48.魔法少女、歌唄う
結局、アンジェリカと美柑の間で白熱していたボウリング対決は最後に美柑がピンを一本残す形でストライクを逃してしまったため、全てをストライクでなぎ倒したアンジェリカの手に栄冠が渡ることになった。
あくまでも遊びであって、そこに何か権威であるとか価値であるとか、そういったものが伴うことはない。
だが、それでも手を抜くことをやめないのが、アンジェリカという人間の美点であり、同時に頑迷なところなのだろう。
「ふっ、勝ちましたわね。西園寺の家名にかけて当然のことですわ」
「いやー惜しかった! おめでとおめでとー、てかこんなことで家名かける必要ある?」
「当然ですわ! 勝負事となれば全力で挑むというのが西園寺の家に生まれた人間の宿命なのでしてよ!」
そう言って高笑いを上げるアンジェリカは、なんだかジュブナイル小説に出てくる悪役令嬢を彷彿とさせたが、それを口にすれば間違いなく彼女は激昂することぐらいは結衣にだって予想がつく。
喉まで出かかっていた言葉を舌先で押し留めて、結衣はあーっはっは、と高笑いを上げながらボウリングコーナーを後にするアンジェリカを一瞥した。
しかし、結局その視線に気付いているのかいないのか、アンジェリカは最後までその調子だった。
戦間期に生まれた第二世代魔法少女ということもあって、アンジェリカと結衣の間に交流は薄かったものの、ダンジョンアタックで死戦を共にくぐり抜けた経験や、皆での休暇を通して、彼女という人間がなんとなく見えてきたように思える。
負けず嫌いで、強い信念をその背に負った魔法少女であり一人の女の子。
その在り方は、どこまでも強いものだ。
結衣はそう関心を抱きながら、流されるように美柑が向かっていく先へと歩みを進める。
「そういえば美柑、どこに行くの?」
「ん? あー、いや説明してなかったっけ? カラオケ」
「……か、カラオケ……ですか……」
「ん、まあ二次会の定番だからね!」
──それに、絵理は歌うの得意っしょ。
どこか遠慮がちに頬を染めている絵理へとウィンクを飛ばして、恐らくはボウリングを自分たちだけが楽しんでしまっていたことへの詫びとして、美柑はカラオケに自分たちを誘っているのだろうと結衣は理解する。
「言ってませんことよ」
「あっれー!?」
ただ、その気遣いが行きすぎるあまり、言葉にするのを忘れていたのだろう。
アンジェリカからの鋭い突っ込みに目を白黒させながら、美柑はごめん、と苦笑混じりに頭を下げた。
「カラオケ……? スティアが知らない言葉。スティアには、わからない……」
アンジェリカと美柑がどこか漫才じみたやり取りを繰り返していた一方で、小首を傾げていたのが、スティアだった。
記憶がないから当然だとはいえ、彼女の中からはカラオケという単語も抜け落ちていたらしく、はてな、とばかりに頭上へとクエスチョンマークを浮かべながら、スティアは困ったように結衣へと振り返る。
「えっと……なんでいえばいいんだろう、伴奏とかメロディーに合わせて、歌う機械……?」
カラオケといえば、旧時代においてはこの国独特の文化だったらしく、その概念は外に伝わりづらいものだったと聞いているが、いざこうして説明する側に回ると、その話も頷けるものだ。
結衣もまた小首を傾げて、眉根にシワを寄せつつクエスチョンマークを頭上に浮かべるが、実際に説明してみろといわれてもそうとしか言えないのだから、どうしようもない。
「ん、こういうのは言葉で説明するより見てもらった方が圧倒的に早いかなー、ってなわけでスティアちゃんもご案内!」
「ご案内……招かれること。スティアは、歓迎されている?」
「元々そういう趣旨で大佐も休暇を言い渡してくれたのですわ、結衣さんとわたくしも、面識という意味では薄い部分があって、スティアさんもわたくしたちとはあまり話したことがありませんでしょう?」
全員で一つの時間を共にして親睦を深めてこい、というのは随分と前時代的な発想だったものの、そんな諏訪部の意図はともかくとして、この場にノリのいいアンジェリカがいてくれたのは幸いだったといえた。
これがもし、結衣とスティアと絵理の三人だけだったら、どこかぎこちないような空気が漂っていたかもしれないのだから。
相変わらずどこか小動物の威嚇じみた視線をスティアへと送っている絵理を一瞥して、美柑は苦笑を浮かべる。
「ドリンクバーは自由だから、ちょっと行ったとこにあるやつで好きなの選んでね」
店員に慣れた調子で受付を済ませて、用意された個室が記された電子パネルを受け取ると、フリードリンク制である旨を結衣たちに伝えて歩き出す。
こういってはなんだが、出費は休暇も軍務の一部だと考えているらしい諏訪部のポケットマネーから捻出されることになっている。
黒一色に金色での印字が光るクレジットカードを外出前に預かっていた美柑は、高級取りは随分と気前がいいと微笑みながら、早速ドリンクバーから、レモンスカッシュをコップに注いでいた。
「飲み物……たくさんある。スティアは、何を選ぶのが正解? スティアには、わからない……」
「……そういえば、うちにいた時にあった飲み物って牛乳とお茶ぐらいだったっけ」
いくつも種類があるドリンクバーの前で立ち止まったスティアはその髪からふわりと粒子を漂わせながら小首を傾げる。
結衣は揚げパンと牛乳の組み合わせ以外に頓着するようなものもなく、軍をクビになった時、家に置いていたのは牛乳と麦茶ぐらいのものだった。
それが突然、炭酸飲料や紅茶、コーヒーなどから好きなものを選んでくれといわれれば困惑の一つもしない方がおかしい。
ましてや、スティアは記憶喪失なのだから。
「……じゃあ、私と同じのにする?」
「結衣と同じ……スティアは、選択肢に迷っている。なら、スティアは結衣の提案を選ぶ」
「ありがとう、私はコーラ飲むけど、絵理はどうする?」
同じように迷っていた絵理へと問いかけながら、結衣は積まれていたプラスチック製のコップを二つ手に取って、自分の分とスティアの分、その盃へとコーラを注いでいく。
「……わ、わたしも……その、おんなじで……」
「ん……了解。あんまり急いで飲まないでね」
「……は、はい……ありがとう、ございます……!」
絵理はどちらかといえば炭酸飲料が苦手な方なのに、コーラを選んだのは恐らくスティアへの対抗心だとか自分に向けられる感情であるとか、そういう部分から来ているのだろう。
そんな、人から見れば面倒くさいとも思われかねない絵理の一途さも結衣は嫌いではなかったし、むしろ好ましいと感じているところもある。
それなら無難に麦茶でも飲んでおくべきだったかと少しばかり反省の色をその表情に滲ませながら、結衣は自分の分として中身を注いでいたコップを絵理へと手渡して、新たにもう一つを手に取り、コーラを注いでいくのだった。
◇◆◇
「そんじゃトップバッターは絵理ってことでいっちょよろしく!」
「……が、頑張ります……っ……!」
用意された個室に入るなり、充電器に接続されていたタブレット端末を取ると、美柑は早速とばかりに絵理へとそれを手渡して、トップバッターの役目を一任する。
気が弱い彼女が珍しく乗り気で引き受けるのは、歌うことが得意だからという以上に好きだからなのだろう。
お手並み拝見とばかりに、優雅な仕草で腰掛けてストレートティーに口をつけているアンジェリカが片目を見開き、機械から流れる伴奏と、小さく息を吸い込む絵理の息遣いに耳を傾ける。
「これがカラオケ……? 音が鳴っている……スティアには、よくわからない……」
「まあまあこっからこっから! 絵理って本当に歌上手いんだからさ!」
長めの前奏に小首を傾げるスティアを諫めて、美柑はその歌声が個室に響き渡るその瞬間を待つように言いつけた。
瞬間、機械からガイドメロディーが流れるのと寸分違わないタイミングで、絵理が得意としているバラードを、しっとりと歌い上げる。
その歌声はプロに匹敵する、とまでは言い難いものの、質感と息遣いからビブラートまで全てにメリハリがついていて、アマチュアの中では間違いなく群を抜いているといえた。
どこか舌足らずに歌い上げるウィスパーボイスが果たして美柑が、そして結衣がどこか尊敬の眼差しを送っているのに値するものなのかどうかはスティアにはわからなかったが、機械から流れる音と、絵理の歌声に身を任せていると、なんだか心地よい感覚に包まれていく気がするのは確かだった。
一発目から切ない恋を歌うバラード、というラインナップを披露したのにもかかわらず、場が凍り付いていないのは絵理の歌声による力と、美柑が間奏などの的確なタイミングで囃し立ててくれているからだろう。
相変わらず、そういうことが得意な彼女に感心を覚えながら、結衣もまたぎこちない仕草で間奏中のクラップを奏でてみせる。
「これがカラオケ……スティアは、歌がわからない……それでも……スティアは、楽しい」
「そっか、なら……よかった」
スティアが歌える曲がここにはなかったとしても、十分に楽しめていることは、その表情から疑いはない。
だからこそ結衣もまた、それでよかったとばかりに小さく笑みを浮かべながら、スティアが寄りかかってくるのに体を許し、絵理の歌声に耳を傾けるのだった。




