54.魔法少女と動き出す戦況
沖縄での合同会議が行われるより時はわずかに遡り、重慶奪還戦は、恙無く進行していたはずだった。
主力級航宙戦艦を五隻投入しての外縁部における火力支援に加え、相当数の第二世代魔法少女及び第三世代魔法少女、そして78式呪術甲冑が投入されたことにより、時間はかかっても攻略そのものは成功するだろう、というのが北京管区における見方だったのだ。
しかし、現実はそう上手くいくものではなかった。
鉄風雷火が吹き荒ぶ戦場で、外縁部における「はぐれ」の掃討に徹していた78式呪術甲冑のパイロットの女性は、タイプ・キャンディを両手に保持したアサルトライフルで撃ち落としながらも、その異常の予兆とでも呼ぶべきものを感じ取る。
「引き返してくる反応が一つ……?」
本来であればダンジョンの深部に到達しているはずの魔力反応がこちらに向けて引き返してくるという事態に、もしや敵前逃亡でも起こったのかと思案するが、引き返してきた魔法少女からオープンチャンネルで発信された情報が、彼女も含めた重慶攻略軍の面々を凍りつかせる。
『聞こえていますか、皆さん! ダンジョン深部に潜んでいた巨大な……未確認の変異体が飛び出そうとしています! 私たちは間に合いません、早く退避の準備を──!』
通信機から聞こえてくる切羽詰まったその声に、呪術甲冑陸戦隊や主力級航宙戦艦を指揮する艦長たちも皆一様に身を強張らせたものの、最早事態は手遅れなところまで達していた。
地響きなどという言葉でも生温い、地殻の底から思い切り突き上げられたかのような振動が響いたかと思えば、聳え立つ結晶塔を押し破って、周囲の地盤を沈下させて、「それ」は地の底から、生まれる時を待ち望んでいたかのように這い出してくる。
「な、なんだ……? 何が起こっている!」
「不明です! しかし、巨大な敵星体反応が──」
「反応途絶! 呪術甲冑隊も、内部に侵入した魔法少女隊も応答ありません!」
発生した地割れに多くの呪術甲冑隊と、そしてダンジョンだった場所に多くの魔法少女たちを生き埋めにする形で地上に顕現した「それ」は、東京に現れたタイプ・ショコラータに匹敵するほどの巨体を保持する、キロネックスと呼ばれるクラゲによく似た敵星体だった。
しかし、重慶攻略軍を驚愕させたのはそれだけではない。
彼らは超巨大敵星体が取り巻きとして多くの敵星体を引き連れていることは周知の通りだったものの、その取り巻きの中にありえない──本来ならばいるはずのない、いてはならない存在の姿を認めたのだ。
「馬鹿な、魔法少女だと!?」
無数のタイプ・キャンディやタイプ・クッキー及びその変異体に混じって、確かにその人影は数人ほどではあるものの、確認されていた。
虚ろな目で、壊滅した重慶攻略軍を見つめる魔法少女と思しき存在の瞳に、およそ感情と呼べるものは感じられない。
しかし、彼女たちは重慶のダンジョンへと投入された魔法少女の誰ともその顔も識別コードも一致せず、その反応は魔力反応ではなく、微弱ながらも敵星体反応を示していた。
何が起こっているのか、艦隊の総旗艦である、主力級航宙戦艦「丹陽」の艦長を務めている男には、今起こっている事態は到底理解できるようなものではなかった。
それは男だけではない。
空中に浮かんでいたことで辛うじて地割れからは逃れることができた主力級航宙戦艦のクルーたちは皆一様に動揺を示していて、それは、戦線からの即時離脱という選択肢すら彼らの脳内には浮かんでこないほどだった。
『エリュシオン──』
「な、なんだ? 言葉が話せるのか?」
『星罪──裁き──エリュシオン──』
クラゲのような超巨大敵星体を守るかのように、主力級航宙戦艦の前に立ちはだかった、魔法少女と思しき何かは譫言のようにそう呟くと、闇を形にしたような刃をその魔法星装である魔法の杖から展開し、無感情にその刃を振り抜く。
推定魔法少女が放った攻撃の反応が魔力反応と敵星体反応が混ざり合ったものであることに気付いた観測手は艦長へと進言を出そうと立ち上がったが、「丹陽」のブリッジが闇を纏った刃によって破壊し尽くされたのは、正にその瞬間だった。
旗艦を失ったことで、元々崩壊していた指揮系統は崩壊を始め、二番艦と四番艦が超巨大敵星体の排除に向けて主砲を向けたかと思えば、三番艦と五番艦は撤退を優先して回頭する。
最早この戦場に秩序はなく、ただ生き残った者たちが各々、好き勝手に動き回るだけの集団となり下がれば、軍隊は軍隊としての意味を失う。
しかし、そんな戦場の摂理など意に介した様子もなく、クラゲのような超巨大敵星体──タイプ・ショコラータすら超えた、アンノウンと呼ぶべき存在は己に牙を向けてきた二番艦と四番艦をその触手で絡めとると、無邪気な子供がおもちゃをぶつけ合って遊ぶかの如く衝突させて、瞬く間に二隻の主力艦をスクラップに変えてしまう。
そういう意味では、回頭しての退却を選んだ三番艦と五番艦は賢かったといえる。
しかし、それすら逃さないとばかりに、紫色のゴシックロリータに身を包む魔法少女らしき存在は、出遅れていた五番艦を沈めようと加速し、闇を纏った刃を振りかざす。
「艦長!」
「わかっている! ここは本艦を盾にして、記録の送信までの時間を──」
『裁きを──』
しかし、主力級航宙戦艦という巨大な物体に対して、魔法少女という的はあまりにも小さすぎた。
いかに高精度な照準システムを持っていようと、それを振り切るほどの速度と的の小ささの前には自慢の陽電子衝撃砲塔もその威力を十分に発揮することなく、縦一文字に切り裂かれた五番艦は、数十秒と持たずに爆散していた。
「データの転送はどうなっている!」
「進捗状況、四割です! これでは……」
「我らは犬死ということか……! しかしただでは死なんぞ、あの魔法少女を、人類の裏切り者を叩き落とすのだ! パルスレーザー全砲門開け! 主砲の照準には期待するな! 撃て、撃て、撃ちまくれぇぇぇっ!」
三番艦の艦長を務めていた男は半ば錯乱した様子でそう叫ぶと、全ての火器を魔法少女らしき存在へと向けて斉射する。
だが、何事かを呟いた魔法少女らしきものは、闇を纏った刃を翼のように展開すると、その苛烈な攻撃を掻い潜って、ブリッジに無数の刃を突き立てていく。
主力級航宙戦艦には相応の呪術回路が組み込まれ、その防衛機構である呪術結界も正常に作動していたはずだったが、それも虚しく、闇を形にした刃は艦橋を、エンジンを貫いて、最後の生き残りとなった三番艦を爆沈させた。
データの四割──沖縄での対策会議に提出された分だけでも転送できただけ救いはあったといえるが、重慶奪還戦は、誰がどう見ても大敗という結果に終わったといっても過言ではない。
貴重な第二世代魔法少女、第三世代魔法少女、そして呪術甲冑と主力級航宙戦艦が全滅するという結果に、敵星体はそれで満足したのか、管区にとっての本土である北京ではなく、ふらふらと、ふわふわと、魔法少女らしき存在を連れて何処へと向かっていく。
『星罰は下された──は、我らエリュシオンを──』
その魔法少女と思しきものは、虚ろにそう呟くと、本来は相容れない存在であるはずの敵星体に寄り添いながら、その巨大なクラゲを慈しむようにそっと撫でながら、彼が意図する場所へと導かれるように飛ぶ。
そうだ。星罰は下された。
魔法少女らしきものは、吹き抜ける風に薄桃色の髪を靡かせながら、壊れたテープレコーダーのように何度もその言葉を繰り返す。
そして、心なしかクラゲのような巨大敵星体はその様子を見て、本来、クラゲにあるはずがない巨大な牙が生え揃った口を歪めてみせる。
さながら、人類の歩みを嘲笑うかのように。
これからが本当の地獄だと、ほくそ笑むかのように。