50.魔法少女と対策会議
マジカル・ユニットが諏訪部からの呼び出しを受けたのは、休暇を貰った翌日のことだった。
朝食を終えて、訓練に入ろうかとしていた矢先の出来事に結衣たちはそれなりの驚きを見せたものの、元より有事即応を目指して再編されたのが自分たちなのだ。
「呼び出しねぇ……アタシらもしかして経費使いすぎちゃったとか?」
「あの件なら全て大佐の自腹でよろしいと言われておりましてよ、それに、豪遊したという訳でもないのでしょう?」
「まあそりゃ確かに」
美柑はお嬢様育ちのアンジェリカが「豪遊」だと言い切れる基準がどこにあるのか気になったものの、それを聞いてしまうと何か違う世界の生き物の話をされるような気がして、口を噤んだ。
庶民の基準からすれば上流階級向けに建てられた大型複合商業施設でボウリングとカラオケを満喫したというだけでも結構な豪遊に当たるのだが、一応彼女が言った通りに経費に関して諏訪部は目を瞑ると断言しているわけで、少なくともそこにケチがつけられることはないだろう。
「……そ、そうなると……任務、ですか……?」
「……そう考えるのが妥当だと思うよ」
マジカル・ユニットの活躍によって、世界各地に発生した敵星体の「巣」、ダンジョンの攻略は飛躍的に進んでいる。
新たな変異体も確認こそされているものの、四国のそれを基準に作られた攻略難度という指標によって投下する戦力の基準が可視化されたというのは非常に大きい。
そんな中でもマジカル・ユニットが動かなければならない事態が発生したと考えれば、またあの四国奪還戦かそれ以上の規模が予想される戦いに放り込まれるのだろうかと、結衣は気を引き締める。
例えそんな死地に赴くことが任務だったとしても、結衣は文句を挟むつもりはなかった。
他の誰かにできないことなら、それで流れる血を少しでも止められるなら、自分たちがやるしかない。
そのために魔法少女になって、そのために軍に戻ってきたのだから。
覚悟を一つ胸に括り付けて、結衣が司令室のドアを開くと、そこにいたのは案の定、いつもと変わらず飄々とした表情を浮かべている諏訪部だけだった。
「すまないな、急に呼び出してしまって」
「いえ、任務ですから」
「任務、か……まあ、そうなるんだろうな」
珍しく気乗りしないというよりは、何か厄介ごとを抱え込まされたかのような渋い表情を浮かべて、諏訪部は地球連邦の国旗が映されている背後のモニターに、今回の「任務」に使われる資料を表示する。
「あー、なんだ。敵星体の作るダンジョン攻略が進んでるってことで、各管区が情報を共有してより連携を密にしようってお題目で会議が開かれるんだがな」
「……それに、どこか問題があるのでして?」
「あんまり言いたかないんだがね、おれの首も飛びかねない……が、まあ諸君らに関わってもらう任務のことだから話さないわけにはいかないんだが、どうもそれを沖縄で行おうって話が、偉いさんたちの間だけ持ち上がってるんだ」
そして、それは確定方向に進んでいる。
諏訪部はどうにも渋い顔をしながらモニターを操作して、敵星体から完全に奪還したことで復興が進んでいる沖縄の様子を映し出す。
「……あの、それのどこがまずいんですか」
結衣は、資料に表示されている那覇市の様子を見て端的に感じた疑問を思わず口に出していた。
今のところ沖縄を会議の場所に選ぶ意図はわからないものの、敵星体が完全に排除されたことで、人類が生活圏を確立した数少ない土地の一つであるその場所を会議の場として選ぶことに不自然な点はあまり見当たらない。
それに、敵星体を掃討するために各管区での連携を強化するという対策会議の方針も、極めて真っ当なものであるといえる。
「……まあ、こっから先が本題といえば本題なんだがね、どうも偉いさんたちは危機感が足りんというか、既に敵星体に勝った気でいるのさ」
「つまり、対策会議っていっても実態的には?」
「察しがいいな、三上美柑。そういうことだよ。奴さんたちはバカンス気分で沖縄に滞在しにくるつもりだってことだ」
諏訪部は頭を抱えて、官僚や有識者たちが宿泊する予定のホテルをモニターに映し出す。
上流階級の中でも更に上層に向けて建てられたそのホテルの外観は優美の一言に尽きて、オーシャンビューを一望できるその作りは、バカンスには持ってこいだといえた。
ただし、名目上とはいえ各管区の有識者や閣僚たちが集まるのは敵星体への対策会議であって、バカンスが目的ではない。
しかし彼らの中では本音と建前が逆転してしまっていると、諏訪部が言っているのは、つまりはそういうことだった。
敵星体との戦いは、犠牲を払いながらも人類がなんとか反転攻勢に出ることができた段階だといってもいい。
もちろん、そこに絡む複雑な事情や各管区の立場であるとか、政治的な話について結衣たちは知らないし、知らされていないものの、戦況が好転しつつあるということ自体は把握している。
ただしそれは、あくまでも好転しているというだけであって、人類の勝利が確定したというわけではない。
それにもかかわらず、命を丼勘定するのが趣味の閣僚や政治家たちは既に敵星体に勝った気でいるのだから、諏訪部が頭を抱える理由もわかるというものだった。
「まあ、なんだ……派閥とか見栄とか、そういうのが絡んでるんだよ。だからうちはマジカル・ユニットを護衛としてつけてくれって偉いさんからの要望があったわけだ」
北米管区はアリス・ヴィクトリカ、モスクワ管区はアナスタシア・セルゲイヴナ・アレンスカヤ、ベルリン管区はクラウディア・アーレントなど、各管区における最強の魔法少女が一堂に介するその気合の入れようは、軍事パレードでも行うかのようだった。
諏訪部がリストアップした各管区最強の魔法少女たちの名前に結衣は心当たりはないものの、この会議が極めて官僚的な、あるいは見栄っ張りなタカ派の悪いところが出たものであることぐらいは想像がつく。
そんな会議の護衛にわざわざ最強の魔法少女たちを引っ張り出してくることに意味があるかないかでいえば、後者であると断言せざるを得ない。
人類が生活圏としている場所は、基本的に呪術結界が張り巡らされ、敵星体の侵入を拒むように作られている。
とはいえ、東京においてはその呪術結界の内部に敵星体が出現したという事例があるのだから、完全に無駄だとも言い切れないのが、また微妙なところだった。
「まあ、なんだ……そう悪いことは起こらんと思うが、休暇の延長だと思って過ごしてくれ、あくまで最強の魔法少女がいるってことだけで偉いさんたちは安心らしいからな」
諏訪部はどうにも感情の収まりどころが悪いとばかりに後頭部を掻きながら、モニターに投影された、出席した各管区における最強の魔法少女たちのデータが映る画面を元の連邦国旗に切り替える。
休暇が延長されたといえば聞こえはいいものの、往時には敵星体対策に当たらなければいけない以上、完全に気を抜いて過ごせるものではない。
とはいえ、リゾート地でのバカンスを過ごす権利がついてきたとなれば、喜びを感じる反面、他の魔法少女たちに申し訳が立たないという罪悪感を覚えるところもある。
結衣は諏訪部と同じく苦虫を噛み潰したような顔で、その話を引き受けた。
拒否権は事実上ないのだから仕方ないとはいえ、自分たちばかりがこうして前線ではなく後方で、休暇同然の任務をもらっているというのにはどうにも抵抗があるのだ。
それは結衣に限らず、美柑も、絵理も、アンジェリカも、各々思うところはあるようで、複雑な表情を浮かべている。
「海……地球の七割を満たす液体。スティアは、海が綺麗だと思う」
そんな、どこか沈痛な空気が漂う中でも、唯一、スティアだけはいつもの調子で、マイペースに言葉を紡ぎ上げていた。
「……そうだね、沖縄の海は綺麗だと思うよ」
「海……楽しみ、結衣は、違う?」
「……一応、任務だからね。気は抜けないよ」
今回の任務が実質的にはほとんどバカンスのようなものだとは諏訪部から伝えられたとはいえ、敵星体が現れる確率がある以上、気を抜けないのは確かなことだ。
自分たちだけならばまだしも、閣僚や官僚、政治家に有識者といったお偉いさんが巻き込まれて犠牲になったとあっては、連邦政府そのものが立ち行かなくなる可能性もあるのだから。
「有事即応。魔法少女は機動力に優れているのが強みですことよ。何かあればすぐに飛んでいけるのがわたくしたちなのですから、閣僚や官僚の方々にも安心して過ごしてもらうことが第一目標なのですわ」
「……何か、ある……それはないといい、スティアは、そう思う……」
「それについてはわたくしも同感ですけれど」
結局のところ平穏無事に終わるのならば、過剰な護衛だろうがなんだろうが、結衣たち魔法少女にとってはそれに越したことはない。
上層部が既に祝勝ムードに入っているのは政治的には問題なのだが、それはあくまで諏訪部たちの課題であって、政治からは遠ざけられている結衣たちには、関わりようのないことなのだ。
だから仕方ない、というつもりはなくとも、どこか気乗りはしないといった風情で、結衣たちは諏訪部に敬礼をすると、司令室を後にするのだった。