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53.魔法少女と楽観主義者たち

「しかしだね、君。こうして人類が反転攻勢に出ている今、敵星体を地球から叩き出すのは時間の問題ではないかね?」


 リゾートホテルの大会議室、スクリーンに提示された現在の戦況を一瞥した男は、そもそもこの会議自体が無駄ではないのかとばかりに肩を竦める。

 事実、四国奪還戦の成功と、極東管区からの積極的な攻略成果の共有によって、各管区におけるダンジョン・アタックはその成功性を以前とは比べものにならないほど向上させていた。

 だが、それでも不安要素の全てが排除されたというわけではない。

 諏訪部は案の定とばかりに出てきたその意見に眉をひそめたくなるのを堪えて、あくまで客観的な立場を貫き、語る。


「仰る通り、人類が反転攻勢に出ているのは確かなことです。ですが敵星体の中にも奇妙な動きがある以上、この攻勢を維持するためにも攻略成果の共有とその対策会議は必要なものかと」

「ああ……変異体とかいうものかね? 現状、奴らが『巣』にこもって出てこない以上、君たちが策定してくれた攻略難度に応じた第二世代魔法少女の投入でなんとかなっているだろう」


 はぐれの個体にまであの飛竜級が出現するようになればそれは大惨事だが、現状ではそのような動きは確認されていない。

 痩せぎすの身体をスーツで包んだような、北欧管区の代表者の一人は諏訪部の意見を一笑に付して、再び椅子に腰を落ち着ける。

 結局のところ、彼ら有識者や官僚の中にもバカンス気分で沖縄に集まった人間が大半とまではいわずとも、結構な割合を占めているのだろう。

 諏訪部は無言で各地に出現した変異体のデータをスクリーンに投影し、プログラムの進行通りにその危険度を解説する。


「見ての通り、変異体が確認されたのはダンジョン内部がほとんどですが、ごく稀に、なんらかの手段をもって呪術結界を通過し、都市部に出現した例もあります。特にタイプ・ショコラータ……あの質量を熱量に変化させる個体が複数現れれば、結界の外からでも破られかねません」


 お台場に出現した、怪獣映画の中から抜け出てきたような個体のデータを大写しにして、その時現場に居合わせた呪術甲冑隊が記録していた映像を、諏訪部は再生する。

 そこに収められていた、町一つを軽く焼き払えるほどの威力を持った熱線を変異体が吐き出す様子を見せれば、意見は変わるかと思ってのことだった。

 だが、主に安穏が続いている北欧管区や南米管区の代表者たちは、それこそ怪獣映画を見ているような具合で首を傾げている。


「極東管区は貴重な第一世代魔法少女を三人も抱え込んでいる。加えてこの事例が今のところは東京以外で確認されていないとなれば、何か例外的なことではないかね?」


 しかし、その熱線の威力は確かに伝わっていたようで、起立し発言したラテンアメリカ系の男性──南米管区の代表者であるコーウェン・カークス中将は、そう信じたいのだとばかりに、こめかみへ脂汗を滲ませていた。

 確かに、東京以外で呪術結界の内部に敵星体が出現したという情報は今のところ確認されていない。

 ただ、それが東京以外での都市において同じことが起こらないという保証はどこにもない。

 そうなった時、あの怪獣のような変異体、その熱線に対抗できるだけの魔法少女が極東管区以外に揃っているかと問われれば、それもまた深刻な問題だった。


「仰る通り、今のところは例外ですが、敵星体の動きが活発化している以上、同様のことが起きないとは限りません。そうなった時……最悪の事態に備えて各管区における結びつきを強化しておくのが最善だと、我々は提言しているのです」

「うむ……確かにそれも一理ある。我々が攻略に挑んでいる重慶のダンジョンにも動きがあったという報告がなされている。これからは管区の枠を超えての共同作戦なども、積極的に打っていく必要があるのではなかろうか」


 諏訪部の言葉に乗ったのは、北京管区の代表者、劉王芳中将だった。

 眼鏡の蔓を指で持ち上げながら、今投影しているモニターの映像、そのコントロールを渡すように諏訪部へと視線で指示を下すと、彼はおもむろに立ち上がって、画面に映した重慶のダンジョンを指し示す。

 そこに聳え立つ紫水晶の結晶塔は、旧松山市にあったものと同等かそれ以上の規模であり、多くの航宙艦や呪術甲冑、そして魔法少女が世代を問わず投入されていく大規模作戦であることを示す映像が映し出されていたが、それはどういうわけか、途中で途切れてしまっている。


「我々にこの資料が届けられたのは直近のことで、正直なところ、動揺を隠せない。しかしらこの場において開示することに価値があると信じて、今共有したものだ」


 劉中将は咳払いをしながら、悲壮な覚悟をその表情に滲ませながら言い放つ。


「重慶にこのような動きがあったとは……」

「しかし、我々は……」

「極東管区に主導されるのは癪だが……各管区の連携を密にせねばならんな、これは」


 その映像は、静まり返っていた議場に一石を投じるには十分な衝撃を持っていた。

 敵星体が確実になんらかの変化を遂げている、という情報と、他管区では比較的ダンジョンアタックが上手くいっていた中で、重慶奪還戦の進捗が思わしくないということを共有してくれた北京管区の代表者に諏訪部は内心で感謝しつつも、また新しい胃痛の種ができたことに頭を悩ませる。

 極東管区は「救世の七人」作戦を成功させたことで、赫星戦役を終わらせたその功績で、地球連邦政府の中でも大きな発言力を持っているため、それを嫌っている管区は珍しいものではない。

 特に戦前大きな発言力を持っていた北米管区やモスクワ管区、そして北京管区などがその代表として挙げられる。

 だが、それでも北京管区が恥を承知で重慶奪還戦の映像史料を共有してくれたのは、同じ危機を認識してくれているからだ。

 人類は生き残らねばならない。

 それこそが地球連邦政府の抱える至上命題である以上、その認識はいかに派閥が分かれようとも、この場にいる全員が共有しているものだ。

 ざわめき出した議場に飛び交う言葉の中に極東管区にこれ以上政治的なイニシアチブを握られたくないという思惑は見て取れるものの、少なくとも諏訪部にとってはそういう駆け引きは政治家がやるものだと割り切っていてら軍人としてはあくまで今、人類に危機が迫っているかもしれないというその感覚を共有してもらいたいだけだった。

 それに、「ラボラトリィ」の、真宵の推測通りにダンジョンが敵星体にとっての実験室であるなら、そのフラスコの中身に納得がいけば、それは実証へと移されることになる。

 あくまでも最悪を想定した可能性にすぎないが、可能性があるというならば対策を考えなければならないというのが、軍人の仕事なのだ。

 加えて重慶のダンジョンに不穏な動きがあるという情報がもたらされれば、そのシナリオを想定しない方がどうかしている。

 今までは「巣」に押し込められていた敵星体による反攻──それが始まった時、果たして人類は生き残ることができるのか。

 この沖縄に各管区最強の魔法少女が集められたのが無駄にならない予兆を感じて、諏訪部は思わず小さく身震いする。

 ──冗談じゃない。

 あの楽観主義者たちのように構えていられれば精神的には楽だったのだろうが、とてもそうはいっていられる状況ではなさそうだった。


「とにかく、我々は今まで以上に管区の枠を超えた連携を行っていかなければなりません。各管区に提供したデータを元にオケアノス級航宙戦艦の増産も始まっていると小官も聞き及んでおりますが、その完成には時間がかかる。取り急ぎ、まずは重慶の動きを見ることが必要でしょう」


 諏訪部の総括に反対する人間は、少なくともこの場においては一人もいなかった。

 まだそれだけの理性が残っていてくれたことに感謝しながら、お開きとなった議場を諏訪部や閣僚、官僚たち有識者は後にする。


「重慶の動きは初耳だった。こりゃあ、『ラボラトリィ』も急かさなきゃいかんな……」


 敵星体が何を考えているのか、対話が不可能である以上それさえ不明で、与えられた情報や集めた情報をもとに推測を重ねなければならないというのは、負担であるとはわかっていても、いち早く対応を考えなければ滅ぶのは自分たちだ。

 人類は、まだ戦いに勝利していない。

 あの破滅をもたらしかけた赫星戦役を乗り越えてなお、人類に襲いかかる敵星体──どこまでも厄介な災禍に諏訪部は怒りを煮やし、指示棒で強く掌を打ち据えるのだった。

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