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4.魔法少女、回想する(上)

 英雄は死んだ。勇者は斃れ、地に伏すこともなく漆黒の宇宙を漂う塵と化していく。


『怯むな、撃てーッ!』

『撃てぇっ!』


 轡を並べた地球連邦軍本星防衛艦隊が有する宇宙戦艦、その前衛艦隊が、主砲である陽電子砲を、眼前に瞬く赫き星から溢れ出てくる無数の「敵星体」──御伽噺か、そうでなければ遥か昔のアニメに出てくる怪物とよく似たそれらに向けて放ち続ける。

 だが、星の法則を塗り替えて、内宇宙にまで手を伸ばした人類の指をへし折った彼らへと、その牙が届くことはない。

 新星暦75年。人類がその生活圏を宇宙に拡大してから幾星霜の月日が流れ、その安寧を太陽系の外にも見出そうと目論んでいた凪の時代に、「敵星体」は突如として現れた。

 最初は誰も取り合わなかった。冥王星、忘れられた星の裏側から出現した彗星など、惑星軌道を通過していつもの通り何処へと消えていくものだとタカを括っていたからだ。

 人類という種はかつて神を崇めていながらも、自らを造物主と位を同じくする存在だと定義して、閉塞した時代の行き先を宇宙という未知のフロンティアとする形で、神の時代との決別を果たした。

 古き神の暦から塗り替えられた新星暦は、かといって人々に劇的な変化をもたらすでもなく、統一の名の下に蔓延る官僚主義の汚濁に足を囚われたまま、辛うじて内宇宙に生活圏を拡大するの精一杯な時代でもあったのだ。

 それでも、僅か一世紀足らずで航宙艦とスペースコロニーの建造と移民、火星のテラフォーミングという偉業が成し遂げられたのは、連邦の旗の元に地球の働き手を徴発できたからだろう。

 人は神と袂を分かった。にも関わらず、民主主義は死に瀕し、官僚と資産家、弱者を搾取する上流階級の専横が止まることはなかった。

 新星暦が半世紀を迎えた時に外宇宙航行船について盛んに研究が行われたのも、夢を見る先が外宇宙しか残されていないからだといえば納得もいくというものだ。

 しかし、人類のそんな栄光と苦渋を共にする歴史の価値を「敵星体」は汲み取りはしない。


『タイプ・キャンディ! 取り付かれました!』

『速度で振り払え!』

『無理です、隊長──嫌だ、死にたくない! うわああああっ!』


 無数に、それこそ、この宇宙に散りばめられた星屑の如く周囲を埋め尽くす、「タイプ・キャンディ」と呼ばれる小型の敵星体に取り付かれた戦闘機のパイロットが、自らの愛機を棺桶としてキャノピーごと全身を食い破られる。

 撒き散らされる鮮血と臓腑の数は最早数えることすら意味もなく、ただただこの戦場が地獄でしかないことを物語っていた。

 あの赫く輝く彗星が、「人類の敵」であるとわかるのに時間はそう掛からなかった。

 冥王星沖から木星を経由して火星沖まで、ワープアウトとしか表現できない速さで着弾したその嚆矢は全ての対話を拒絶して、火星防衛艦隊と「ユートピア・コロニー」の全てを喰らい尽くし今、地球近海に赫々と瞬いている。

 地球圏絶対防衛線。この地獄に名付けられたそれは、死に向かう兵士たち、屈強な大人の背にもあまりに重いものだったが、結果論的に、一足先に自由になれた彼らはまだ幸せな方だったといえよう。

 そしてこの、彼方より飛来した未知の侵略に、悲鳴を上げたのは人類だけではない。

 駆逐航宙艦「雪風」のカタパルト、本来であれば艦載機一機しか積むことのできないスペースに集められた、年端もいかない少女たちは、血と臓物が漂う宇宙から目を逸らし、吐き気を堪えるので精一杯だった。

 死と生が交錯する、戦場という血生臭く悪趣味なカクテルは、大人ですら慣れるのに時間がかかるというのに、まだ十五にも満たない少女たちがそれを飲み干せというのは酷な話だ。

 ならば何故、彼女たちが駆逐艦に積み込まれているのかと問われれば、その答えは一つしかない。

 彼女たちこそ、「星の悲鳴」──地球が発するSOSをキャッチして、あらゆる物理法則に抗い、奇跡をその細腕に運ぶ「魔法少女」と呼ばれる存在だからに他ならないからだ。


「……わたしたち、これからどうなるんだろう」

「……この船が、行けるところまでは案内してくれる。そしたら……」

「うん、砲撃を合図に、敵に……あの赫い星に突っ込むんだね」


 魔法少女。それは「星の悲鳴」をケーブルに、魂を高次元に接続することで、あらゆる奇跡をもたらすことができるようになった革命の乙女の総称だった。

 だが、駆逐艦のカタパルトに並ぶ七人の少女たちの表情はそんな肩書きの凛々しさからは程遠く、年相応に死の恐怖に怯え、かちかちと歯を鳴らし、眦に涙を滲ませている者しかいない。

 当たり前だ。いかに「星の悲鳴」が絶対的な力を彼女たちに授けたところで、その心の在り様までは塗り替えられないのだから。


「……ねえ、結衣ちゃん」

「何、桃華」

「この戦いが終わったら、わたしたち──」

「うん、また学校に通える。お祭り会も、花火大会も……きっと全部できる、だから」


 ──だから、なんだというのか。

 結衣は、その言葉の無力と、この作戦がいかに無謀なものであるかを理解していた。

 それはきっと、今話しかけてきた八代桃華も変わらない。

 わたしたちは、死にに行くのだ。

 たった一隻の駆逐艦を護衛するために大量の戦艦や巡洋艦を、戦闘機のパイロットを犠牲にして、最後はこの「雪風」も人類勝利というお題目の炉に焚べられて、決死隊の自分たちも似たような末路を辿る。

 もう、給食の揚げパンを食べることはできない。

 地球にも「敵星体」が降り注ぐ様になってからというもの、食事は質を著しく欠いた合成食になっていたものの、それでも結衣は、あの殺伐とした合成揚げパンの味を、今になって脳裏に浮かべてしまうのだ。


『「雪風」、メインエンジン被弾! これ以上の接近は──』

『旗艦に伝えろ! 本艦をビーコンにして、タキオン粒子砲であの彗星の中心核をぶち抜くんだ! 聞こえるか、魔法少女諸君! 出撃の時間だ、この作戦には人類の未来がかかっている……諸君らの奮戦に期待する!』


 駆逐艦「雪風」の艦長を務める年若い青年が、その死を覚悟した上で腹の底から叫びをあげる。

 それでも結衣の心にあるものは、明日の地球のことなどではなく。


「……また食べたいな、揚げパン」


 人類救済の栄光も、英雄の称号も、何もかもいらない。できることなら、ただこの戦いに背を向けて、揚げパンを齧りながら安穏と死ぬことができたなら、どれだけ幸せだっただろう。


『ドレス・アップ!』


 しかしそれはもしもの話、お伽話でしかない。

 少女たちは一様に、眦へと滲んでいた涙を拭って、それぞれの想いを心の底に押し込めると、高次元とのルートパスを開く「解号」を唱えて、見る見るうちにその装いを無骨な宇宙服から、およそ戦場に相応しくない、フリルがふんだんにあしらわれたドレスへと、己を包む光の繭の中で変換していく。

 これでもう、自分たちにこの宇宙を縛る法則は通用しない。真空の中で凍りつくこともなく、宇宙線に怯えることもなく、ただ──「敵星体」と戦うためだけに、星の求めに応じた救世主として、屍山血河を築き上げる戦場へと降り立つ。

 それが、それこそが、「魔法少女」に求められた在り方であり、十五にも満たない彼女たちが背負わされた十字架に他ならなかった。

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