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46.魔法少女と取り戻した日常

 結衣たちのダンジョンアタック、その成果が共有されたことによって、連邦防衛軍は反攻に転じ始めたというニュースを、街頭ビジョンに映し出されたアナウンサーが嬉々として語る。

 事実、マジカル・ユニットが攻略した四国のダンジョンは世界でも規模が大きな部類に入るため、その攻略データが共有されたことで、どの程度の規模のダンジョンにどれだけの魔法少女と呪術甲冑を配備するか、という基準が明確化された面があることは確かだ。

 一方でそれが果たして本当に喜ばしいことなのか、と訊かれたときに首を捻ってしまうのは、真宵が言っていたように、結衣が感じていたように、あのダンジョンは、何かの実験室なのではないかという嫌な予感が拭えないからだった。

 3年前、人類を滅ぼすために、敵星体は圧倒的な力と数をもって襲いかかってきた。

 だが、魔法少女という存在が生まれたことで、多大な犠牲を払いながらもその侵攻を食い止めることには成功している。

 要因は様々だが、「赫星一号」から放たれる敵星体の動きは極めて機械的なものであり、どちらかといえば持ち合わせているパワーに任せて殲滅にかかってくるという趣が強かった。

 一方で、最近出現が確認された変異体は多様な変化が認められている。

 体組織を硬質化させた「爪」を鎌に進化させた蟷螂級、スピードと牙に特化した猟犬級、そして常識の埒外にある飛竜級。

 飛竜級の存在は旧松山市のダンジョンと同規模か、それ以上のものでなければ認められていない。

 しかし、どのダンジョンにも概ねこういった進化を遂げた個体は蔓延していて、こうして結衣が街を歩いている間にも、他管区の魔法少女や別働隊がダンジョンアタックの任についていると思えば、少しの罪悪感を抱くところはあった。


「何暗い顔してんのさ、結衣」

「あ、美柑……ごめん。なんか、私たち、こうしてていいのかなって」


 そんな中で結衣たちマジカル・ユニットが何をしていたかといえば、四国奪還戦の労いということで、休暇をもらっていたのだ。

 落ち込んだ様子を見せる結衣の背中をぱしぱしと軽く叩きながら、美柑は人好きのする笑みを口元に浮かべ、そう言った。

 休暇を楽しむことも戦士には必要なことだとは諏訪部の言葉だ。

 だが、変なところで律儀な結衣にとって、この状況における休暇というのはとても楽しめそうなものではなかったのである。

 とりあえずはボウリングにでも行こうかという美柑の提案に乗って、結衣、絵理、アンジェリカ、そしてスティアの五人はお台場に建てられた複合商業施設へと足を運んでいたところだった。


「……結衣はそういうとこ、すっごく真面目だからね。いいことだと思うけどさ、しっかり遊ぶときは遊ばないと、潰れちゃうよ?」

「わたくしもそう思いますわ、結衣さん。貴女は少し肩の力を抜いた方がよくてよ」

「……あはは、アンジェリカにも言われちゃったか」


 常に戦いのことを考えていれば、精神が持つものではないというのは結衣も理屈としてわかっている。

 だが、実際にいざ休暇だ、といわれればその時間を持て余すのは、除隊を言い渡された時からそうだった。


「……ゆ、結衣さんは……その……頑張ってます、から……その……休んでも、大丈夫だって、その……」

「……ありがと、絵理」


 しどろもどろになりながらも、自分の意見をはっきりと伝えてくれた絵理に礼を言いながら、結衣は戦いに引きずられている意識を切り替えるかのように、目の前に聳える複合商業施設を仰ぎ見る。

 戦前からあった施設を修復した、というよりは一から建て直したそれは、やはりというか軍人や上流階級に向けて各店舗が門を開いたものであり、その中に美柑のいった、アミューズメントパークも含まれているのだ。


「……ショッピングモール、大きい建物。スティアは、わくわくしてる?」

「あっはは、そっかー、スティアちゃんこういうとこ来るの初めてなんだっけ?」

「ううん、スティアは、否定する……スティアは結衣と前に、池袋にある、似たような建物に来たことがある……」

「へー、ってまあ結衣が除隊してた時のことだよね? なら知らなくて当然か」


 美柑なりに気を回してくれたのかそうでないのかはわからない。

 だが、ぽわぽわと目を輝かせてショッピングモールをその不可思議な瞳で見つめているスティアに、彼女は積極的なコンタクトを取ろうとしているようにも見えた。


「ボウリング……スティアは、知らない。結衣は、知ってる?」

「うん、なんていうか……並んでるピンを転がしたボールで倒して、一本でも多く倒したら勝ちってゲーム」

「ゲーム……人の遊び。ボウリング、スティアも、覚えた……」


 どこか得意げにふんす、と鼻を鳴らして細い眉をきりっと吊り上げているスティアは、顔立ちの幼さも相まって、なんだか大きな子供のようにも見える。

 結衣はそんなスティアに苦笑しつつ、背中へと妙に突き刺さるような視線を感じながら、美柑に先導される形で複合商業施設へと足を踏み入れた。

 果たして結衣が感じていた視線の正体はぷるぷると小刻みに震えながら小動物の威嚇じみた警戒を飛ばしていた絵理のものだったが、本人がそれに気づくことはない。


「人が多いですわね」

「まーそりゃね? 一応東京は平和っていえば平和なんだし」


 美柑とアンジェリカは、上流階級とその家族と思しき人々が行き交う施設内を一瞥して、他愛もない言葉を交わす。

 平和。何気なく口にした言葉ではあるものの、3年前の地獄から考えれば、人類の中にはまだまだ問題が転がっているとはいえ、ここまで持ち直すことはできたのだ。

 それはきっと、大きな前進だといっていいのかもしれない。

 これまでの戦いが無駄ではなかったと証明するためにも、積み上げてきた犠牲に報いるためにも、戦い続けなければならない──そこまで結衣の意識が向きかけた途中のことだった。


「結衣、あのお店で売っているもの……何? スティアには、わからない……」


 エスカレーターで上っていく途中で目についた、子供向けのおもちゃ屋の店頭に並んでいる商品を指差して、スティアが小首を傾げる。


「あれは……魔法星装の玩具だよ」

「魔法星装……結衣たちの武器?」

「……うん、まあ」

「プロパガンダってやつだねー」


 美柑が言った通りに、結衣たち「原初の七人」の活躍は誇張される形で映画化されているが、その内容はかなりプロパガンダ的なもので、戦いの実態とはかけ離れているものだ。

 魔法少女は人類を救ったヒーローである、という偶像性が結衣たちに求められているのは確かなことであり、少なくともこの3年間は作り上げられた「魔法少女」像が人々の心の拠り所になっていたのは確かなことだった。

 理想と現実は常に乖離し続けている。

 魔法少女に夢を抱くいたいけな子供が、そのおもちゃを買い与えられてはしゃいでいる光景に、なんともいえない感情を抱きながら、結衣たちはエスカレーターに運ばれて、アミューズメントパークのあるフロアへと移動していく。


「ま、あんま湿っぽくなるのもなんだしね! こーいうのはなしなし! スティアちゃんもボウリング楽しもっか!」

「うん……ボウリング、スティアは楽しみにしている……」


 一瞬で話題を切り替えられる美柑のムードメーカーぶりは、3年前の戦いからずっと変わっていない。

 そのことに結衣は感謝しつつ、どこか胸に引っかかるものを感じながらも、目当ての階に辿り着く。

 アミューズメントパークはエスカレーターから程近いところに配置されていて、美柑が手慣れた様子で受付を済ませると、結衣たちもそれに付き従う形で、ボウリング場へと歩いていく。


「……結衣さん、大丈夫……ですか?」

「……ん、絵理、何が?」

「……えっと、元気……なさそうですから……」

「うん、大丈夫。ちょっと考え込んじゃうだけ」


 絵理が自分を心配してくれているのは嬉しかったが、やはり休暇を楽しもうとしているのに戦いのことが、その爪痕が脳裏をよぎってしまうのはどうしようもないことだ。

 ならばせめて、今だけは楽しいことをしてそれを忘れられたら。

 結衣はそう自分に言い聞かせて、絵理へと、相変わらず口元が引きつった笑顔の出来損ないを浮かべるのだった。

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