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61.魔法少女と一つのお別れ

 美柑が放ったリボルバーカノンによる一撃を魔力障壁で防ぎつつも、その衝撃までは殺しきれなかった芽衣らしき何かは、大きくのけぞって姿勢を崩す。

 今ならば魔力障壁の効果も薄れていると、そう確信を持った結衣は思考誘導弾を周囲に展開し、芽衣らしき何かに向けて撃ち放った。

 本当ならば、引き金を引きたくなどない。

 芽衣はもう死んだのだと、この世にはいなくて、あれは敵星体に味方する、妹と同じ姿をした何かでしかないとわかっていても、結衣にはまだ、躊躇いが残っていた。

 無意識に食いしばった歯からはぎり、と軋むような音が鳴り、瞳の奥にじわりと滲んだ熱が滴り落ちる。

 それは心が流す、透き通った血液だ。

 一度は自分が自分のことで手一杯だったために死なせてしまった、いってしまえば自分の至らなさが殺してしまった妹を、今度は自分の手で殺さなければならない。

 その事実は美柑に叱咤をぶつけられても、結衣の中でそう簡単に割り切れるものではなかったのだ。

 だが、やらなければやられる。

 芽衣らしき何かは、自分のことを姉だと認識している様子はなく、殺戮機械のように瞳のターゲットスコープに収めた己の敵を殲滅するため、敵星体と同じ理屈で動いているのに過ぎない。

 そんなことはわかっていた。

 誰に言われなくとも、目の前にいる何者かの姿が誰であったとしても、きっと結衣の指先は、引き金を引くことを躊躇して震えていたはずだ。

 放たれた思考誘導弾は、直線的な軌道を描く途中で拡散し、四方から芽衣らしき何かを包囲する陣形を組んで炸裂した。

 もしもここで結衣が放っていたものが、「名付け」によって補強された、裁きの名を冠する光の刃であったとしたら、あるいは戦いに決着がついていたのかもしれない。

 しかしその僅かな躊躇いが判断を鈍らせたことで、思考誘導弾が炸裂する頃には芽衣らしき何かは魔力障壁を回復させて、再び体勢を立て直す。


「──静寂、調和──人類──」

「芽衣の顔で、芽衣の声で……意味のわからないことを語らないで!!!」


 芽衣らしきものが、何が言いたいのかはわからない。

 あくまでも語られるのは断片だけであり、その繋がりは途絶しているからだ。

 しかし、芽衣は、芽衣が生きていたのならば、そんなことを語るはずがない。

 結衣の激昂は魔力を更に引き出して、心の中で裁きの名を唱えることで、光輝く刃をざっと十枚、天使が広げる純白の羽のように展開してみせる。


「エリュシオン──先史──宇宙──」

「訳のわからないことを!」


 光輝く刃の操り糸を手繰るかのように、結衣は十枚全てを思考誘導弾のように望む陣形へと整えると、同じように芽衣らしき何かが展開してきた「闇の刃」を掻い潜って、零距離へと飛び込んでいく。

 僅かな躊躇いを、血の赤に染まった記憶を今だけは忘却の彼方に置き忘れたかのように、結衣は目の前にいる何者かが芽衣と同じ顔と姿をしているという事実を切り離して、「光の刃」を、敵の魔法星装へと叩きつけた。

 この期に及んでも、人間というものは身内で殺し合うことを忌避するものなのだ。

 そうとでも言わんばかりに、メタモルブーストをかけた第二世代魔法少女たちを翻弄していた、タイプ・ホールケーキは、結衣を嘲笑うかのように哄笑を上げる。


『Kyokyokyo……Ahhuh!!!』

「こんの悪趣味野郎……『メテオライト』!」


 クラゲもどきの悪辣な態度に怒りを煮やした美柑は、アリスが触手から放たれる電撃のターゲットを買って出てくれているという戦況を確認し、「炎」の特質を込めたリボルバーカノンの全弾を、タイプ・ホールケーキへと見舞う。


『Gyo──!?』


 美柑は己のことを中途半端な魔法少女と自虐しているものの、第一世代として生まれたその魔力は、第二世代以降の魔法少女たちとは一線を画するものがあり、そんな彼女が「名付け」によってその定義づけを行った魔法星装から放たれる弾丸は、クラゲもどきの傘に直撃して燃え盛っていた。

 結衣と芽衣をぶつけて殺し合わせるのは、タイプ・ホールケーキが「学んで」いたことだ。

 生きながらにして身を焼かれる苦痛にもんどり打ちながらも、超巨大敵星体はその命の火を絶やすことなく、立ちはだかる敵への怒りに変えて、触手から放たれる電撃を強化する。

 人間というのは憎み合い、殺し合う生き物であるはずなのに、それが身内となれば徹底的なまでに争うことを忌避する──人間が生まれ持った性質を理解していたからこその作戦、そのはずだった。

 しかし、タイプ・ホールケーキに失策があるとするのなら、それは魔法少女たちを過小評価しすぎていたことと、よりにもよって各管区で最強の魔法少女が一堂に介する沖縄へと侵攻してきたことに尽きるだろう。


「はああああっ!」

「うふふ……潰れて死ね……ゴミが……!」


 メタモルブーストによって第一世代魔法少女相当までその魔力を高めたアンジェリカの持つ、ハサミのような魔法星装が触手を断ち切り、怒りに燃えるクラウディアのメイスが、デフォルトで備えられた衝撃吸収能力を上回る重さで振るわれる一撃を、タイプ・ホールケーキの脳天へとお見舞いした。

 想定外、予想外。

 あらゆる言葉を並び立てても、結局のところは全て自らの失策に還元されると理解してからの、敵の行動は早いものだった。

 傘の中に隠していた触手から、芽衣と同じように虚ろな瞳をした魔法少女らしき何かを数人解き放つと、それを後ろから援護していた絵理とアナスタシアにけしかける。


「もどきをまだ隠してやがったか! けどな、あたしは生憎引き金引くのに躊躇いなんかないんだよな、これが!」


 タイプ・ホールケーキがけしかけた魔法少女もどきは、あくまでも第三世代相当の個体でしかない。

 それは、重慶のダンジョンで得られたリソースのほとんどが第一世代である芽衣を再現することと、自身を生み出すことに割かれていたためであり、いわば彼女たち「もどき」は、その名の通り、星屑のような存在なのだ。

 だが、人間は顔が見えなければ躊躇なく殺し合うが、顔が見えれば途端に躊躇いが生まれる、不完全な生き物であると、タイプ・ホールケーキはそう学習している。

 どこまでも歪で、不完全。

 それこそが人間という生き物の本質だ。

 その事実を証明するかのように、最強と呼ばれた魔法少女であるはずの小日向結衣は、たった一人の敵を排除するのに多大な時間を空費している。

 十枚の羽は光の剣。

 結衣はその一枚一枚に確固たる決意と覚悟を乗せて振るっていたはずだった。

 しかし、芽衣らしき何かは、その攻撃パターンを学習し、同じく十枚展開した「闇の刃」でその攻撃を防いでいる。


「このままじゃ、埒が明かない……!」

「──星罰──」

「……ごめんね、芽衣……!」


 目の前にいるものが芽依ではないと理解していても、結衣の唇は押し寄せる罪悪感から、自然とその言葉を、謝罪を紡ぎ出していた。

 生半可な覚悟であるのなら、最初から戦わずに死んでいた方がよっぽどマシだ、というのは、戦場における摂理として結衣もまた理解していたことだったが、眼前に対峙する存在が、かつての、最愛の妹を模しているということは、予想以上に結衣の壊れかけた心を蝕んでいたのだ。

 いっそのこと、全ての感情が鈍麻していたのならば、どれだけマシだったことだろう。

 楽しいことや嬉しいこと、幸せから人は先に失っていって、後に残るものはいつだって悲しみや後悔、そして怒りだけだ。

 青痣のように残る感情に任せて、結衣は十枚の羽、「光の刃」をもって、「闇の刃」を打ち払うと、深く構えた魔法星装を携えて、全力で芽衣らしき何かへと突撃する。


「メタモルブースト……はあああああっ!」


 その間にも脳裏をよぎるのは、いつも一緒だった、何をするにも一緒だった、愛しくも失った時間の記憶。

 本当に、アニメのような魔法少女になることを夢見ていた心優しい妹との安らぎのひとときは、もう二度と帰ってくることはない。


『お姉ちゃん、わたしね! いつか、正義の味方に……魔法少女になるの!』


 小学校に上がって、学年を重ねてもその夢を手放さなかった、「魔法少女は人助けをするものだから」と率先してボランティアに励んでいた芽衣の姿が、結衣の脳裏にフラッシュバックする。

 夢見た魔法少女とは、正義の味方でもなんでもない。

 星と契約を結んだ、地球に隷従するだけの存在で、軍の管理下に置かれた強大な力、その一つの在り方でしかないものだ。

 そんな現実を知っていたら、芽衣は何かが変わっていただろうか。

 ──きっと、何も変わらないだろう。

 メタモルブーストを併用した捨て身の一撃によって、芽衣らしき何かの胴体に突き立てた光の刃は、いとも容易く魔力障壁を貫いて、深々とその内臓を、骨を、その特質である「光」へと還元して分解してゆく。

 きっと今も生きていたなら、正義の味方を、正しい魔法少女を目指して生きていたのであろう妹の似姿から噴き出る血液にまみれながら、結衣は小さく「ごめんね」と繰り返す。


「……ごめんね……ダメなお姉ちゃんで、ごめんね、芽衣……」


 何が最強の魔法少女だ。

 何が、原初の七人だ。


「あ……ああ……うああああああっ!!!」


 力を失い、だらりと脱力して光に還っていく芽衣らしき何かの亡骸を抱きしめて、その冷たくなっていく体温を両腕に抱きながら、結衣はただ慟哭する。

 自分がやったことは、またも身内を、敵星体に味方していたとはいえ、人間らしきものを殺したことに他ならないのだ。


「──星罰──審、判──お、ねえ、ちゃ──」


 痛かっただろう。苦しかっただろう。

 そんな死を、二度も妹に与えたのが、自分という存在だ。小日向結衣という魔法少女であり、出来の悪い姉なのだ。

 芽衣らしき何かの亡骸が、光の中に還っていくのを見届けて、己の魂を星の炉に焼べながら、結衣は全ての元凶であるタイプ・ホールケーキを睨みつける。

 殺してやると、ただその思いだけで心火を燃やし、結衣は妹が燃え尽きた光の塵と返り血をその身に浴びて、突撃するのだった。

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