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5. 魔法少女、回想する(下)

 駆逐航宙艦「雪風」からの伝言を受け取った、地球連邦防衛軍艦隊総旗艦「山城」はその旨を了解すると、メインエンジンの出力を全て艦首に備えられた砲口へと集中させる。

 その間にも無数のタイプ・キャンディやそれらを統率する大型の個体──タイプ・クッキーによる襲撃は止まず、航宙戦艦「山城」一隻と、「雪風」を飛び出した七人の魔法少女たちを守り抜くために、ありとあらゆる犠牲が、それを良しとして堆く積み上げられていく。

 狂っている。

 結衣の言葉は誰に向けられたものでもなかったが、この戦場は、この惨状はそうとしか形容しようがない。


『タキオン粒子砲、エネルギー充填完了!』

『目標、巨大敵星体中心核! セット20、誤差修正マイナス1コンマ3!』

『タキオン粒子砲、撃てぇッ!』


 一分ほどの時間をかけて、その間にも多数の艦艇と艦載機のパイロットを犠牲にして──放たれた閃光は果たして宇宙を引き裂くかのようにけたたましく轟き渡り、「赫星一号」の中心核を射抜くことに成功していた。

 巨大な赤色のガス帯に覆われていた「それ」は、虚飾のヴェールを剥ぎ取られてみれば、巨大な女神像にもよく似た姿を曝け出している。

 女神。「赫星一号」の中から現れたそれがなぜ人の形をしているのか、背中から一対の翼が伸びているのか、その理由を知る者は誰もいない。

 ただわかるのは、あれが人類にとっては不倶戴天の敵であり、ここから先は「魔法少女」のお仕事だということだけだ。

 連邦軍艦隊は既に、回収船として用意された駆逐航宙艦を残して撤退の構えに入っていたし、唯一、地球が保有する兵器の中で「敵星体」にも通じるタキオン粒子砲は連射がきくような兵器ではない。

 航宙巡洋艦「高雄」「愛宕」に牽引される形で、エネルギーを使い果たした「山城」は戦線から離脱を始めた。

 それを合図に、結衣たちは無数の敵星体を従える女神像──「赫星一号」へと吶喊していく。


「魔力障壁はそんなに持たない! わたしがあの女神像を破壊するから、皆は──」

「嫌、いや、いやああああっ!!!」

「詩織!」


 作戦は、手筈通りに決まっていたはずだった。

 魔法少女の中でも火力と殲滅力に優れた砲撃型である結衣が「赫星一号」の本体を攻撃する時間を、残りの六人が支援して稼ぐ。

 だがそれはあくまで机の上で交わされた議論の結果であり、プロとしての軍人ならいざ知らず、十五に満たない少女たちに忠実な実行を求めるのは酷な話でしかなかった。

 とうとう錯乱した詩織、と呼ばれた少女、支倉詩織は隊列飛行を外れて、戦場からの逃亡を図った。

 だが、それを嘲笑うかのようにタイプ・クッキーの上位種たるタイプ・ショコラータが指示を下すと、無数のタイプ・キャンディが、タイプ・クッキーが詩織を取り囲み、彼女を護る「星の悲鳴」が齎す力を打ち破らんと牙を立てる。

 残酷なようだが、詩織一人を助けるために割ける戦力の余裕などというものはどこにもなかった。


「やだ、助けて! 食べられて死ぬなんてやだ! お母さん、おかあさぁぁぁんっ!!!」


 ばりばりと、己の内側に秘められた「星の悲鳴」が齎す力──「魔力」が尽きるまで牙を立てた敵性体たちは、真空の宇宙に投げ出されることになった詩織の肉体を、凍りつく前にばりばりと、無残にも蚕食していく。

 せめて、魔力が尽きた時に即死していたことを祈ることぐらいしか、結衣にも、残り六人となった魔法少女たちにもできることなどありはしなかった。

 その最中、死の覚悟を決めて、両手に魔力が具現化したアサルトライフルを手に特攻を図る少女がいた。

 前島亜美。「救世の七人」と大層なコードネームがつけられた、部隊とも呼べない部隊の中では最年長で、いつも明るく場を取り持ってくれていた彼女はその瞳に死への恐怖を隠しきれず、涙を滲ませながら宇宙を埋め尽くす「敵星体」に抗い続けていた。


「来るなら来い……来るなら来いッ! どうせ帰れないんだ、どうせ戻れないんだ、だったら──!」

「亜美ちゃん、援護します!」


 そんな無謀な突撃に付き従う少女がいた。

 翠川美琴。常に心穏やかで、戦場に立つような性格では断じてない、慎ましくピアノを弾いているのが似合うような少女が、亜美が撃ち漏らした敵を、魔力から生成した薙刀で切り裂いていく。

 天衣無縫な三上美柑。臆病で泣き虫ながらも仲間を癒す力を持った水瀬絵理。彼女らを合わせて部隊「救世の七人」、人類最後の希望にして大人たちからの勝手な期待を一身に背負わされた少女たちは、活動限界寸前までその地球そのものが与える力でもって、「敵星体」を鏖殺していた。

 だが、それらは全て「赫星一号」から湧き出る端末のようなものであり、全てはあの女神像を破壊しないことには始まらない。

 順調に地球圏への落下軌道に向かう「赫星一号」を視界に収め、結衣は己が持てる魔力の大半を杖の先に収束させて、狙いを定める。


「こいつを倒せば……こいつを殺せば……!」


 全てが終わる。家に帰れる。

 その一心であったからこそ、結衣は複雑な術式を短時間で組み上げることができていたのだし、その狙いが女神像の核となる額に埋め込まれた紅い宝石からブレることはなかったのだ。

 だが──だからこそ、全てに身構えていなかったからこそ、死神は訪れる。

 配下であるタイプ・クッキーとタイプ・キャンディを喪失したことにより、前線に引き摺り出されたタイプ・ショコラータは無機質にその両腕を結衣に向けると、鋭く尖った爪を射出した。

 宙を切り裂くその一撃は、結衣が全く想定していないものだ。

 だからこそ、そこに結衣は必然としての死を感じ取る。


「──っ!?」


 作戦失敗。その四文字が脳裏を閃く内に、一秒がどこまでも引き延ばされ、永遠にも似た感覚の中で結衣は、走馬灯のように過ごしてきた時間のことを垣間見ていた。

 思えば、短い人生だった。

 あの時「星の悲鳴」を聞いていなければ。

 あの時、「魔法少女」であることを隠していれば。

 こんな冷たい宇宙で藻屑となって死ぬことはなかったのかだろうか、と、意味を持たない、意味をなさないもしもという不協和音が結衣の脳裏に鳴り響く。

 ──だが。


「結衣ちゃんっ!!!」

「……ッ、桃華……!?」


 放たれた「爪」が魔力障壁を突き破り、結衣の眼前に躍り出た少女、八代桃華の五体を引き裂いて、物言わぬ血肉の塊へと塗り替える。

 しかし、幸運だったのか不幸だったのか、桃華の魔法少女としての資質は詩織を上回っており、胴体が泣き別れしたような状態になってもまだ、息が残っていた。


「桃華……どうして……」

「……ダメ、だよ……結衣……ちゃ……私、たち……地球を……」

「桃華……」

「……パパ、マ、マ……」


 最後の力を振り絞るかのように、己を包んでいた魔力障壁を全て攻撃に転化して、タイプ・ショコラータを押し潰すと、そのまま瞳から光を失って、桃華は息絶えた。

 なにも、できなかった。

 桃華は死んだのではない。自分の不注意が、否、小日向結衣という人間が殺したのだ。

 今にも叫び出したい衝動を堪え、こぼれ落ちる涙を拭って見上げれば、「赫星一号」は既に目と鼻の先と呼べるキリングレンジの中にいる。

 桃華は、自分が引き金を引くために守ってくれたのだ。

 結衣は魔法の杖を構えると、その死に報いるかのように、未だこの宙域を埋め尽くす無数の死者たちに、その屍に祈りを捧げるが如く、己の内に接続された「星の悲鳴」を絞り出す。


「メタモルブースト……! テスタメントブラスター、セット!」


 メタモルブースト、という解号は第二の扉を開くためのものだ。それは自分自身の魂を介して接続した高次元から更なる力を引き出すための手段であり、そして。


「へっ……しくじるなよ、慌てるなよ、だけど急いで正確にな、結衣! メタモルバーン!」


 それは己自身を星の炉に焚べて、燃やすのと同じ行いでもあった。

 既に規定回数以上の「メタモルブースト」を使い果たしていた前島亜美は皮肉な笑みを口元に浮かべて結衣へと告げると、未だに「赫星一号」から生み出され続ける敵星体を一身に引き付けて、その両手に携えたアサルトライフルで駆逐し続ける。

 メタモルバーン。三段階めの解号は魔法少女に定められた終焉であり、蝋燭の火が消える瞬間に瞬く光のようなものだ。

 一瞬、閃光のように──本来では人の身に余る行いを、高次元へと接続していた代償として、魂の全てを燃やし尽くし、魔法少女は最大限の力を発揮する。

 だが、その対価はわかりきったことだ。

 ぼろぼろと、灰がこぼれ落ちるように、命が剥がれ落ちるように亜美の身体は剥離して、その存在から感じられる魔力は次第に薄れていくのが、結衣には、そして生き残った魔法少女たちにはわかっていた。

 そういうものなのだ。連邦軍が無謀な反攻作戦に打って出たのも、自分たちが駆逐航宙艦に詰められて最前線に放り出されたのも。

 全ては、もう、時間がないから。

 亜美の覚悟を悟り、彼女に付き従っていた美琴もまた「メタモルバーン」の解号を叫ぶと、結衣の射線上にいる敵星体を、それこそ流星のような軌道を描いて駆逐していく。


「撃ってください、結衣さん!」

「……今撃てば……!」

「同じです! 美琴は……ここで死ぬしかないのです、なら、せめて人の手で……っ!」

「っ、ああああああああッ!!!!!」


 畜生。クソッタレ。誰が一体こんな運命を仕組んだのだ。

 心の中であらん限りの罵倒を、それこそ今眼前に聳える「女神」へとぶつけながら、結衣はそれを声にならない叫びに変えて、チャージしていた、テスタメントブラスターと名付けた砲撃魔法を撃ち放つ。

 タキオン粒子砲の一斉射撃に匹敵するその威力は、結衣よりも遥かに巨大な、惑星にも匹敵する「赫星一号」の巨体を包み込み、その中心核である紅い宝石のようなものを、確かに撃ち貫いていた。

 阻止が僅かに遅れたことで、四散した「赫星一号」の破片は限界点を超えて地球へと落下していったものの、概ね作戦目的は達成されたといってもいい。

 上位存在を失った影響によって、残存する敵星体は全てが自壊し、地球沖における海戦は、初めて敵星体に対して人類が、地球連邦が勝利を手にする結果となった。

 そのこと自体は、喜ばしいといえよう。

 だが、払った犠牲は決して小さなものなどではなかった。

 結衣たちを回収するために待機していた航宙駆逐艦「村雨」に生き残った魔法少女たちは乗り込むと、一様に肩を落として嗚咽を漏らす。


「ごめんね、詩織……ごめんね、桃華……ごめんね、亜美さん、美琴さん……」


 それは恐怖からの解放故なのか、或いは一足先に自由になった仲間たちへの哀悼なのか──それが祈りであったとして、何に祈るのかもわからないまま、残された魔法少女たちはただ、涙を零し続けるのだった。

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