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40.魔法少女と迷宮踏破

 変異体、飛竜級との戦いを終えた結衣たちは、最後の部屋であるつい先ほどまで決戦場だった空間の調査を行っていた。

 しかし、壁や床に侵食している紫水晶以外には何もない、ここまで来ると綺麗だというよりは殺風景にしか感じない部屋には、これといってめぼしいものは見当たらない。

 結衣は戯れに壁面から生える紫水晶を砕いてみたが、それで何かが起こるわけでもなく、無駄に広々とした空間は主を失えば、寒々しささえ感じるほどに空っぽだった。


「とりあえず、敵星体の気配は感じませんわね」

「……うん、でも何かがあるような気はしてる」


 ただ、結衣の中で声を上げている「星の悲鳴」は鳴り止んだわけではない。

 それはアンジェリカも同じだったらしく、小首を傾げて飛竜級の敵星体が暴れまわっても問題ない程度に押し広げられ、固められた空間を、その微弱な気配を頼りに歩き続ける。


「お姫さんたちがそう言うんなら、そうなんだろうな」


 結衣とアンジェリカは何かの気配を感じているらしいが、内藤たちが乗り込んでいる78式呪術甲冑の計器は沈黙を保ったままだった。

 敵星体の反応がないだけマシだと思うべきか、水晶をかき分けながら光を反射する探照灯を切って、内藤たち陸戦隊は目視での確認を淡々と遂行する。

 迷宮の奥には宝物が眠っている、というのは冒険のお約束かもしれないが、生憎今自分たちがやっているのは生きるか死ぬかの絶滅戦争であって、華々しさに飾られた英雄譚をなぞっているわけではない。

 言葉も通じず、何を考えているのかもわからない「敵」が何をしようとしているのかを、その活動の断片から推測しようとしている「ラボラトリィ」は苦労を強いられているというものではないだろう。

 頭を使うのが苦手だと自負している内藤や、血の気の多い陸戦隊の兵士たちにとっては、考えただけで寒気がする仕事だ。

 彼らが溜息をつく一方で、結衣はその微弱な「星の悲鳴」を辿りながら、戦いの犠牲となった呪術甲冑が溶け落ちている痕跡を一瞥して、じわり、と眦に涙を滲ませていた。

 何もかも守り通そうと思うのは不可能だと、そうわかったからこそ軍に戻ってスティア一人を保護してもらおうと考えていたのに、それを諦め切れない自分がいる。

 アンジェリカに叱咤されても尚、行動を共にしていた仲間の、ともがらの命が失われたという事実は結衣の胸を締め付けて離さない。

 それは自分の力に対する過信や、行きすぎた期待から来る、傲慢と隣り合わせな感情であることは結衣もまたわかっていた。

 それでも悲しいものは悲しくて、涸れ果てたはずの涙はこぼれ落ちてくる。

 しかし、それを今、アンジェリカが咎めることはしなかった。

 と、いうよりも、できなかったというべきなのかもしれない。

 結衣が背負ってきた犠牲と期待は、自分のそれとは比べものにならないほど大きく、重たく、今も尚「救世の英雄」として見られている彼女には、それだけの祈りがのしかかり続けているのだ。

 もしもそれを癒せる存在があるなら、それこそがあのスティアという不可思議な少女だったのかもしれないと、「英雄」からはかけ離れた結衣の姿に、アンジェリカは以前と違い、失望ではなく悲しみを寄せる。

 自分もまた、西園寺という家名を背負って戦っているのと同じで、きっと結衣は全人類の祈りを背負う器であろうとしているのだから。

 それがどれほど過酷でも、どれほど苦痛に溢れていても、そういう生き方しか選べない不器用さが、結衣を結衣としてこの世界に留めている。

 投げ出せばいい、逃げ出せばいいとわかっていても立ち向かわずにはいられない、その宿命は他人の目から見れば勇気ある行いに見えるのだろう。

 だが、実態的にそれは緩慢な自殺だ。

 結衣も、それは心のどこかではわかっているのだろう。

 だからきっと、どこかで踏みとどまってくれる。結衣が道を踏み外しても、スティアが、絵理が、美柑が──その手を取って引き止めてくれると、今は、そう信じることしかできない。

 アンジェリカは自分の無力に小さく溜息をつきながら、足元の紫水晶を踏み砕く。

 そうして歩き出した結衣とアンジェリカは、同じ気配に導かれ、開かれた空間の中心で足を止めていた。


「これって……」

「ええ、赤いですわね」


 その空間に落ちていたものは、弱々しい明かりを放ちながら赤く脈打つ、球体のようなものだった。

 周囲の紫水晶が抜け殻だとするならば、微弱ながらも何かの活動を続けているように見えるその球体は、この迷宮を作り出した元凶であると認めるのが妥当なのだろう。

 結衣とアンジェリカの中で「星の悲鳴」が未だに鳴り止まないことからも、赤い球体が敵星体に関連したものであることは想像がつく。


「何か見つけたのか?」

「一応。敵星体の反応はあるけど……」

「うん……? 78式のレーダーにゃ反応しねぇな、どうするお姫さんたち、こいつはここでぶち壊していくか?」


 正体不明の球体が何であるかはわからないが、敵星体に関連するものであるならば早めに処分した方が良いと、内藤はそう提言するが、あくまでも今回命じられたのは敵の殲滅だけではなく迷宮の探索もなのだ。

 その成果としてこの物体を持ち帰り、「ラボラトリィ」に解析してもらうというのが筋なのだろうが、彼がいう通り、敵に関連するものであるならば、何か悪いことが起きる前に破壊してしまうのも一つの手だ。


「何を仰りますの、内藤隊長。これはあくまで調査任務、この物体から感じる危険性がほとんどないに等しいなら、持ち帰って『ラボラトリィ』に任せるべきですわ」

「……私も、そう思う」


 アンジェリカが呆れたように肩を竦めて口にした言葉に追従して、結衣もまた小さく頷く。

 危険がないとは言い切れないものの、わからないものをわからないまま放っておくよりは少しでも可能性のある方に賭けてみる、というのは博打なのだろうが、選択肢として悪いものでは決してない。

 万が一何かが起こった時は、また対処するのが自分たちになるのかもしれないが、同時に「ラボラトリィ」が研究を進めることで、より敵星体に対して抗う手段の開発にも繋がるかもしれないのだ。


「ま、そりゃそうか……そんじゃあそいつを持って、さっさと帰ると意気込むとするか」


 結衣たちの視線に気圧されて、内藤はバツが悪そうに担いでいたアサルトライフルで肩を叩くと、彼女たちの判断を優先して、念のために敵星体の気配を警戒しながらも帰路についていく。

 その間にも結衣の掌の上で微かに明滅を続ける赤い球体は、さながら血液を送り出す心臓にも似ていて、その身体に当たる迷宮が踏破され、そこから切り離されたことで活動が弱まっているようにも見えた。

 確かに、内藤が口にした通りここでこれを破壊してしまいたいという気持ちはある。

 あの忌まわしい飛竜級や数々の悍しい変異体を作り出した物体なのだ。

 しかし、任務は任務であって、それを忠実に遂行するからこそ、結衣たちは軍という巨大な組織の中に椅子を用意してもらっている。

 それを考えれば、一時の感情に身を任せるべきではない。

 一足先に自由になった、戦いのための犠牲となった兵士たちに敬礼と、零れ落ちてくる涙をを捧げて、結衣は、決戦場だった水晶空間に踵を返して引き返す。

 そして、恐らくは迷宮を作り出した元凶であろう物体を抱えて、結衣たちは下ってきた道を「穴」へと繋がる最短ルートで引き返し、地上へと上っていくのだった。

 その手に確かな成果を携えながら、迷宮を踏破した証を抱きながら。

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