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49.魔法少女、結ぶ絆

 結衣自身の歌声は可もなく不可もなく、という程度であり、得点も、美柑と一緒に80点台をふらふらしているといった具合だった。

 負けず嫌いのアンジェリカは、例によって90点台後半を当たり前のように叩き出している絵理に対抗心を燃やして歌声に乗せていたものの、とうとう時間の連絡が来るまでに彼女を抜き去ることはできなかった。


「それにしても絵理さん、悔しいですけれど本当に歌がお上手なのですわね」

「……そ、そう、ですか……? えへへ、その……嬉しい、です」


 勝てなかったことを悔しがりつつも、絵理に称賛の言葉を贈っているのは、アンジェリカが負けず嫌いであっても、劣等感やコンプレックスに歪んでいない証のようなものだ。

 どこまでも、愚直なまでに真っ直ぐに育った彼女をどこか羨ましく思うところはあっても、人は他人になることなどできない。

 自分は自分という面倒くさいしがらみを抱えて、そこに折り合いをつけながら生きていく他にないのだ。

 結衣はそんな、哲学じみたことを考えながら、五時間ほど歌い通していたカラオケルームを後にする。


「いやー、にしてもびっくりしちゃうよね」

「何が、美柑?」

「ん、絵理とアンジェリカのこと。二人ともめっちゃ歌上手いしアタシの立つ瀬がないなーって」


 比べるようなもんじゃないんだけどね、と苦笑を浮かべながら、美柑は言った。

 確かに彼女のいう通り、カラオケの機械がよくわからない基準で叩き出した歌声への評点を競い合うことは、不毛で意味がないことなのかもしれない。

 しかし、数字としてそこに基準が明文化されれば、人はどうしても競い合いたくなってしまう性を持ち合わせている。

 もちろん、結衣のようにそうではない人間もいるのだろうが、数字は優劣を明確にして世界を切り分けてしまうのだから、ある意味では危険なものなのではないかと、そう思ってしまうところはあった。

 上手くなければ歌を歌ってはいけないなどという法律はどこにも定められていない。

 同時に、何かに秀でていなければ、何か数字に換算できる価値や世界を切り分けて、優れているとされる側に立つ者でなければ、生きていてはいけないなどという道理もない。

 たとえカラオケの結果が80点だったとしても、それだけ歌えているのだからそれで十分なんじゃないかと結衣は思うが、美柑やアンジェリカにとっては違うのだろう。

 そして、ボウリングに臨んでいた時の絵理もきっと、同じことを感じていたのかもしれない。

 他人の感性について踏み込んでとやかく言う資格というものを自分は持ち合わせていないのだから、そこについては美柑なりに割り切って、あるいはそれをバネにして克服してもらうしか手段はない。

 ただ、誰しもが正しく悔しさや悲しさをバネに、高いところへ飛べるとは限らないというだけの、それだけの残酷な話だ。

 たとえ、どれだけ魔法少女としての才能と魔力に恵まれていた「第一世代」が、最後には七人しか残っていなかったように。

 努力とは、美しいものなのかもしれない。

 才能とは、一人一人に天から贈られた宝物かもしれない。

 しかしそれが正しい形で報われるとは、花開くとは限らない。

 自分たちに未来を託して死んでいった第一世代の魔法少女たちは頑張っていなかったからそうなったのだ、などという馬鹿な話を切り出されれば、結衣は即座に激昂するだろう。

 

「……私は好きだよ、美柑の歌」

「あっはは、そっか。ありがと、結衣。空気暗くしちゃってごめんね」

「ううん、気にしないで」


 だから、結衣に言えることはそれが精一杯であり、目一杯だった。

 例え誰かが下手だと蔑んだことを好きだと頷くだけの力を結衣は持っているのに──否、その強さを持っているからこそ、裏返した時に顔を見せる弱さに傷つき続けているのだろう。

 どこか光が消えたような憂いをいつも帯び続けている結衣の赤い瞳を覗き込みながら、美柑は自らの行いを省みて、頭を抱える。

 盛り立て役としては失敗だったな、と自分の過ちを認めながらも、次の瞬間には笑顔で皆を先導するように前に立っているような立ち直りの早さも、きっと彼女の美徳なのだろう。

 結衣は元気を貰ったとばかりに大輪の笑顔を咲かせて、諏訪部から受け取っていたブラックカードで支払いを済ませる美柑を一瞥し、口元にぎこちない、微笑みの出来損ないを浮かべてみせる。


「……結衣は、笑ってる?」

「……スティア。うん、上手くできないけどね」

「上手くできない……上手くできないと、人は笑ってはいけない? スティアには、わからない」


 結衣は無垢故に核心を突いていたスティアの言葉に思わずはっと目を見開いていた。

 それは他人との比較がどうだこうだとそんなことを考えていながら、自分もまたそこに囚われていることに他ならないからだった。

 上手くなくても笑っていい。ぎこちなくとも笑顔と呼んで、何か咎められることはない。

 そんな当たり前を当たり前だと言える、無垢であるからこそ、真っ直ぐに届いたスティアの言葉に、結衣はどこか、救われたような心地がした。


「スティアは、結衣が笑うのが好き……色んな笑い方をする結衣が好き」

「……ありがとう、スティア」


 遠慮のない好意をありのままに言葉へと紡ぎ上げるスティアに少しだけたじろぎながらも、結衣は全てとはいかなくとも、それを取りこぼしてしまわないように心を開く。

 ありがとう、というのは、そういう言葉なのかもしれない。

 案外、いつも当たり前に使っている言葉ほど上手く説明がつかないものであったりするのだが、少なくとも今この瞬間、大袈裟ではあるかもしれないが、結衣はそれを理解できているような気がした。

 そして、同時に思い出す。

 小さい頃、よく笑う子だと両親に褒められたことを。スティアと同じように疑うことを知らず笑っていた、妹の、芽衣のことを。

 大型複合商業施設を後にして、地球連邦防衛軍総司令部へと帰っていく道の途中、結衣は夜空に浮かび上がる星々を仰ぎ見る。

 そこに描かれる星座にスティアの瞳と芽衣の瞳を重ね合わせ、もう帰ってくることはない日々のことを思い描く。

 幸せな時間だった。

 何も知らずに、何も背負わずに、心はいつだって潤い、満たされていた時間だった。

 アニメの中の魔法少女に憧れていた頃は、年上だからという理由で妹にその役を譲っていたことはあったものの、それだって不満としてはささやかなものでしかない。

 それ以上に、芽衣が楽しく笑ってくれることが、一緒の時間を過ごすことが、何よりも幸せだったことを、結衣は今でもはっきりと思い出せる。


「ねえ、スティア」

「……結衣は、スティアを呼んでいる……スティアに、疑問がある?」

「ううん、疑問じゃなくて。私も……スティアのことを妹みたいに思ってるって……好きだよって、そう言いたかっただけ」


 それはきっと、絵理が自分に求めている「好き」とは違うもので、スティアが求めているそれとも食い違っているのかもしれない。

 ただ、その言葉は嘘偽りのない結衣の本心だった。

 そして、こういう揮発性の感情は、ちゃんとその場で言葉にしておかなければいけないような気がしたから──情動に突き動かされるまま、結衣はその言葉を舌先に乗せていたのだ。


「……妹、血縁を示す言葉……結衣とスティアは、血が繋がってない……だけど、スティアは、妹……不思議」

「……やっぱり、変かな」

「ううん、スティアは……嬉しい。結衣が好きって言ってくれたことを、スティアは嬉しいと思ってる」


 満面の笑みを浮かべたスティアがくるりと踵を返せば、ふわりと翻った髪の毛から不可思議な淡い光を放つ粒子が夜空に舞い散る。

 結衣の妹、と嬉しそうに言葉を紡ぐスティアの無邪気な姿を見つめながら、そこに在りし日の幸せを重ね合わせる。

 そして、一筋の涙が零れ落ちるかのように、一筋の流れ星が夜空を滑ってゆくのだった。

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