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36.魔法少女と迷宮攻略

 到達した第三層では、土壁から生える紫水晶のような物体が第二層とは比べ物にならないほどその数を増やしていた。

 そのぼんやりとした薄明かりは、呪術甲冑陸戦隊の探照灯を切っても探索に支障をきたさない程度には連続して続いており、自分の内側から聞こえてくる「星の悲鳴」もまたその強度を増していくのが、結衣にははっきりと感じ取れる。

 敵星体の存在がなければ、どこか幻想的でさえある紫水晶の照らす侵食空間は、「はぐれ」の個体である敵星体の数もまた増えているのかと、結衣は一瞬身構えた。

 だが、「星の悲鳴」を辿ってみればそのようなことはなく、相も変わらずただ「穴」があると思しき空間の近くに彼らは寄り集まって、その一点だけを防衛していた。


「しかしよ、敵さんは何のためにこんな迷路を作りやがったんだ?」


 第一層、第二層と続いてきたその構造にいい加減うんざりしていたのか、内藤は溜息混じりに呟く。

 これが呼称通りに敵星体の「巣」であるならば、通路から侵入できる「部屋」には意味があらねばならない。

 だが、ダンジョンの名の通り、今のところその部屋が果たしている意味は「穴」へと通じる「当たり」の部屋に辿り着くまでに探索者の体力や気力を浪費させるためのものでしかない。

 これがもしも旧世代に流行ったゲームであるのなら、ドロップアイテムである資金や装備、食料などが調達できるのだろうが、床に落ちているのは今のところ、何の価値も持たない紫水晶の破片だけだ。


「……私たちを消耗させるため」


 結衣は彼の呟きに、今考えられる最大の理由をそのまま包み隠さず言葉として返したが、内藤は気を悪くした様子もなく、だろうなぁ、と、呪術甲冑が担いでいるアサルトライフルで両肩を軽く叩きながら溜息をつく。


「あのねじれた『塔』のデカさでダンジョンの規模は変わるらしいが……あとどれぐらいなんだ?」

「……わからない。でも、まだまだ敵星体の気配が強いのは確か」

「長丁場、ってことか……こいつは携帯糧食も持ってきて正解だったな」

「……なるべく、最短で踏破するようには意識してるけど、ごめんなさい」

「あんたが謝るこたぁねえよ、これは俺たちに与えられた任務だからな」


 恨むんなら、今頃クーラーの効いた部屋で椅子に腰掛けているお上を恨んだ方がよっぽどいい、と内藤が飛ばした軽口に、陸戦隊の面々が苦笑するのにつられて、結衣は引きつった、出来損ないの笑みを口元に浮かべる。

 アンジェリカは一人、そんなジョークに呆れて肩を竦めていたものの、それでもこの光景がそろそろ見飽きてきた、というのは確かなことだった。

 これは戦いであってゲームではない。

 ダンジョンに潜ったことで何かの戦利品も得られるわけでなければ、死んだらそこまでの話で、地上に戻ってもう一度やり直すこともできない。

 そんな実入りのない任務であったとしても、敵星体を一匹残らず駆逐して、この迷宮を踏破してこいと命じられたのであれば、それがアンジェリカたちにとっては何をおいても達成しなければいけない至上命題だ。

 目を伏せ、己の内側から感じられる「星の悲鳴」をアンジェリカが辿りながら通路を進んでいた、その時だった。


「……強い気配がありますわね」

「……うん、近づいてきてる」


 結衣もまたその「気配」を感知して、魔法星装を構え直す。

 恐らく、反応からしてタイプ・ショコラータではなくタイプ・クッキーの変異体なのだろうが、「星の悲鳴」が伝えてくれる怯えの強さは、前者に匹敵するほどだ。

 順当に通路を辿っていけば、次の小部屋にその反応は待ち構えていることになる。

 会敵は近い。恐らくあの蟷螂級よりも強力なものがそこにいるのだろう。

 結衣とアンジェリカは、覚悟と共に魔法星装を携えて、一際強い反応が待つ小部屋へと慎重に足を踏み入れた。

 そして、呪術甲冑の探照灯が照らし出したものは、そうして結衣たちの視界に浮かび上がってきたのは、ファンタジーの世界から抜け出してきたような、二足歩行の蜥蜴──リザードマンと形容されるような見た目の変異体だった。

 タイプ・クッキーが携える「爪」の代わりに、紫水晶でできた盾とハルバードを構えている蜥蜴人は、明らかに今まで戦ってきた敵星体から考えれば、異様な存在だ。

 タイプ・クッキー故なのか、敵星体がそこまでのリソースをこの変異体に割くことをしなかったのかはわからないものの、相変わらず発声器官を持たない変異体は二体、じりじりと結衣とアンジェリカへとにじり寄っていく。

 両手両足がある亜人としか形容できない姿形を、なぜ敵星体がとっているのか──不合理で、不条理な変化、あるいは進化を遂げているのかはわからないものの、このリザードマンは明らかに蟷螂級よりも強い。

 魔法少女としての本能が、結衣たちにそう告げる。


「呪術甲冑陸戦隊は背後からの襲撃を警戒してくださいまし! 参りますわよ、結衣さん!」

「……うん、アンジェリカ」


 幸いなのはこの二体が「はぐれ」であったことだろうか。

 一対一での戦闘力を高める方向に進化を遂げていたのか、武器を携えるという選択肢をとった変異体に向けて、結衣とアンジェリカは疾駆する。

 いつも通りに展開した思考誘導弾で結衣は先制攻撃と牽制を兼ねた一撃を放つものの、蜥蜴人級とでも呼ぶべき変異体が構えている紫水晶の盾はそれら全てを防ぎ切って、尚消耗した様子を見せていない。

 ならば、とばかりに結衣は身体能力を強化する術式を展開して、ブーストアップを施した回し蹴りを盾へと叩き込むことで、変異体が構えたそれを粉砕する。

 効いていないように見えただけで、一点に出力を集中させた先程の誘導弾による牽制は、確かな効果を表していたのだろう。

 蜥蜴人級が振り下ろすハルバードによる一撃を回避しつつ、結衣は戦場となった小部屋を俯瞰して、周囲の状況を把握する。

 アンジェリカもまた変異体と対峙していたものの、あの紫水晶の盾が誇る防御力の前には少々分が悪いのか、渡り合ってはいるものの、押され気味だ、というのが正直なところだった。

 しかし、彼女もそれを理解していないほど愚かではない。


「内藤隊長、徹甲弾を!」

「よし、任されたぁッ!」


 結衣から向けられた視線に、大丈夫だと瞳で答えを返すと、その身体を宙に翻して、アンジェリカは呪術甲冑隊へと支援を要請する。

 78式呪術甲冑が背負っているバックパックに装備されているキャノン砲から、魔力によるオーバーコートが施された徹甲弾が、蜥蜴人級の盾が構えている紫水晶の盾へと直撃し、ばちばちと火花を散らす。

 あの盾はどうやら簡易的ながらもそこそこ強力な障壁を纏っているらしく、今起きている現象はさしずめ呪術礼装として再定義された徹甲弾と、紫水晶の盾が発する障壁同士の干渉といったところだった。

 アンジェリカはそれを認めると、身体強化の術式を展開する。

 そして、魔法によってブーストアップされたアンジェリカが放つ飛び蹴りが、徹甲弾を後押しするかのように炸裂し、無理やり障壁を突き破った。


「ものは……使いようですわ!」

「アンジェリカも問題ない、なら……!」


 紫水晶のハルバードによる一撃を回避した結衣は、蜥蜴人級がアンジェリカにも対処可能であるということを認めると、そのまま目の前にいる個体の処理を優先することを決める。

 魔法の杖から放たれる「光」を「刃」として再定義して、結衣は光の剣を作り上げ、思い切り横薙ぎに振り抜いた。

 迷いのない一撃は蜥蜴人級の胴体を両断し、そのまま塵へと還していく。

 一対一で挑むのであれば、蜥蜴人級の能力は、結衣には遠く及ばない。

 だが、もしもだ。

 もしも、これらが地上に解き放たれて連邦軍と大々的に事を構えることになったら。

 徹甲弾による対処は可能であるとはいえ、盾を持った存在が前衛を務めて、その後ろを「爪」を持つ個体が固めていたら。

 ──少なからず犠牲が払われるのは、必然だといえよう。

 そんな想像に、思わず結衣は背筋を震わせる。

 この変異体が敵星体の中にどれだけ広がっているかは、そして敵星体のデータベースとでも呼ぶべきものが存在し、そこに登録されているかどうかはわからない。

 だが、今この場において全てを駆逐しなければならないのは、容易に想像がつく。

 アンジェリカが魔法星装によって蜥蜴人級の首を断ち切るのを視界に認めて、結衣はほっと胸を撫で下ろす。

 この迷宮に、宝と呼ぶべきものはない。

 ただし、倒すべき敵がいる。

 そういった意味では、先鋒に志願したことは間違いではなかったといえるのかもしれない。

 結衣は「オケアノス」の艦内で待っているスティアのことを脳裏に浮かべて、敵星体への憎悪を燃やしながら、静かに次のフロアへと、大量の敵が待ち構える「穴」へと、歩みを進めるのだった。

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