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43.魔法少女と移ろう世界

「……彼女たちは行ったか」

「行きましたねぇ」


 いまだに興奮が冷めないといった様子の真宵は、諏訪部の言葉に応じながらもスクリーンに投影されていた無数の変異体の情報や、各地に出現したダンジョンの情報をスクリーンに投影していた。

 その目は滾る好奇心にきらきらと、子供のように輝いていたものの、その奥に映し出されるものは、諏訪部と同じ憂いだった。

 敵星体の変化や進化が何故起こっているのか、という事象に対してはいかに「ラボラトリィ」が管区の枠を超えた組織であったとしても分析には至らず、だからこそそれを興味深いと思う研究者としての真宵と、この星に住む個人としての真宵が、背反する感情を抱えているのだ。


「さて……率直に聞こう、宮路少佐。君はこの事態に、何を感じていた?」

「研究者がフィーリングで答えちゃっていいものなんです?」

「構わないよ、ここは公の場でもなければ、直感的な方が案外真実に辿り着いてたりするものだからな」


 ただ、あくまでそれは確証がないというだけで、真宵は何かの確信を抱いているのではないか、というのが諏訪部の立てた予想であった。

 興奮しながらもデータを冷静に俯瞰する彼女の瞳には、見立てた通りの芯とでも呼ぶべきものが一つ、真っ直ぐに通されている。

 正直に、好き勝手に言ってしまってもいいという許可を得てはいるものの、真宵としては頭の中に閃いたその仮説を果たして口にして良いものなのかと、一瞬悩んで小首を傾げた。

 だが、諏訪部はそれがどんなものであれ、確かだろうが不確かだろうが、自分の直感に賭けて、今この、後手後手に回されている事態を脱するヒントを得ようとしているのだろう。


「んー……わっかりました、ただ、これオフィシャルじゃないですからね?」

「それでいいさ」


 あくまでもそれが「ラボラトリィ」の公式見解ではない、と前置きしつつ、こほん、と小さく咳払いをしながら真宵は自らの脳裏をよぎったその仮説を舌先に乗せて、言葉に紡ぎ上げる。


「多分ですけど、敵星体……人間から学習してるんじゃないかって思うんですよねぇ、あたしは」

「人間から?」

「……と、いうよりこの星からって言った方が多分わかりやすいというかわかりづらいというか……まあ、あたしの予想ですけど、奴らは人間が恐れるものを形にして、それを生み出そうとしてるんじゃないかって思うんですよ」


 ダンジョンは、そのために生まれた実験室であり、同時に奴らが戦力を蓄えるための「巣」である。

 そう考えれば、最早タイプだけの括りに収まらない変異体の出現も説明がつくし、敵星体が侵攻ではなく「巣」を作っての停滞を選んでいるのも、その生産を行っているから、ということになってわかりやすい。

 だが、この仮説には一つ、致命的な欠陥があった。


「多分大佐もおわかりでしょうけど、この仮説……『どうやって』がまるっと抜けちゃってるんですよねぇ」

「ふむ……?」

「仮に敵星体が人類から学習してるっていうなら、何かの観測と研究が必要になるわけで……それをどうやってるのかがわからない」


 早い話が、敵星体はどうやって人類を観察しているのか、という観点がこの仮説からは欠落している。

 真宵もそれがわかっているからこそ、言葉にするのを躊躇っていたのだが、起きている結果から逆算して考えれば、どう考えてもそういう結論に達せざるを得ない、というのもまた確かなことだったために、頭を悩ませているのだ。

 その仮説を聞くなり、どこかに人類を観察する端末でも派遣しているのか、と、諏訪部は眼光を鋭くして手元の資料をぱらぱらとめくり始めたが、見当をつけていた、懸念材料だったその項目は、「ラボラトリィ」のお墨付きで「問題なし」と判定されていた。


「……あのスティアという記憶喪失の少女、どこから来たのかもわからなければ名前以外覚えていないなんてどうにも怪しいと見当をつけていたが……」

「ええ、ぶっちゃけ『ラボラトリィ』も怪しいと思ってはいましたけど、検査結果は全部シロで、探知機の類にも引っかかるものがない。残念なのか幸いなのかはわからないですけど、スティアちゃんはれっきとした人間ですよ」


 検査結果とデータは、それを保証してくれるもののはずですが、と、真宵はお手上げだとばかりに両肩を竦めて、眉根に深いシワを刻んだ。

 スティアの存在については軍部の中でも疑いの声は強く、マジカル・ユニットへと臨時的に配属された際、「ラボラトリィ」による検査は行われていたが、その結果は真宵が語る通り全てシロであり、彼女は本当にただ記憶を失って行き倒れていただけ、というのがデータから導き出された結論だった。

 諏訪部としても、身内として抱え込んでいる人間に何か余計な疑いは抱きたくないものだったが、経歴が怪しいという点ではまだスティアを完全に信頼しているわけではない。


「どこかに敵星体の端末が紛れ込んでいるなら、少なくとも計器や探知機の類に反応がある……それもないが、敵星体は人類から学習している、か……」

「起きてる状況だけ見れば軽いホラーですよ、これ」

「いずれにせよ、そっちの方は『ラボラトリィ』に一任するしかない。問題なのはこれから、世界がどう動いていくかだ」


 ダンジョンアタックによって「巣」を潰していかなければ、敵星体は際限なく増え続けることだろう。

 データはなくとも、それぐらいは諏訪部にもわかる。

 そうなれば当面、敵星体による襲撃は減りそうなものだったが、結衣たちが持ち帰ってくれたデータによればダンジョンに属することのない、「はぐれ」の個体も相当数存在していることから、楽観視できるものではないこともまた確かであり、それが諏訪部の頭を悩ませていた。


「後手後手ですけど、結局ダンジョンを潰して、『はぐれ』の個体や群体を迎撃して──そういう風に、世界は移ろうんじゃないですかねぇ」

「そうならざるを得ないだろうな、全く……とんだ災難だよ」


 運用してみたことで判明した78式呪術甲冑の課題、そして変容していく世界と敵星体、頭痛の種は尽きないが、それでも人類は、自分たちはこの星から奴らを叩き出すまでは前に進み続けなければならない。

 指を組んだ諏訪部は眼光を鋭くして、虚空に敵の姿を描きながら、その憎しみをぶつけるかのようにふっ、と小さく息をつく。

 魔法少女たちは戦いから解放されなければならない。

 今も一部の過激な民間団体が叫び続けるそのお題目は、魔法少女を戦地に送り込む立場にある諏訪部にも同意できるところはあった。

 と、いうよりはむしろ、諏訪部自身が結衣たちを戦場に送り込んでいることそれ自体に自責の念を感じているところがあるといった方がいいだろう。

 しかし、人類は未だ魔法少女の、その人智を超えた力に縋らざるを得ない。

 現実と理想の間には常に乖離が、致命的な断絶が存在していて、そうなった時にどちらを向くかと問われれば、現実を見つめ直さなければいけないのが、軍人としての諏訪部の立場だった。


「魔法少女は解き放たれなきゃならない……これを偉いさんに聞かれてたら、首を撥ねられても文句は言えんな」

「あたしは何にも聞いてませんよ?」

「……感謝するよ、少佐」


 戦いは終わってなどいなかった。

 あの「救世の七人」作戦は誰もが死力を尽くして、絶望の中で導きうる最善の結果を出した作戦だったといってもいいだろう。

 しかし、落着した「赫星一号」の破片は新たなる敵星体の温床となり、未だ地球に牙を剥き続ける大敵を生み出している。

 そのことについて、結衣を責める権利は諏訪部にも、真宵にも──この星に生きる誰にも存在していない。


「そうだな……ただ、前に進み続けるしかないのさ」


 おれたちがくたばるのが先か、奴らがくたばるのが先なのか。

 終わりの見えない戦いに微かな疲れを感じさせながらも、諏訪部はその背筋に信念を一本、真っ直ぐに通して、静かにそんな独り言を呟くのだった。

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