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41.魔法少女、帰還する

 ダンジョンの地上に聳える紫水晶の塔を守る敵星体は、美柑と絵理という第一世代魔法少女とオケアノス級の過剰なまでに強化された防空能力の活躍によって、その全てが壊滅に追い込まれていた。

 特に、絵理が操る回復魔法を概念的に反転させることで敵星体への「毒」とする攻撃は、魔力の及ぶ限り有効射程が極めて広く、敵が一塊になっていなければ炎の魔法を得意とする美柑よりも殲滅能力が高い。

 とはいえ、それが適材適所であることは絵理も美柑も理解している。

 仕込んだ「毒」が及ぶのに時間がかかる大型の個体──タイプ・ショコラータの中でも攻撃性能に特化したものは美柑の射撃と斬撃、そしてオケアノス級の主砲による攻撃が仕留め、その代わりに数が溢れるタイプ・キャンディやタイプ・クッキーを絵理が屠る、という構図が地上ではできあがっていた。


「とりあえずこれで全部かな? おっつかれー」

「……あ、ありがとう、ございます……」

「何にしてもあとは中に入ってった結衣たちが帰ってくるのを待つだけだね」


 オケアノス級による火力支援もあったとはいえ、たった二人でこれだけの戦線を維持できるというのは、第一世代魔法少女の特権のようなものであると同時に、彼女たちが戦略兵器に匹敵する存在であるということを裏付ける証拠だと、オケアノス級一番艦「オケアノス」の艦長席に座する壮年の男性──東山秀、階級は大佐である──は感嘆する。


「勲章もんだねえ、こりゃあ」

「彼女たちに一々勲章を与えていたら、制服が着られなくなりますよ」

「それもそうだがね。我々大人が魔法少女に頼らざるを得ない以上、誠意ってもんは形にしなきゃあいかんだろうに」


 副艦長を務める青年からの冗談とも取れる諫言に、東山は苦笑混じりにそう返すも、その目は全くといっていいほど笑っていない。

 連邦政府が地球人類の存続を第一目標に掲げるのは結構なことで、それ自体を咎めるわけではないが、誰も彼も魔法少女の力に頼ることを前提としていて、彼女たちに対する信賞必罰さえできていないのではあまりにお粗末ではないか、というのが、表立って言えたことではないものの、遠山の立場だった。

 故にこそ、人類が魔法少女だけに頼らず敵星体を撃破できる手段である呪術回路の開発に、彼も一枚噛んでいたのだ。

 だが、どうも政府はその目的を履き違えていて、虎の子の78式呪術甲冑にも運用上の課題は見えてきていると、現状は決して楽観視できるものではない。


「いや何……この艦にできることは上等な食事と部屋の提供だ。内藤曹長から通信があったが、ダンジョンアタックは成功したらしい。彼らを、生きて帰った者を今は労おうじゃないか」

「はっ、大佐殿」


 生き残ることをおいて他に至上命題がないのなら、生きて帰った命は宝であり、同時に生きて帰れなかった命もまた、人類にとっては堪え難い損失である。

 若くして自身と同じ階級に収まった諏訪部は些か勇み足なのではないか、と懸念と心配を抱きつつも、研究対象としてデータを取得していた結晶塔を東山は一瞥して、小さく溜息をつく。


「絶滅しなかっただけマシとはいえ、嫌な時代になったもんだ……お偉いさんに聞かれたら、俺の首が飛びかねんがね」

「私は何も聞いていませんよ」

「素直な部下を持って俺は嬉しいよ」


 東山と副艦長がそんな軽口を叩き合う内に程なくして、結衣たちが第一層まで帰還してきた、という通信が内藤の呪術甲冑を通じて「オケアノス」へと届けられ、敵星体がいなくなった四国の空で、新たな連邦軍の威信と力の象徴は、今日という日を生き残った魔法少女たちと戦士たちを迎える準備のために、後部ハッチを静かに開くのだった。





◇◆◇




 魔法少女とは、基本的に穢れの類とは無縁の存在である。

 ダンジョンから「オケアノス」への帰還を果たすなり、必要な報告を終えて、データの提出を内藤に一任した結衣は、真っ先にシャワールームへと足を運んでいた。

 穢れとは無縁、というのは程度によるものの、毒や呪いの類を受け付けないことであったり、物理的な汚れが内部から発生すること──その生理活動に割かれるリソースと余剰物すらも魔力に変換されるという特性上、極論をいえば屍山血河で一日中戦い続けていても、内側からの汚れは発生しないということになる。

 だが、戦いを終えて一風呂浴びたいというのは年頃の女子としては真っ当な欲求であったし、シャワールームに集っていたのはそういう意味では、結衣だけではなかった。

 ざあざあと雨のようにお湯が身体を打ち付ける感覚に身を任せながら、結衣は今日という日を生き残れた幸運への感謝と、助けられなかった命との罪悪感の間で板挟みになる。

 間仕切りがされているものの、隣では絵理とスティアがシャワーを浴びているのが朧気に見て取れて、二人が生きていてくれたことに、結衣は心の底から安堵を覚えながらも、同時に失われてしまった命に顔向けできないという感情に足元を掬われていた。


「……私が世界を救えたら」


 小さい頃に見ていたアニメの中の魔法少女──まだ魔法が空想であった時代だ──は、誰一人として犠牲にすることなく、完璧に命を助け、人類を襲う脅威を退けていたことを覚えている。

 魔法少女になりたいと、幼い頃は何も考えずにそんなことを口にしていたが、今思えば画面の中にいる彼女たちにだって、できないことの一つや二つ、あったのかもしれない。


「あ、あの……っ……」


 声がしたのは、込み上げてくる憂鬱に、結衣が深い溜息を吐き出したその時だった。


「ん……どうしたの、絵理」

「え、えっと……その、嫌じゃなければ、なんですけど……」

「うん、嫌じゃない」

「……よ、良かった……です……その、背中を、流そうかと、思って……」


 耳まで真っ赤になりながら、絵理はボディタオルで自分の身体、取り分け一際目立つ胸を隠しながら、間仕切りを出て結衣がシャワーを浴びていたところに足を踏み出す。

 結衣は自分の容姿に無頓着で無関心な方だったものの、それでも絵理のトランジスタグラマーとしか形容できないスタイルに、羨望のようなものを覚えることはある。


「……ありがとう、絵理」

「い、いえ……どう、いたしまして……!」


 それとこれとは別の話で、今絵理がそんな提案をしてくれたのは、自分を気遣ってくれたのであろうということは結衣にもわかっていた。

 だからこそ、おずおずと手を控えめに震わせながらボディタオルに液体石鹸を含ませて、泡を立てる絵理が、自分の背中へと一枚の布越しに触れる感触に結衣は身を任せることを選んだのだ。

 絵理は、繊細な女の子だ。

 それは小さい頃、青い瞳の色が理由で迫害を受けていたからだとは聞いていたが、その傷はきっと今も癒えきっていないのだろう。

 しかしその繊細さは、他人に気を回せる優しさの証明でもある。


「……ごめんなさい、結衣さん……」

「……えっと、何が?」

「……わたしの魔法は、その……心までは、癒せませんから……」


 治癒魔法は限定的に時間を巻き戻すことをその概念の中に内包しているが、心もまた魂と同じく実在を証明できず、不可逆な代物である。

 魔法と呼ばれる奇跡を行使できたとしても、自分たちにできないことはいくらでもあって、確かに夢見た魔法少女にはなれたのかもしれないが、その現実は過酷なものだという事実に、結衣も、絵理も打ちひしがれる。

 それでも、渇いてひび割れた心に一掬いの水を注ぎ続けるような絵理の献身は、結衣の心に確かな潤いを与えていた。


「結衣、絵理……二人は、仲良し?」


 遠慮がちに、というよりも最早ロボットのようにがちがちに緊張しながら前を洗っていた絵理と、そのくすぐったさに少しだけ身を捩った結衣を、パーティションの上からスティアが覗き込んで小首を傾げる。

 その声は、すらりと伸びた足に、絵理ほどではないにしろ、大きく膨らんだ胸という恵まれたプロポーションをしている結衣に触れることに緊張していた絵理をフリーズさせるには十分なものだった。


「は、はい……っ……!?」

「スティア、間仕切りから覗くのは行儀が悪いよ」

「覗く……お風呂場で様子を観察するのは、行儀が悪い……スティアは、覚えた。ごめんなさい、結衣」

「ううん、次から気を付けてくれればいいよ。それとさっきの質問だっけ、うん。仲良しだよ」


 自分への無関心が極まっているのか、結衣はスティアに覗かれても大して気にした様子は見せずに、平然とその質問を肯定する。

 絵理は昔からずっと戦ってきた戦友であるといえるし、彼女が緊張しがちな性格なだけで、仲だって悪くないと、少なくとも結衣はそう思っている。


「仲がいい……それは、いいこと。結衣にいいことがある……スティアは、嬉しい」

「……ありがとう、スティア」


 きっとスティアも、誰かの幸せを心から願うことができる優しさを持っているのだろう。

 殺伐とした時代の中で、その心が擦りきれずにいつまでも残ってくれることを願いながら、結衣は無意識に込み上げていた涙を一雫、その両目から零していた。

 優しさが生きるような、そんな答えを選べる世界ならばいいのに、と遥か昔にどこかの誰かが歌ったように、いつだってこんな平穏が続けばいい。

 それが叶わない願いであると知っていながらも、結衣は、寄せられる二つの優しさに身を任せ、願いを託すかのように、そっと涙が溢れる目を伏せるのだった。

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