57.魔法少女、南海に戦う
アリスによる弾幕砲火、アナスタシアが操る氷の魔法、そして「オケアノス」の主砲による火力支援によって、先鋒として突撃を図るタイプ・キャンディは順調にその数を減らしていた。
親玉であるクラゲのような敵星体は未だ後方で漂っているだけだが、それが何を意味しているのかは、戦場に合流した結衣たちにもわからない。
言葉を尽くしてもわかり合えない敵が相手であるのなら、戦う以外の選択肢は残されていない。故に戦う。故に、殺し合う。
轟音と共に秒間十数発という驚異の連射力を誇る「オケアノス」の主砲が、ちらほら戦線に入り混じりはじめてきたタイプ・クッキーを粉砕し、タイプ・キャンディを焼き払っていく。
そんな中で今、戦場の最前衛を務めている魔法少女──クラウディア・ゼッケンドルフは、その筋骨隆々とした体に秘められた力を、特質である「自己強化」の魔法で増幅し、魔法星装であるメイスをタイプ・クッキーの脳天に振り下ろしていた。
ぐしゃり、と、何かがひしゃげ、砕ける音と共に頭部から縦に圧縮されたかのように潰れて砕けるタイプ・クッキーに対して、クラウディアの視線は冷淡そのものだ。
「うふ、また一つゴミの掃除ができましたね〜? 安心してください、貴方のお仲間も、全部、ぜーんぶ、ゴミらしくゴミ箱送りにしてあげますからぁ」
クラウディアの表情は、その物騒な言動に反して不気味なほどに爽やかで鮮やかなもので、慈母のような笑みを浮かべながら、彼女の自慢のメイスは無慈悲にも大型の敵星体を真っ向からその力でねじ伏せていく。
暴力。
クラウディアという魔法少女を一言で表すのならば、それに尽きるだろう。無垢に地球の平和と人類の友好を信じる傍らで、その障害となる敵星体を殴殺し続ける。
敵が理解不能、対話不能の存在であったからいいものの、これがもし人間同士の争いであったのなら、と、背中を預ける立場にある結衣やアリスたちも、その異様な光景には、戦慄を禁じ得なかった。
「ったく、おっそろしいぜ……結衣とかいったな!」
「うん、私の名前はそうだけど」
「さっさと畳んでバカンスの続きと洒落込むぞ、あたしに続け!」
「……わかった。行くよ、絵理」
「……は、はい……っ!」
幸い、群れの前面に展開されている敵星体はタイプ・キャンディやタイプ・クッキーが大半であり、変異体の存在も確認されていない。
その最後方に控えている超巨大敵星体が、今のところは何もせずに漂っているだけで、何を考えているのかわからないのが不気味ではあったものの、仕掛けてこないというのであれば、こちらから仕掛けるだけのことだ。
結衣は大量の思考誘導弾を展開し、縦横無尽に空をかけるタイプ・キャンディを、脳内でいくつかの塊にわけて撃ち落とす。
結衣の魔法が思考によるミサイルのようなものだとすれば、絵理が今放とうとしている魔法は無差別の殺戮兵器に等しいものだ。
人間を治療する魔法、という概念を反転させて、「敵星体を殺す毒」へと定義付けしたその魔法は、大型の個体には効果が比較的薄いものの、小型や中型の個体であればほとんど時間もかけずに朽ち果てるほどに強力なものだった。
「……これで……っ……!」
か細く弱々しい絵理の声とは対照的に、リング状の形を形成して放たれたその「毒」は、彼女に群がろうとしていた無数の敵星体を飲み込んで、活性化しすぎた細胞が膨れ上がるかのように、或いは体液が沸騰したかのようにぼこぼことその躯体を泡立たせ、破裂に、或いは消滅に導いていく。
結衣のサクラメントバスターは貫通力に優れ、それなりの範囲も巻き込める魔法だったが、絵理の「毒」が持つ殲滅能力は、アナスタシアの魔法にも匹敵するものであり、久々にそれを拝んだ結衣は、思わず息を呑んでいた。
「やるじゃねえか、第一世代! けどな、あたしたちも負けてらんねえんだよ!」
アリスは魔力によって無限に生み出される弾丸を絶え間なく銃身から吐き出させながら、口元に獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。
彼女の魔法特性は「付与」であり、ただの銃弾を、絵理と同じように敵性体を殺す毒の塊に仕立て上げたり、或いは焼き尽くす炎に変えたりと、応用性が極めて高いものだ。
今はアリスも「毒」の弾丸を選択しているようだが、驚くべきは魔法少女だからという理由ではなく、純粋な射撃の腕で一射一殺を実現していることだった。
各管区における最強の魔法少女を集めた、という触れ込み通り、沖縄を守るための戦力は過剰なものだとも思えたが、未だ背後に控えるだけで何もしてこない超巨大敵星体の不気味さを考えれば、これだけの面子を揃えてようやく、というのが正直なところなのだろう。
結衣は思考誘導弾と杖の先から展開する光の刃による合わせ技で、自身に迫り来る敵星体を塵へと還しながら、今はただ空を漂っているクラゲのような何かを一瞥する。
『聞こえるか、マジカル・ユニット及び各管区における魔法少女諸君!』
砲撃を続けている「オケアノス」からオープンチャンネルで開かれた通信から聞こえてきたのは、諏訪部の声だった。
『連邦本部は現時点であの巨大敵星体を「タイプ・ホールケーキ」と認定、優先殲滅目標へと指定した! こちらもできる限りの火力支援を行うつもりだ、該当する個体の殲滅を頼む!』
諏訪部は通信機に向けて声を張り上げつつ、東山艦長が砲撃班に指示を下す声を聞く。
最悪のシナリオとしては、やはり「オケアノス」の艦首に装備されている二連装タキオン粒子砲を地上で放つ、ということになるだろう。
しかし、魔法少女たちであれば、全管区の中から選りすぐりで集められた彼女たちであるならば、その最悪のシナリオを回避することができるはずだ。
そんな信頼を胸に抱きながらも、年端もいかない少女たちに戦いを任せているという、その責任を丸投げしているという情けなさに諏訪部は唇を噛んでいたが、どうしようもないものはどうしようもない。
頼られて悪い気はしない、とまではいわなくとも、自分たちがやるしかないということを、結衣は最初から覚悟の上でこの戦場に立っている。
クラウディアと合流したアンジェリカが、そのハサミのような魔法星装でタイプ・クッキーを両断するのを見届けながら、結衣は思考誘導弾で二人を背後から狙うタイプ・キャンディを排除していた。
『第二波、来ます!』
『迎撃用意! 間違っても魔法少女たちに当てるんじゃあないぞ!』
第一陣が片付いたかと思えば、「タイプ・ホールケーキ」と認定された超大型敵星体の触手が、さながら指示を下すようにじゅるり、と伸びて、その前面に佇んでいた変異体を含む群れを、魔法少女たちへとけしかける。
──真正面からの戦いを挑まれているのだろうか?
結衣の中に、一つの疑問が湧き起こる。
タイプ・ホールケーキの戦い方に限らず、最近戦った敵星体からしてそうなのだが、3年前はどこまでも機械的に人類を殲滅しにかかっていたはずの彼らに、言語化できない変化が起きていることを、結衣は感じ取っていた。
それはともすれば、人間的ともいえるようなもので、ただ人類の殲滅を目的としているにもかかわらず、非合理的な手段をわざわざ敵星体が選んでいるその理由は、どう考えても理解できるものではない。
それとも、他のところに目的があるのだろうか。
思考が横道に逸れてきたのを咎めるように結衣は首を小さく振ると、目の前で鎌を振り下ろそうとしていたタイプ・クッキー、「蟷螂」級を、光の刃で縦一文字に両断する。
「……考えてる場合じゃない、か」
油断をすれば、第一世代だろうが第二世代だろうが、他の何かであろうが、死神は平等にその鎌を首元へと突きつけてけたけたと笑う。
身構えていれば、死神を遠ざけられるというわけではない。しかし、その覚悟を固めることぐらいはできる。
それが戦場における一つの仕組みなのだと、自分に強く言い聞かせ、結衣は変化する敵星体のことを今は頭の中から振り払い、第二波として戦場に雪崩れ込んできた敵の群れを薙ぎ払ってゆくのだった。