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63.魔法少女と深まる疑惑

「終わったか……」

「そのようですね」

「結局、俺たちは彼女たちに頼らざるを得なかった。これは一種の敗北だと見ているよ」


 タイプ・ホールケーキの反応が消失したことを認めた東山は、ばつが悪そうに溜息をつく。

 オケアノス級航宙戦艦も、78式呪術甲冑も、全ては魔法少女たちにかかる負担を少しでも減らそうと開発された兵器であることに間違いはない。

 だが、敵星体の脅威を人類は見誤っていた、ということになる。

 いつもは飄々としている東山がいつになく、苦渋をその表情に滲ませているのを横目に見た諏訪部も、それは変わらなかった。

 半ば禁断の手段であるメタモルブーストを切らされるほどに強力な敵星体の出現が意味していることは、この3年間で敵もまた、沈黙していたわけではないということだ。

 結局のところ、人類は、自分たちも含めて勝利に胡座をかいていた、ということになるのだろう。


「……それに加えて魔法少女がどういう理由か敵に味方している、いや……」

「蘇生……いや、微弱な敵星体反応があったということは、複製されている、ということかね」

「そうなるでしょう」


 結衣が狂乱しながらも、血と涙にまみれながらもその手にかけた芽衣らしき何かの身体には赤い血が通っていた。

 それは、敵星体が魔法少女の情報を何らかの手段で入手した上で、何らかの手段で複製した──確証がない以上、憶測に憶測を重ねる他にないのだが、少なくとも小日向芽衣が故人であることは、連邦政府のデータベースに登録されている。

 ならば、死人が生き返ったなどと考えるよりは、敵星体反応があったことも鑑みればまだ、なんらかの手段で故人である魔法少女が敵に複製された可能性の方が遥かに高い。

 問題は、どのようにして、なぜ、という絡繰が何一つ見えてこないことなのだが。

 諏訪部は苛立ちと後悔が綯い交ぜになった感情をしかめっ面に浮かべながら、魔法少女たちが「オケアノス」へと帰還してくる姿をモニターで観測する。

 この規模の戦いにおいて、一人の死人も出さなかったのは、幸いであるといえるだろう。

 しかし、魔法少女たちは虎の子であるメタモルブーストを切らされた上に、絵理の回復魔法によってその傷は癒されているものの、クラウディアは魔力障壁を貫かれるほどの衝撃をその身に受けている。

 本当に、綱渡りだ。

 誰がいつどこで死んでいても、おかしくはない。

 そんな状況で、自分たちは安全圏から魔法少女たちの戦いを見ていることしかできないというのは、東山にとっても諏訪部にとっても、ただ歯痒いばかりだった。

 しかし、そこで腐るのではなく、歯を食いしばって、諏訪部たちは未曾有の脅威に、迫り来る悪寒に爪を立てるかのように、続く言葉を紡ぐ。


「敵星体はおそらく、重慶から来たと見て間違いないでしょう」

「うむ……しかし、そうなると敵が『巣』を放棄してまで沖縄を攻撃することを選んだことといい、複製された魔法少女といい、正直なところ、考えが追いつかんな」


 それに加えて、戦闘記録の中で複製された魔法少女──仮称、複製体が壊れたテープレコーダーのように呟いていた言葉に関しても気にかかる。

 指折り数えた不条理に、暗澹たる予感が諏訪部たちの胸中を満たしていくものの、こればかりは極東管区に情報を持ち帰って、「ラボラトリィ」の分析に、真宵の手腕に期待する他にない。

 帰還してくる魔法少女を受け入れるために艦底部のハッチを開く指示を下しながら、東山は収まりが悪そうに、頭上の軍帽を頻りに整えるのだった。




◇◆◇




 戦いを終えた後に浴びるシャワーが心地よいのは、血生臭く汚れた手を洗い流してくれる気がするからなのだろうか。

 結衣は「オケアノス」への帰還を果たすと、そのまま無言でシャワールームへと向かっていた。

 汗を流すために、あるいは血を雪ぐために降り注ぐぬるま湯の雨に身を任せる。

 そうして、結衣は二度も殺すことになってしまった妹のことを、そして芽衣らしき何かが頻りに呟いていた単語のことを思い返す。


「……エリュシオン」


 奇しくもそれは、少し前にスティアの口から飛び出てきた単語と符合していた。

 それが何を意味するのかはわからなくとも、この符号が決していいものではないということを、逆立つ神経がただ告げる。

 あれが、偽物であることはわかっている。

 とはいえ、死人が生き返ったのではないとわかっているとしても、似姿であったとしても、この手にかけることしかできなかった妹のことを考えれば、荒んだ心が今にも狂乱しそうになるのを止めることはできそうにない。

 敵星体がどこから来て、何をしようとしているのかはまるでわからないものの、奴らが進化しているということを、これまでの経験から、結衣はわかっていた。


「あの敵星体……魔力を使っていましたわね」


 結衣の隣で同じく黙りこくってシャワーを浴びていたはずのアンジェリカが、ぽつりとそう呟く。

 実際、彼女のいう通り、今までにおける敵星体の攻撃は大体のケースが物理攻撃に偏重していた。

 例外的に、東京湾に現れたタイプ・ショコラータの変異体や飛龍級の存在が挙げられるが、彼らは自身の質量を熱量に変換する形での攻撃をしていたのだ。

 対して、今回相対したタイプ・ホールケーキは最初から触手に電撃を纏わせて放つという芸当を、自壊することなく成し遂げている。

 そこにあった微弱な魔力反応は、敵が魔力を使っていることの証明としては十分すぎた。

 複製された魔法少女たちには微弱な敵星体反応が混ざっていたのとは正反対のケースだが、どちらにしてもこの現状がろくでもないものであることに違いはない。


「スティアさんの予知が間に合ってくれたから良かったものの……少しでも遅ければ大惨事でしたわ」

「……そう、だね」


 アンジェリカは込み上げる安堵にほっと胸を撫で下ろしたが、結衣の胸中にはただ、ささくれ立った痛みが走るだけだった。

 考えるなと、何度も何度も頭の中で言い聞かせても、最悪な想像が頭の中をよぎってゆく。

 正体が芽衣らしき何かであったとしても、芽衣と同じ顔と姿をした相手をこの手にかけたという事実と、スティアの語った「エリュシオン」という単語が、複製された魔法少女の口からも飛び出てきたという符号。

 そこに付随する予感は、結衣一人で抱え込むにはあまりにも重すぎるものだった。

 自分は、スティアを疑っている。

 信じたいと願っているのに、心の中では敵星体とスティアの間に何かの関わりがあるのではないかと疑ってしまう。

 それだけで、胸の内側でうずくまる心は、ナイフでずたずたに切り裂かれたかのような痛みに悲鳴を上げるのだ。

 それだけで頭の中が埋め尽くされているのに、敵が魔力を使ってきたという事実に追い討ちをかけられれば、もはや何を言葉にしていいかもわからなくなる。


「敵星体が魔法を、ねえ……だとしたら連中、どうやってんなもんを身につけたんだ?」

「まさか、アタシたちと同じように変身してるってわけじゃなさそうだし」


 敵星体に関する推測や憶測はいくらでも出てくるものの、やはりそこには「どのように」と「なぜ」が虫食いになったかのような穴が穿たれていて、それ以上考える手を止めさせてしまう。

 アリスも美柑も、釈然としないといった表情を浮かべてはいるものの、あの電撃によってタイプ・ホールケーキが自己崩壊を起こす様子は確認されていない。

 その上、魔力反応を確認したのだからそれを否定する材料がない、ということは、二人とも理解している様子だった。


「……なんだか、とても嫌な予感がします……」


 絵理はぞくりと背筋を這い回った悪寒に身体を震わせながら、今にも消え入りそうな声でぽつりと零す。

 事実は、人間が思うよりも緩慢に進行するものだと誰かがいっていたが、逆に楽観的でいればいるほど、事態というものは悪化の一途を辿ると相場が決まっている。

 この3年間で、人類は自分たちが思っているよりも戦局を楽観視しすぎていた。

 そして今、そのツケが回ってきたということになるのだろう。

 勘弁してくれと、そう叫びながら床に風呂桶を叩きつけたい衝動に駆られたのをぐっと堪えて、結衣はシャワーの栓を閉じ、無言で更衣室へと戻っていくのだった。

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