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39.魔法少女と迷宮決戦(下)

 飛竜級とでも呼ぶべき変異体は、間違いなく今まで敵星体が作り上げてきた分岐の中でも系統樹の頂点に近い位置に座している存在だ。

 例外があるとするのなら、先日東京湾に来襲した超巨大敵星体なのだろうが、あれは自壊を前提として人類を滅ぼすための欠陥品だ。

 生命とは、完全でなくてはならない。

 呪詛のように刻まれた生命の歴史と分化が、種の繁栄という概念が際限なく荒れ狂う紫水晶の飛竜に力を与え、確定した結果の一つでしかなかった、事象の抜け殻に過ぎないそれは現実に暴威をもたらし、結衣とアンジェリカへと襲いかかる。

 結衣たちに、あの変異体についてわかることは少ない。

 ただ、少なくともあの飛竜が暴れ回るだけの広さと強度をこの空間が持ち合わせている、という事実は確かなことだった。

 もしもこのダンジョンが、単純に地面に穴を掘っただけの代物であったのならば、あのタイプ・ショコラータが、飛竜が放ったブレスによって崩壊を起こしているはずだからだ。


「どうすれば、と……弱音を吐いてはいられないのですわね」

「うん、戦わなきゃ」


 紫水晶の飛竜もまた、確定した事象の抜け殻に過ぎない以上、リソースを薪にし、燃焼させることで稼働している個体であるならば、その力は無限ではない。

 だが、生憎どちらかがその力を使い果たすまでの我慢比べ、消耗戦に耐えうるほど結衣たちの方には余裕が残されていなかった。


「結衣さん、斬れますの?」

「……わからない、でも、やってみる」

「それならば……援護は任せてくださいまし!」


 結衣が杖の先から展開している「光の刃」へとアンジェリカは強化魔法を付与すると、自身の魔法星装を携えて、飛ばしてはすぐ補充される紫水晶の鏃を掻い潜っていく。

 竜と戦った経験など、アンジェリカにはない。それは結衣も同じことだ。

 だが、人は想像により未知に対しての補完を行うことが可能な生き物だ。

 翼を持つ蜥蜴は現実には存在しない。

 そのような進化を遂げた種と近しいものは太古に滅び、そして、ワイバーンと名付けられた生き物は、空想の中にしか棲まうことはない。

 しかし、あれが人が恐れを形にした竜種という名の幻想ではなく、ただ空を飛んで炎を吐き、翼爪を撒き散らすだけの蜥蜴であるのなら、それを恐れる必要はどこにもないのだ。


「……ズヴェズダユーズ!」


 アンジェリカは自分に強く言い聞かせ、魔法星装である「ズヴェズダユーズ」の名前を詠唱として世界に解き放つ。

 その名を与えられた魔法星装は、より強固な事象の具現化として、魔力を高次元からより多く抽出して、結衣が今振り下ろしたのとよく似た魔力の光を刃と変える。


「うろちょろと飛び回ったところで! 羽がなければ……竜なんてトカゲと変わらないのでしてよ!」

「……そうね、まずはその翼を斬り落とす……!」


 自らを鼓舞するようなアンジェリカの言葉に同意を示して、結衣は彼女の強化魔法によってその出力を引き上げられた光の刃を、紫水晶の鱗に覆われた変異体の翼へと叩きつける。

 その一撃は詠唱による魔力解放がなくとも、アンジェリカが同時に振り抜いた「ズヴェズダユーズ」と同格の威力を示すかのように、その鱗に引っかかることなく飛竜の翼を斬り落としていた。

 羽を失い、地面に叩き落とされた敵は苦悶の叫びを上げてのたうち回るが、厄介なあの翼爪による攻撃手段を失った今、警戒すべき攻撃は呪術甲冑陸戦隊を壊滅に追い込んだあのブレスだけだ。

 結衣とアンジェリカという二人の魔法少女によって、敵星体が生み出した仮想に棲まうその種は着実に追い込まれていた。

 だが、結衣はそこに一つ、喉に小骨が刺さったかのような違和感を覚えてしまうのだ。

 池袋でタイプ・クッキーの変異体と戦った時もそうだったが、あの飛竜級は、まるで屈辱に打ち震えるかのように耳をつんざく咆哮を上げて、無軌道に転がり、暴れ続けている。

 それが示すものは単純だ。

 怒り。

 本来、人類に対してどこまでも機械的だった敵星体が持ち得るはずがないものを、あの羽を斬り落とされた飛竜は一目でわかるほどに曝け出していた。

 変異体が生まれたこと、そして無数の変異体が生まれているこの迷宮、その結実であるかのように振る舞うあの飛竜級。

 今はまだ、それらは連続した事象ではない。

 朧な繋がりを持っているかもしれない、個別の不確定要素が宙に浮かんでいるだけだ。

 だが、それらが全て確定した時、明確な繋がりを得た時に、何か恐ろしいことが起こるのではないか。

 光の刃を携える結衣の脳裏に、一瞬そんな想像が閃いて、消えていく。

 だが、今は未来のことを考えている場合ではない。 


「魔力解放……ロンゴミニアスタ!」


 ブレスを吐き出すべく、大きく息を吸い込んだ飛竜級の蛮行を阻止するために、結衣もまた呼吸を整えて、己が携える魔法星装の名前を、そこに込めた願いと呪いを世界に解き放った。

 アンジェリカの「ズヴェズダユーズ」が纏う「光」と、結衣がその特性として持ち合わせている「光」は、似ているようでその性質は大きく異なる。

 全てを浄化し、何よりも疾く駆け抜けていくそれは、第一世代最強と称された魔法少女、小日向結衣にのみ与えられた固有の魔法だ。

 魔力を単純に光として放出するのではなく、通常ならばあり得ない、高次元の中を漂う可能性の一つである「光によって形成された刃」という結果を引き出して出力する結衣の魔法は、単純な魔力解放を凌駕する威力をもって、吐き出された紫色の炎を両断、そのまま真っ二つに、飛竜級本体をも縦に断ち切っていた。


「なんとかなるものですのね」


 敵星体が完全に沈黙したことを確認して、アンジェリカは足元に転がっていた紫水晶の破片を踏み砕きながら、額に浮かんだ汗を拭う。


「うん……ありがとう、アンジェリカ」

「お礼を言われるようなことはしていませんことよ?」

「ううん、あの時アンジェリカが私を正気に戻してくれなかったら、きっとこいつにやられてたから」


 結果だけ見れば、結衣とアンジェリカは確かに飛竜級を仕留めたといえるのかもしれない。

 だが、それはどこまでも綱渡りであって、一つボタンを掛け違えていれば全滅していたのであろうことは、結衣が一番よくわかっていた。

 誰かを守りたい。誰の命も失わせたくない。

 その理想を捨て去ることは、いつしか心を捨て去ることと同義なのかもしれないが、それを抱き続けるには、人間の心はあまりにも脆過ぎる。

 どこかで折り合いをつけなければならないとわかっていても、今日に至るまでに積み重ねてきた犠牲が、救えなかった命が今も結衣の背中にのしかかっているというのは、3年前、彼女に救われた側であるアンジェリカには理解できても、それを分かち合うことはままならないのかもしれない。

 だからこそ、あえて憎まれ役を買って出たに過ぎないと、そう思っていたのだが、妙に律儀な結衣の仕草に、少しばかり面食らった様子でアンジェリカは目を見開いていた。


「その件ですの……でしたら、私から言えることは全て言いましたわ。むしろこちらこそお礼を言うべきですわね。ありがとうございますわ、結衣さん」


 あの飛竜級は、自分一人では確実に倒し切れないか、虎の子であるメタモルブーストを切らされていただろう。

 いかにアンジェリカが第二世代最強の魔法少女と呼ばれていても、「原初の七人」の中でその名をほしいままにしていた結衣との間では、悔しいが、実力に大きな開きがあることは認めざるを得なかった。

 だが、そこで意固地になったところで何かがあるわけでもない。

 アンジェリカにはアンジェリカの、魔法少女として戦い続ける理由がある。

 そして結衣には結衣の理由がある。

 それらは共存こそしても、決して対立するものではないのだから。

 優雅にスカートの裾を摘み上げて一礼するアンジェリカも、妙に律儀だと結衣も引きつった苦笑を浮かべながら、戦いから解き放たれたことでどっと押し寄せてきた疲れに身を委ねる。


「えっと……どういたしまして? アンジェリカ」


 どことなくぎこちない、コミュニケーションに困って小首を傾げている結衣の姿は、勝手に対抗意識を抱いていた「第一世代最強にして原初の七人の生き残り」である英雄のものではなく、どこまでも等身大な、自身と同じ少女のそれであることを認めて、アンジェリカも苦笑を浮かべる。

 ここに、幻想の最強種は討ち果たされた。

 だが、もしもダンジョンの中で徘徊していた変異体が地上に解き放たれることになれば、今回のようにはいかないであろうことは想像がつく。

 この迷宮を制圧したところで、それがどれほど敵星体に対して打撃を与えられたのかはわからない。

 だが、少なからず意味はあったと、そう思っていなければ、やっていけるものではないだろう。

 だから今は、一つのことが終わったと、そう思うしかない。


「おぅい、終わったか!?」


 安全圏まで退避していた内藤たち、陸戦隊の生き残りが、探照灯を照らしながらやってくるのを見つめて、結衣とアンジェリカは力強く頷き、塵へと還った飛竜級がいた場所を指差しながら、その答えとするのだった。

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