62.魔法少女、心火を燃やせ
人を殺して憎まれるのは、自分だけで十分だと、そう思っていた。
アリスは敵がけしかけてきた第三世代魔法少女らしき存在の心臓や脳天へと弾丸を叩き込みながら、あくまでもトリガーハッピーを装って高らかに笑う。
その結果がアナスタシアに獣を見るような目で見られることになったとしても、同業者から不信を買うことになったとしても、この役目だけは自分が引き受けなければならないと、アリスは決意していたのだ。
「エリュシオン──審判──裁定──」
「訳わかんねえことうだうだ言ってんじゃねえ! くたばりな!」
両手に携えている魔法星装「メテオール」の名を呼び、その定義を補強しながらアリスは次々に魔法少女もどきを撃ち落としていく。
あるいは、この役目を負うのであれば敵星体に並々ならぬ憎しみを抱くクラウディアが適任なのかもしれないが、憎悪だけで殺されるのも堪ったものではないだろう。
アリスは敬虔な信徒ではない。
しかし、自らが撃たねばならなかった人間の冥福を、神に祈るくらいの素朴な信仰は持ち合わせていた。
そうだ、憎まれ役は自分ぐらいで丁度いい。
いつかはその報いが来るとしても、地下都市の中でもスラムと化した街区で育ったアリスにとって、殺戮と暴力は日常茶飯事であり、だったら、他の誰かが地獄に行くぐらいなら最初から地獄に生きてきた自分がその任務を引き受ければいいだけだと、そう考えて、大胆不敵にアリスは笑いながら、トリガーを引き続ける。
しかし、どうにもお節介というものは、世話を焼きたがる存在というのはどこの世界にもいるものだ。
正面の魔法少女もどきを狙っていたアリスの背後に迫って、金槌の魔法星装を手にしていた個体が魔力障壁ごと彼女の頭を粉砕しようとしていたその瞬間だった。
「──星罰──失敗──りか、い──」
「油断するんじゃありませんことよ!」
「ちっ……借り作っちまったか」
「そういうことですわ!」
極東管区に所属しているオッドアイの魔法少女、アンジェリカ・A・西園寺が魔法少女もどきの胴体を両断し、その返り血を浴びながらも、果敢に、電撃を放つタイプ・ホールケーキの触手をも返す刀で斬り落とす。
アンジェリカの噂についてはアリスも多少は知っていた。
武勲を求めて戦場を駆ける、自分とは違う性質ながらもどこか似通ったところがある魔法少女だとは聞き及んでいたが、敵が人間の形をしていても躊躇しなかった辺りは、その通りなのだろう。
借りを作ってしまったことに表面上は舌打ちをしつつも、命を救われたことに感謝して、アリスは残された魔法少女もどきの掃討に専念する。
その様子を「オケアノス」のブリッジから観測していた諏訪部は、恐れていた最悪の事態が起こったと、浅黒く焼けた肌を青ざめさせていた。
「……妙だな」
「ふむ……妙とは?」
「……何もかもですよ、東山艦長。今起きている出来事は、我々の理解を超えている」
敵が魔法少女を伴って現れたことは、当たり前だが前代未聞の事態で、しかも敵星体のように光に還っていくだけではなく赤い血が通っている。
それが何を意味しているかは、隣にいる東山にも容易く察せられた。
加えて、それだけではない。
タイプ・ホールケーキは先ほどから電撃を触手の先端から放ち続けているものの、それによって自らの質量を崩壊させた形跡を持たない。
以前にお台場に現れた、タイプ・ショコラータの変異体は質量を熱量に変換することで遠距離攻撃を行なっていたのにもかかわらず、だ。
もしもここに真宵がいたのならば、嬉々として自説を謳い上げていたのだろうが、口に出してしまえばその「最悪な可能性」が確定してしまうようで、諏訪部は口を噤むほかになかったのである。
「……そうだなぁ、理解を超えてるよ。敵星体が現れた頃からな」
「……艦長?」
「あまり気負うなよ、諏訪部大佐。最初から全部ありえんことなんだ。誰のせいでもない。だが……どんな可能性が待ち受けていたとしても、俺たちは生きて、腹を括って戦わにゃならん」
そうでなければ、死んでいった魔法少女たちに、兵士たちに、そして船乗りたちに申し訳が立たないとばかりに、東山は軍帽を被り直しながら、微かな後悔と共に呟く。
もはやこの戦いは、後戻りできないところまで来てしまった。
目の前で起きている事態の全容が呑み込めずとも、ただならないことが起きているのだとわからないほど東山秀という男は愚鈍ではない。
そのために3年間、地球連邦防衛軍は軍備の増強を続けていたのだし、魔法少女たちの負担を少しでも減らそうとして、呪術甲冑の開発にも手を挙げて賛成したのだ。
しかし、今の現状は、魔法少女たちだけを頼りにしなければいけないという始末である。
「艦首魚雷、用意! 間違っても魔法少女に当てるなよ!」
「艦首魚雷、装填しました!」
「撃てぇっ!」
それを歯痒く思いながらも、できる限りの支援をしようと、東山は艦首魚雷の装填を命じて、タイプ・ホールケーキへと照準を合わせて六発を一斉に撃ち放った。
魔力によるオーバーコートが施されていても、主力級航宙戦艦を弄べるほどの巨体が相手であっては、タキオン粒子砲以外の武装は、例え主砲が生きていたとして、焼け石に水だといってもいいだろう。
しかし、水をかけないよりは少なくともいいはずだとばかりに、放たれた艦首魚雷はプログラムに従って、空中に佇むタイプ・ホールケーキへと直進していく。
「好機到来、ですわ!」
アンジェリカは「オケアノス」から艦首魚雷が発射されたのを確認すると、即座に宙返りをする形で姿勢を整えて、メタモルブーストによって増幅された「強化」の特質を持つ魔法を魚雷へと付与していた。
クラウディアとアンジェリカの扱う魔法の特質は似通っていながらも、その線引きは他者にもその法則が適用できるかどうかで大きく分かれる。
あくまでもクラウディアは自分自身を、そしてアンジェリカはあらゆるものを対象に取って、「強化」を施すことができる。
『Vooooo──Ooooooooo!?』
魔法によってその威力が引き上げられた魚雷の着弾は、タイプ・ホールケーキにとっても堪ったものではなかったらしく、苦悶の呻き声を上げながら、クラゲのような巨体を揺らしてもんどり打つ。
付け入る隙があるならば、今ここしかない。
それは誰に言われたわけでもなく、しかしながら示し合わせたかのように、全ての魔法少女が同時に判断していたことだった。
「メタモルブースト! お願い、『シュテルンダイト』!」
「うふふ……砕け、『メテオライト』……!」
「『アブソリュト・ヌーリ』」
メタモルブーストを起動させた美柑は右手に携えた「シュテルンダイト」を携えて、クラウディアはそのメイス型の魔法星装である「メテオライト」を、各々の得物を構えて、一気呵成にタイプ・ホールケーキへとトドメを刺さんとばかりに必殺の一撃を放つ。
例えそれが規格外の巨体であったとしても、どれほどのリソースを消費して生み出された存在であったとしても、各管区の中でも最強と称えられる魔法少女たちによる一斉攻撃を受ければ、身構えていたとしても防ぎ切れるものではない。
敵星体が展開した障壁を上から押し潰すように、魔法少女たちの放った攻撃は殺到し、タイプ・ホールケーキの質量を斬り裂き、抉り取り、粉々に砕いてゆく。
『OooooooooAhhhhhhh!!!』
それでも咆哮をあげて、倒れることがなかったのは敵星体の中にも意地という概念があるからなのかどうかはわからない。
しかし、あれだけの攻撃を受けて尚、死に至ることはないというこのタイプ・ホールケーキという存在が、どれだけ規格外かというのは魔法少女たちも嫌というほど理解させられていた。
「まだ生きてやがんのか……!」
「そのようですわね、しかし……!」
「……お願いします、結衣さん……!」
だが、規格外の存在を抱えているというのはこちらも同じ話なのだ。
芽衣らしき何かをその手にかけた結衣の心は鉄の箱に押し固められたかのごとく、揺らぐことはない。
今、結衣を突き動かしているのは、純粋な敵星体への怒りと憎悪だった。
たとえ、それが何かを生むことなどなくとも、たとえそれで何かが変わるわけなどなくとも、その怒りが、憎悪が、人類にとっての「敵」に向けられている限りは正しくそれは義憤となり、その旗の下に正当化される。
こいつがいなければ、自分は二度も芽衣を殺すようなことはなかった。
こいつがいなければ、スティアが怯えることもなかった。
だから全てはこいつが悪い──それが極めて八つ当たりじみた感情であると理解していながらも、結衣は心火を燃やし、己の魂を星の炉に焼べて、必滅の一撃を撃ち放つ。
「サクラメント……バスター!」
迸る閃光が、結衣の怒りを形にしたかのように猛り狂い、そして爆ぜる。
その後に残ったものは、何もなかった。
メタモルブーストによって増幅されたその魔法に、真っ白な閃光に全てが呑み込まれ、タイプ・ホールケーキは、塵も残さず消え失せたのだ。
「……やったよ、芽衣……スティア……私は、殺したよ……敵を、倒したんだよ……」
最初から敵星体など存在していなかったかのように、相対する全てを光に還した上で、結衣はその唇を引きつらせ、虚な笑みを、その出来損ないを浮かべるのだった。




