59.魔法少女、あり得ざる邂逅
第二世代魔法少女たちがメタモルブーストという切り札を切ったことで、膠着していた戦況は徐々に連邦防衛軍側へと傾き始めていた。
人智を超える力を手にした魔法少女を更なる高みへと引き上げるその行為には、大いなる代償が伴っているものの、切り札というものは切れる時に切らなければ意味がないのだ。
力をただ持っていることだけに価値があるのは、相手が言葉を交わせる存在だった時だけだ。
敵星体との対話が不能である以上、どちらかが倒れるまで、どちらかが根絶やしになるまでこの戦いが終わることはない。
「ジャッジメント……!」
それを理解しているからこそ、結衣は僅かでも早く戦いが終わるように、アンジェリカたちの魂を燃やす時間が少なくて済むようにと、名付けによって補強された光の刃を翼のごとく身に纏う。
その羽の一枚一枚が、並の敵星体を死に至らしめる刃であることは、ここにいる魔法少女の誰もが知る通りだ。
広域殲滅、近接戦、対大型戦──全ての領域において「最強」の名を冠する魔法少女こそ、小日向結衣に他ならないのだから。
光の刃は天蓋のない青空を飛ぶ飛竜級の身体を覆う紫水晶の鱗を、熱したナイフでバターを切り分けるがごとく、容易く切り刻み、その肉体を塵へと還す。
「……援護します、結衣さん……!」
「お願い、絵理!」
しかし、ゼネラリストとスペシャリストであることには大いなる隔たりが存在する。
結衣が展開する、裁きの名を持つ「光の刃」は思考誘導弾よりも威力が強化されているものの、一撃一撃が大きいためにその隙もまた同じだという弱点を抱えている。
故にこそ、結衣が撃ち漏らした個体を、あるいは「光の刃」を受けてまだ息がある変異体を確実に殺すため、絵理はその毒を、敵星体だけを殺す力を躊躇いなく振るう。
絵理は、結衣のためならば、その命すら天秤の片側に躊躇なく乗せられる人間だ。
そういった意味では、彼女は結衣より脆いが、結衣よりも強靭であるといえた。
対して結衣の脆さは、全てを、戦場における命の全てを救おうとするその在り方と、スティアただ一人のために戦うという理由の矛盾によって生まれたものだといえる。
最強だと、原初にして頂点の第一世代といくらおだてられたところで、人間一人の両腕に抱え込めるものなどたかが知れているのは、いうまでもないことだ。
それでも、たった一人の犠牲も良しとしない結衣の在り方が頑迷なほどに変わらないのは、その生死を問わず、今まで関わってきた人々の願いや祈りによるものであるといえる。
願いとは呪いであり、祈りもまた同義である。
ここまで積み重ねてきた犠牲を無為にしないためにと、ここまで歩いてきた足跡を消さないようにと願う意識が心を苦しみに縛りつけ、戦い続けろと叫んでいるのだ。
天蓋や壁があったダンジョンとは異なって、飛竜級の脅威は解放された空間、そして遮蔽物や守るべきものがない海上というロケーションにおいて、結衣にとっては極めて低いものだった。
杖の先から展開した光の刃が、吐き出された炎のブレスを両断し、そのまま縦一文字に飛竜級を天から地へと撃ち落とす。
「流石は第一世代最強ってとこだな! あたしも負けてらんねぇなぁ!」
なあ、そうだろ。
虚空に向けて叫びながらアリスが引くトリガーが、銃口から吐き出される弾丸が、未だしぶとく残り続けるタイプ・キャンディやタイプ・クッキーといった小物から、結衣の刃によって翼を斬り落とされた飛竜級といった大物までを燃やし尽くす。
その傍らで、同意を求められたアナスタシアは渋々といった具合に白く染まった溜息を吐き出しながら、絶対零度の凍結で敵星体の群れを次々に壊滅へと追い込んでいく。
巨大なダンジョンから丸々一つ這い出てきた群れであったとしても、今沖縄を目指すのは愚策だったといえよう。
あのタイプ・ホールケーキが率いる群れは、わざわざ、全管区から集められた最強の魔法少女たちが雁首を揃えている中に突っ込んできたのだ。
魔法少女を過小評価しすぎていたのか、あるいは沖縄に何か敵星体を引きつけるものがあったのか、その理由は不明なままだ。
しかし、どちらにしてもあのクラゲのような敵星体がとった行動は無軌道で、愚かなものだ。
東山艦長は、「オケアノス」のブリッジから主砲を投射する指示を下しながら、未だ自分から何かをすることはしないタイプ・ホールケーキを睨みつける。
敵星体を愚かだと断定することは簡単だ。
だが、どうしてかはわからなくとも、わざわざ沖縄に突っ込んできたのだから、そこには理由や動機といったものが存在していなければならない。
敵星体には知性がある、というのが「ラボラトリィ」の見解であり、加えてそれは高度化の一途を辿っている、というのが宮路真宵の予測だった。
ならば、隠している何かがあるはずなのだ。
艦長席の隣で直立している諏訪部も同じことを考えていたのか、東山と交錯した視線の中には、明らかな敵への不信が滲んでいた。
「敵さん、何を隠しているかね?」
「わかりかねますね」
「だろうねぇ……どちらにしろ、ろくなものじゃあないんだろうが……」
生真面目な諏訪部の返答に、東山は苦笑を浮かべる。
しかし、敵星体が何かしらろくでもないものを隠している、という見解そのものは一致している、ということに、嫌な予感を覚えるのは半ば必然だといえた。
戦場において、いい予感と悪い予感が並んだのなら、大体のケースで的中するのは後者の方だ。
どちらも経験に基づいたものだとしても、いい予感というのはそこに意識的であれ無意識であれ、期待が、楽観が滲んでいる。
対して、悪い予感というのは常に最悪のケースを想定する、思考にマイナスのバイアスがかかっている時に芽生えるものだからこそ、今が危機であると認識しているからこそ、よく当たるものなのだ。
それが一般論かどうかはともかくとして、東山の持論であり、彼がそれを戦場の摂理として敵星体との地獄の戦いを、船乗りとして生き抜いてきた理由の核であることは確かだった。
そして、その予感は見事に的中することになる。
「エリュシオン──星罰──」
言葉が、走った。
誰の、と、結衣が身構えたその時には戦場を文字通りに斬り裂く縦一文字の一撃が炸裂し、「オケアノス」の魔力障壁とぶつかり合って火花を散らす。
幸い、オケアノス級の巨体が積み込める呪術回路は容量が大きく、第二世代魔法少女に相当するだけの魔力を確保することができているため、その一撃によって轟沈する、ということはなかったものの、主砲の何本かはへし折れて、あるいは蚕食されたかのようにじわじわと「何か」に蝕まれて熔け落ちていく。
飛来した「それ」が何であるのかを真っ先に理解したのは、不幸にも結衣だった。
自身の特質である「光」と対を成す、この世の全てを否定する特質。
それは、もうこの世に存在しない「魔法」のはずで。
「ッ!!!」
何事かを口走った存在の方に、結衣が言葉にならない叫びと共に振り返れば、そこには、彼女を幾分か幼くしたようなあどけない顔立ちの少女が、自身とよく似た意匠のゴシックロリータに身を包み、虚ろに佇んでいる姿があった。
──間違いない。
だけど、どうして。
魔法星装を持つ右手に汗が滲み、理解不能な、いくつもの感情をバケツの中に溶かしたカクテルをぶちまけたかのような思いに、心臓が早鐘を打つ。
恐怖、不信、否定。真っ先に立つ感情と、その奥に潜む懐かしさと愛しさが矛盾を起こして、結衣はその身を震わせる。
「どうして……」
「──星罰──失敗──沈黙──」
「どうして、芽衣がここにいるのよ!!!」
それも無理はない。
何故なら、結衣の目の前にいたのは、幼い日に永遠の別れを果たしたはずの、魔法少女に変身したその日に、とどめを刺し損ねた敵星体に食いちぎられて命を落とした妹と、瓜二つの姿をした何かなのだから。
あれが芽衣ではないことなど、他でもない結衣が一番よくわかっている。
妹は死んだ。もういない。
しかし、今目の前に、妹と同じ特質の魔法を使いこなし、譫言のように何事かを掠れた声で口走る「何か」が、少なくとも、魔法少女と推定できるものがいる。
これが悪夢ではなく、なんだというのか。
スティアの言葉と、芽衣らしきものが口走った言葉が符合することも忘れ、結衣は怒りと悲しみが綯い交ぜになった激情に身を任せ、光の刃を振りかぶるのだった。




