60.魔法少女と過去からの侵略
結衣が芽衣──彼女の妹らしき何者かに向けて「光の刃」を振るった理由は、感情が何もかもを置き去りにして先走っていたからに他ならない。
「っ、ああああああッ!!!」
芽衣は、いい子だった。
ちょっとぼんやりして抜けたところこそあったけれど、自分より強く、アニメの中で動いていた魔法少女に憧れて、その役を独り占めしたがる癖はあったけれど、誰よりも優しく、そして感受性が豊かな子だったのだ。
そんな芽衣が、二つ下の妹が死ななければならなかった理由は、あっけないほど単純なものだった。
結衣の「光」と対を成す特質である「闇」の魔法を身につけて、魔法少女としても最強格の力を手に入れたはずの妹は、魔法少女に変身するという夢を叶えたことに浮かれてしまって、とどめを刺しきれなかったタイプ・キャンディにその下半身を食いちぎられる形で死んだ。
『おねえちゃ……わたし、魔法少女に……なれてた、かな……』
自らのドジを省みて苦笑を浮かべながら、次第に体温を失っていく柔らかな手の感触を覚えている。
たった一瞬、たった一秒。
もしもあの時、自分も初めての戦いに気疲れすることなく、芽衣をつけ狙っていた生き残りの存在に気付いていたら。
その刹那の時間が妹という、かけがえのない存在を失う引き金となったことこそが、今の結衣を形作っている願いと祈りの器としての、真っ直ぐに歪んだ在り方の原点だったといってもいい。
だから、妹のことだけは何があっても忘れるまいと、何があったとしても心に刻んで、思い出と共に、背負った罪と共に生きていこうと決めていたのに、目の前にあるものは、なんだ。
「うあああああッ!!!」
結衣の叫びは、もはや言葉の形を成すことはない。
存在そのものが心の傷に覆い被さる瘡蓋を引き剥がして、その傷口に手を突っ込んでかき回すのにも等しい痛みを与えてくる敵星体のやり方に、そして、一度のみならず二度も妹を殺さなければならないという事実に、結衣は涙を滲ませながら、がむしゃらに「光の刃」を振るう。
それを見たタイプ・ホールケーキはその大口を開けて──嗤っていた。
げぎゃぎゃぎゃ、と何かが擦り合わされたかのように不快な響きを立てながら、クラゲもどきの哄笑が戦場に轟く。
「なんだ……? 何があったんだ、おい!」
「……わ、わかりません……結衣さん……?」
「……どうやら使い物にならなそうだけど、こっちは残りを引き受けるだけで手一杯……」
妹のことは、誰かに話したわけでもなかった。
昔、妹がいて、今はいない。
話をしたとしても精々そのレベルであって、言い方こそ悪くともその程度の悲劇は、巷にありふれたものだったからこそ、誰も気にすることなく──否、傷口に触れようとせず、見ないふりをしてきたのだ。
結衣が振りかざす「光の刃」と芽衣らしき何者かが振りかざす「闇の刃」が激突し、夜空を彩る花火の如く火花を散らす。
「それにありゃ……魔法少女、なのか? だとしたら、なんで敵星体と一緒にいやがるんだ……?」
「うふふ、ゴミと一緒にいればそれはゴミと同じこと、だからさっさと殺しちゃいましょう〜?」
結衣の狂乱を、見るに堪えないとばかりに吐き捨てたクラウディアがメイスを構えて芽衣らしき何者かへとその鉄槌を下そうとした瞬間だった。
『Ooooooooohhhhhhh!!!』
沈黙していたはずのタイプ・ホールケーキが咆哮を上げ、無数に伸びる触手の先端から、明らかに結衣だけを避ける形で魔法少女たちに電撃を浴びせかけたのだ。
「くっ、このゴミが……! よくもやってくれましたねぇ……!」
身構えていたアンジェリカやアリス、アナスタシアはそれを回避することに成功していたものの、直撃を受けたクラウディアは魔力障壁を突き破られて、電撃が走る感覚に血反吐を吐き散らす。
しかし、メタモルブーストによって増幅された身体能力は即死を免れさせ、ぎりぎりではあったものの、彼女を生き永らえさせていた。
「この分じゃ援護しようにもやりようがねえ! いいかてめぇら、あたしらはあのクラゲもどきを叩くしかねえってことだ! 腹括りやがれよ!」
「……言われるまでもないわ」
「……っ、結衣さん……」
この戦場で最も冷徹に状況を俯瞰していたのは、アリスだったといえよう。
先行するも、だいぶ失速しているクラウディアを支援するかのように魔力を付与した弾丸をばら撒きながら、後方支援型のアナスタシアと絵理が攻撃を当てるための囮となる。
結衣の火力を抜きにしてこの超巨大敵星体を倒せるかどうかについては疑問符がつくものの、できるかどうかの話ではなく、やるかやらないかという話なのだ。
やらなければ死ぬのなら、死力を尽くして今を生き抜く他にない。
それは魔法少女たちが暗黙の内に共有する誓いのようなものであり、アリスたちもまた、従っているということだった。
身構えている時にも、身構えていない時にも死神は容赦なく訪れて、その首にひやりと冷たい鎌をかける。
だが、身構えていればその分だけ覚悟ができる。
だから、身構えていないよりは幾分かマシだ──兵士たちが語る戦場の摂理に、少女たちは従って、果敢にも超巨大敵星体へと挑みかかっていく。
そして、狂乱に身を灼かれていた結衣は、いつもの彼女らしからぬ大振りな攻撃の隙を突かれる形で、最適化された機械のように振るわれる芽衣らしき何かに手傷を負わされていた。
「なんでッ!!! なんで、芽衣が……ッ!!!」
「──星罰──人類──失敗──」
「答えてよ!!! 答えなさいよ!!! なんで、こんなッ!!!」
芽衣らしき何かは、結衣の叫びと共に投げかけられた問いに答えることはない。
ただ譫言のようにいくつかの単語を口ずさむだけで、虚ろな瞳には結衣の姿すら映してはいないのだろう。
何故、死んだはずの芽衣がいるのか。
何故、敵星体と共に芽衣がいるのか。
何故──もしも目の前にいるものが、芽衣の形をした敵星体だとしたら、「魔法」が使えるのか。
胸中をよぎる疑問はどこまでも果てしなく、しかし答えが返ってくることはない。
その理不尽に抗うかのように結衣は光の刃を振るい続けるが、感情だけが先走った攻撃が、どこまでも冷徹に、機械的に振る舞う存在に通用しないこともまた、戦場の摂理である。
大上段に振りかぶった一撃で、芽衣らしき何かが持つ魔法星装を打ち払おうと結衣は、辛うじて残された理性の断片でそう判断するが、あからさまな狙いは、相手に容易く悟られるものだ。
下段からのカウンターによって「光の刃」を弾き返された結衣は、無防備な胴体を敵前に曝け出すことになる。
「いかん、あのままでは──!」
「主砲は!」
「ダメです、全部やられてます!」
なんとか「オケアノス」のダメージコントロールを終えて、戦いを観測していた東山たちは結衣を援護しようと試みるも、一番弾速のある主砲が全てあの「闇の刃」によって打ち払われてしまった今、援護できる火器は弾着の遅い艦首魚雷くらいしかない。
ここで第一世代魔法少女を、結衣を失うわけにはいかない。
できることもないのにブリッジを飛び出そうとしていた諏訪部の焦りが伝播したのかそうでないのか、それが訪れたのは無慈悲に結衣の胴体へと「闇の刃」が食い込まんとしていた、まさにその瞬間だった。
二人の間に割って入る白銀の直刀が──スティアをホテルまで送り届けてから出撃していた美柑が、闇の刃を受け止めて、結衣の命を繋ぎ止めていたのだ。
「ごめん、遅れた! でも今から取り返すかんね、結衣!」
「……あ、あ……? 美柑……?」
「……何があったか知らないけどさ、しっかりしなよ! 結衣は、アタシたちの中で一番強いんっしょ!? 勝手に思ってるだけかもしんないけどさ、中途半端なアタシよりずっとクールで強いのが結衣なんだから、こんなところで死んだりしないでよね!」
魔力を解放し、「名付け」を行うことでその強度を引き上げた美柑の魔法星装が、「シュテルンダイト」が、それでも夜空を圧縮して一つの質量に織り上げたかのような刃の前に悲鳴を上げる。
美柑は、自分が中途半端な──いってしまえば結衣の下位互換であることを自覚していた。
どの距離でも敵を選ばずに戦えるといえば聞こえはいいものの、絵理のような広域殲滅に特化しているわけでもなく、近接戦闘においては第二世代魔法少女であるアンジェリカと大して変わらない。
だからこそ、結衣にはクールでいてもらわなければ困るのだ。
第一世代魔法少女の中で、「原初の七人」の中で何故自分が生き残れたのかを美柑は知っている。
中途半端だからだ。
今のアリスと同じように広域殲滅を得意としていた亜美にも、結衣よりも近接戦闘に特化していた美琴にも及ばないからこそ、そのバックアップに回る分、魂の「猶予」が多い。
ただ、それだけのことだ。
無理やり力を込めて「闇の刃」を弾き飛ばすと、美柑は芽衣らしき何かに向けて、特質である「炎」を込めたリボルバーカノンを発砲し、結衣との距離を引き剥がす。
戦わなければならない。
それは、過去と。
結衣は、最愛の妹と同じ姿をした何かを、涙で霞んだ目で見据えながら、再び同じ過ちを繰り返すことがないように、「光の刃」を展開する魔法星装を握りしめるのだった。




