51.魔法少女、邂逅する
敵星体対策緊急会議の開催は速やかに可決され、各管区の官僚たちが一足先に「オケアノス」に乗って沖縄へと向かう中で、結衣たちもまたその護衛として艦に同乗していた。
ハイジャックや襲撃を懸念してのことだったとはいえ、わざわざ敵星体の勢力圏を避けて地球を一周してから沖縄に向かうという迂遠な旅路の中で魔法少女たちに出番があったかといえば、そのようなことはない。
道中で「はぐれ」の敵星体に遭遇することこそあったものの、それらは全てタイプ・キャンディや、通常体のタイプ・クッキーだったことも相まって、「オケアノス」の殲滅能力の前にはあえなく散っていく他になかったからだ。
秒間隔で連射される、呪術回路によって魔力補強が施された陽電子衝撃砲塔から放たれた光線に敵星体が灼かれていく様は、官僚たちにとっても気分が良いものであったらしく、「オケアノス」の中で行われる食事会では、すっかり気を良くした誰かが勝利も同然だと宣っていた。
そんなことを、結衣は展望室から眼下に見下ろす南海を見つめながら思い返す。
官僚たちの中にもすっかり祝勝ムードになっている人間ばかりではない、というのが見て取れたのは、食事会に参加した意義だったといえる。
だが、一方で状況を楽観視している人間が上層部に紛れ込んでいるというのは、問題視すべきことなのだろう。
愛想笑いを浮かべながらも胃を痛めていたのであろう諏訪部の横顔を脳裏に描きながら、結衣は小さく溜息をつく。
「よう、最強の魔法少女」
「……貴女は」
「アリス・ヴィクトリカだ、あんたと同じで今回わざわざ偉いさんに呼び出された魔法少女だよ」
気さくに話しかけてきたハニーブロンドの少女は、名乗りを済ませると口元に大胆不敵な笑みを浮かべて、結衣の隣に陣取って頬杖をつく。
アリス・ヴィクトリカ。
事前に諏訪部から渡されていた資料の中には、確か北米管区最強の第二世代魔法少女だということが記されていたが、生憎、彼女と結衣の間には面識がない。
「……そう、災難だったね」
「あんたはそういうタイプじゃないって話だけど、あたしは後方任務は性に合わねえからな、災難も災難だ」
おまけにうちのトップなんかは敵星体に勝ったつもりで動いてるんだから救いようがねえ、と、アリスは吐き捨てるようにそう言って、表情を渋く歪めた。
魔法少女の中には戦いを好む人間もいるとは聞いていたが、アリスのように前線に積極的に出たがっているタイプといざ遭遇してみると、そこにある価値観の断絶に結衣は思わず口を噤んでしまう。
アリスが悪いわけではない。
戦う理由なんてものは人それぞれで、背負っている信念も同じことだ。
結衣が一人でも多く、死んでいった人間に報いたいと、そのために戦わなければならないと考えているのなら、アリスは人類のために、一体でも多くの敵星体を駆逐することを至上命題としているのだろう。
そんな彼女にとって、今回の対策会議における護衛として呼び出されたのは確かに退屈なことなのかもしれない。
「……私は」
「ん、話は聞いてる。あたしもあんたに助けられた身だからな。だからなんかあった時は無理しねぇで、あたしに頼ってくれてもいいんだぜ」
ここに来たのもただ、あんたの顔を拝んでおきたいだけだったからな、とアリスはどこか照れ臭そうに頬を染めながらそう語ると、展望室から一望できる南海へと視線を逸らす。
ぶっきらぼうではあったが、彼女なりに自分のことを尊敬している、と伝えてくれたのだろうか。
結衣は、そんなアリスの不器用さをどこか愛おしく思いながらも、アリスもまた自分にとって「守るべき人々の一人」であるのだということを改めて自覚させられる。
第二世代の「早生まれ」と呼ばれる、「赫星一号」を破壊した直後に生まれた魔法少女たちは第一世代魔法少女と同等の力を持っているとされるが、それでも、戦場で必ず生き残れるという保証にはならない。
何しろ強大な魔力を持って生まれてきた第一世代魔法少女は、赫星戦役が終わる頃には結衣たち七人にまでその数を減らしていたし、その七人だって今は結衣、絵理、美柑の三人しか残っていないのだから。
だから、アリスのことも自分が守らなければいけないと気負うのはきっと傲慢で、彼女にとっても失礼に当たるのだろうとわかっていても、結衣はそう思う気持ちを止められなかった。
それが、小日向結衣という少女の生き方なのだ。
自ら抱え込まなくていいことまで抱え込んで、自壊するように地獄までの道を歩いていく。
誰に頼まれたのでもなく、誰かのためだけに、自分の命を擲つことができる存在。
それが、小日向結衣という魔法少女の在り方なのだろう。
アリスは結衣がその瞳に帯びた微かな憂いから、背負っている犠牲の数を数えて、少しだけいたたまれない気持ちを抱く。
「まあなんだ、今回の任務、管区は違ってもあたしたちにとっちゃバカンスみたいなもんなんだから、肩の力抜いてこうぜ、小日向結衣」
「……ありがとう、結衣でいいよ」
「じゃあ結衣だな。あたしもアリスでいい」
アリスが言ったように、それがバカンスみたいな任務であったとしても、最低限気を抜かず、有事に備えておくことは必要になってくる。
拳を突き合わせた結衣とアリスを少し引いた目で見ていた銀髪の少女は、結衣のお人よしにも、アリスのそんな遠慮のなさにも溜息をついて、展望室を横切っていく。
「んだよ、なんか文句あんのか?」
結衣は名前以外はよくわからないものの、銀髪の少女──アナスタシア・セルゲイヴナ・カミンスカヤというらしい少女と、アリスの間には何か因縁めいたものがあるらしい。
これ見よがしにつかれた溜息に対して、アリスはアナスタシアを睨みつけながら迫っていくが、彼女は氷のような微笑を崩さずに、そんなアリスへと囁くような声で言い放つ。
「いいえ、ないわ。ただ貴女もずいぶんと楽観的にものを考えていると、そう思っただけ」
「てめぇ、この野郎……喧嘩売ってやがんのか?」
「売ってないわ。そんな、売るほどの価値もないもの」
「よしわかった、甲板に出ろ、そこで白黒ハッキリつけようじゃねえか、あ?」
どうやらアリスとアナスタシアは犬猿の仲と呼ばれるような関係であったらしい。
一触即発といった風情で、魔法少女同士の戦いが始まろうとしているのを止めるべく、結衣が割り込もうとしたその瞬間だった。
「もう、喧嘩はダメですよ〜? アリスちゃん、アーシャちゃん」
「げっ、お前……」
「……だから、喧嘩なんてしてな……」
問答無用とばかりに現れて睨み合っていた二人を抱きしめたその少女は、結衣よりも二回りほど身長が高く、およそ筋肉の塊といえるほどにマッシブな体型をしていた。
クラウディア・ゼッケンドルフ。
身長百九十センチ、体重百十キロ。ベルリン管区最強の第二世代魔法少女として諏訪部から資料は受け取っていたものの、名前と顔以外を知らなかった結衣にとって、その筋肉に支えられた圧倒的なパワーは凄まじい、の一言に尽きた。
「喧嘩なんて醜いことをしちゃめっ、ですよ〜? 暴力を振るっていいのはぁ、地球を汚染する敵星体とかいうゴミ共だけなんですから、ね?」
聞き分けの悪い子供を諭すように、アリスとアナスタシアの髪を撫でながらそう言い聞かせるクラウディアの語り口は穏やかでこそあったものの、そこには敵星体に対する果てなく獰猛な殺意が滲んでいる。
結衣はその母性と殺意が同居する異様さであるとか、アリスとアナスタシアを無理やり押さえ込む筋力であるとか、色々な意味で胸焼けしそうだったが、クラウディアがこの場を収めてくれたのは確かだった。
「ええと……ありがとう、クラウディアさん」
「うふふ、極東最強の魔法少女、結衣ちゃんでしたね〜? はじめまして。おんなじ魔法少女同士、仲良くやっていきましょう、ね?」
相変わらずアリスとアナスタシアを抱きしめたまま、穏やかな笑みを浮かべてクラウディアは結衣へと振り返ると、社交辞令のような言葉を返した。
だが、それは言い換えるなら仲良くしなければ容赦をしないということなのだろうか──ちょうど今、彼女に抱きしめられているアリスとアナスタシアのように。
ギブアップだとばかりに二人がクラウディアの両手を叩いているのを見て、結衣は正しく、引きつった笑みを浮かべるのだった。