの問いに返せる答えは、ただ一つしかないことなどわかりきっていた。

 だがそれは、自らの疑いをも肯定するのに等しい理屈であることも理解しているからこそ、結衣は俯き、スティアから目を逸らすことしかできなかったのだ。


「まあまあ、そこまで難しく考えなくていいよ、スティアちゃん。最初、ここに来た時検査とか受けたでしょ? あれをもっかいやるってだけだからさ」

「……検査……それが終われば、スティアは疑われない……?」

「勿論、全部要項をクリアすればだけどね」


 あまりにも剣呑とした空気にいたたまれなくなったのか、真宵が軽いトーンでスティアを説き伏せるものの、何かがあった時は容赦しない、という含意は諏訪部のそれと一致している。

 要するに、検査を受けることでしか、スティアに身の潔白を証明する方法は残されていないということだった。

 ここまで黙り込んでいた美柑たちも、結衣の言葉から諏訪部がスティアと敵星体の繋がりを疑っていることは朧気に察していたものの、それを言葉に出すことはしていない。

 否、できないのだ。

 スティアという、今まで仲良く接してきた身内に敵との繋がりがあるかもしれない、という事実。

 そして、そんな彼女と一緒にいるひとときを心の安息としていた結衣があまりにもいたたまれないからだ。


「……わかった、スティアは、検査を受ける……でも、スティアは何もわからない、何も知らない……それだけは、本当……」

「さてね、おれとしてもそうであることを祈っているよ」


 信じてほしい、という嘆願を一言で切り捨てて、諏訪部はあくまでも冷徹な軍人としての顔で、スティアが真宵に連れられて「ラボラトリィ」へと向かっていくのを静かに見送る。


「……さて、これは一体全体、どういうことですの?」


 真宵とスティアが扉の外に出たことを確認した上で、口を開いたのはアンジェリカだった。

 諏訪部と結衣のやり取りから、スティアに敵星体との繋がりがあるかもしれない、という疑惑がかけられていることは察せられた。

 しかし、なぜそんなことになっているのかについては、きっちりと説明をしてほしいといった趣旨での問いかけだ。

 現状、憶測の域を出ない以上はそれについて説明する義務は諏訪部にも結衣にもないといってもいい。

 しかし、背中を預け合っていた仲間だという義理はある。

 その筋を立てろ、と、アンジェリカはそう主張しているのだ。


「……スティアは、敵星体と繋がりがあるかもしれない」


 そんな彼女の問いかけに、僅かな沈黙を破って答えたのは結衣だった。

 どの道、スティアを拾ってきたのが自分である都合上、その追及を避けては通れない上に、保護者としての責任もある。

 もしも自分が拾ってきた女の子が敵のスパイだった、なんてことになれば、飛ばされるのは、結衣の首だけで済まないだろう。

 だからこそ誠実に、背中を預けていた仲間にはそれを語っておかなければいけないと、結衣は虚ろな悲しみと引きつった絶望をその整った顔に浮かべながら、淡々と語る。


「結衣、それって……」

「……諏訪部大佐は、スティアがいたところで大きな事件が起きたことで疑ってるみたいだけど……私は……」

「私は、なんですの?」


 たった一つ、自分しか知らない情報にして最悪の符号。

 それを口にしてしまえば、きっといかに温厚な魔法少女たちであったとしても、スティアに疑いどころか憎しみの目を向けてもおかしくはなかった。

 だからこそ、それについては最後まで黙っているべきかどうか、結衣は悩み続けていたが──逃げるな、とばかりに打ち据えられたアンジェリカの鋭い視線が、それを許さない。


「……私は、スティアが夢の中で『エリュシオン』って言葉を聞いたのを知ってる」

「……エリュシオン、ですか……?」

「……複製された妹が、芽衣が言ってた。エリュシオンがどうのこうのって、星罰がどうのこうのって……だから……」


 だから、スティアが黒である確率は高い。

 その先に続く言葉は、喉を押さえつける悲しみと、溢れる涙に埋もれて出てくることはなかった。


「……ここまで黙っていたことは不問にする。どの道検査結果がわかるまではおれの疑問も、君の疑いも憶測にすぎない。だが……」

「……エリュシオン、複製された魔法少女が喋っていた言葉がスティアさんの口からも出てきたというのは……」

「……そうなる、かもしれんな」


 結衣の黙秘を罪に問わなかったことは、諏訪部が残していた甘さだといってもいいだろう。

 しかし、その符合を知ってしまった今、漂うものは気まずい沈黙ばかりで、たとえそれが憶測にすぎないものだとしても、魔法少女たちの間に、スティアへの疑いが産声を上げたことは確かなことだった。

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