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35.魔法少女と迷宮探索

 張り巡らされた敵星体の巣は、生き物が作るそれのように機能的な面を持ち合わせていながらも、それらが活用されている様子はない。

 それこそ、旧世紀のゲームに出てくるような、探索者を惑わせるためだけにいくつもの小部屋と通路が配置された、ダンジョンと呼ぶのに相応しい構造は、しかして結衣たちを疲弊させるのに足りるものではなかった。

 魔法少女は己の魂と接続された「星の悲鳴」を通じて、敵星体の存在を感知することができる。

 つまり、この手の迷宮が、正しくダンジョンとして作られているのなら、より強い敵星体の気配を辿っていけば最短ルートで下層へと繋がる穴を見つけることが可能である、ということだ。

 ただし、この任務に含まれるものは迷宮の完全踏破──敵性体の殲滅がその条件の一つである都合上、最短ルートだけを進めばいいというものではない。

 78式呪術甲冑の探照灯に照らされながら、結衣は対峙していた変異体、「蟷螂級」の腕を強引に引きちぎり、至近距離からの思考誘導弾を叩き込むことで塵へと還していく。

 複数体が群れを成しているならまだしも、こういう「はぐれ」の個体だけであれば、変異体といえども対処そのものは楽な方だった。

 その隣では通常のタイプ・クッキーを自前の魔法星装で斬り捨てていたアンジェリカは、噂通りに苛烈な結衣の実力と戦い方に感心したように、ふん、と小さく鼻を鳴らす。


「随分と荒っぽい戦い方をなさるのですね」

「この方が消耗を抑えられて楽だから」

「それはそうですけれど、できるかどうかとはまた別の問題ですわ」


 アンジェリカが魔法星装を主軸に置いた戦い方をしているのは、彼女がインファイターであるから、という理由もある。

 だが、純粋に魔法少女としてブーストアップされた身体能力が、第二世代最強といえども第一世代に、「原初の七人」に及ばないから、というのもまた同じだった。

 第二層の各部屋に配置されていた敵星体の全てを殲滅したことを、「星の悲鳴」を通して確認した結衣とアンジェリカは、そんな短い言葉を交わすと、陸戦隊を誘導して「穴」のあるフロアへと歩いていく。

 先導される内藤たちからすれば、相変わらず結衣もアンジェリカも訳の分からない戦闘力を誇っていると嘆息する他にないのだが、魔力よりも消耗が早い弾薬の消費が抑えられ、犠牲が出ていないというのは幸いなことだ。

 だからこそ、余計に考えてしまうのだ。

 どうして調査段階からマジカル・ユニットを動かそうとしなかったのかと──理屈は理解していても、納得が出来ないと言った風情で、内藤はコックピットの中で憮然とした表情を浮かべていた。


「いやあ、魔法少女様々ってやつですね、隊長」

「馬鹿野郎、死んでる奴もいるんだ」

「……すみません」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな、こっからが地獄だぞ」


 下層へと通じている「穴」の周囲には、第一層がそうであったように無数の敵星体がガーディアンとして配置されている。

 しかし、それは明らかに「巣」を守るのであれば非効率的で、非合理的だ。

 次のフロアに侵入された時点で総力をかけて挑みかかってくればいいものを、わざわざ「穴」の周辺に守りを固め、フロアを数体の「はぐれ」に巡回させているのは、何か理由でもあるのだろうかと内藤は訝るが、言葉が通じない敵の考えなどわかるはずもない。

 結衣も、今考えていることは彼と概ね同じようなものだった。

 まるで自分たちのような侵入者を試しているような布陣を敵星体が敷いていることに、何か意味はあるのかと疑いたくもなるものだが、やはり対話ができない時点でそれを考えることに意味はない。


「……だったら、出たとこ勝負で殲滅するしかないよね」

「何のことかはわかりませんけれど、仰る通りですわ」


 第三層へと通じている「穴」の周囲を警護しているタイプ・キャンディの群れを、陸戦隊が両手に携えた、呪術礼装であるアサルトライフルから放たれる弾丸と、結衣が放つ思考誘導弾が七面鳥撃ちのように壊滅させていく。

 考えることはもうやめた。

 この全てを殲滅する。

 スティアが怯えることのない世界が訪れるまで、敵星体を地球から叩き出す。

 思考を戦闘に切り替えた結衣の行動は早く、タイプ・クッキーの岩石にも似た体組織を拳で砕き、踵落としでとどめを刺す一連の動きに、無駄と呼べるものは一切なかった。

 変異体の、蟷螂級が振り下ろす鎌を魔法星装で受け止めつつ、アンジェリカは結衣のその苛烈な戦いに思わずごくり、と息を呑む。


「……あれが、第一世代の最強なのですわね」


 誰もがそうあれるわけではない。

 誰もがそうなれるわけではない。

 憧れというのは残酷なものであり、手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかり、足を動かせば動かすほどその道からは遠ざかっていくのが常というものだ。

 アンジェリカ・A・西園寺という人間は、そういう意味では常に「小日向結衣」という存在に憧れを抱いていたのかもしれない。

 蟷螂級の一撃を押し除けて、その胴体を魔法星装たるハサミで両断しながら、荒い呼吸の中でアンジェリカは考える。

 最強であらねばならない。有用な、魔法少女でなければならない。

 今も尚彼女の心を縛り付けているその考えは、変異体相手に一対一のぶつかり合いではそれなりに手こずらされている現状とは程遠いものだった。

 油断をしなければ、あの蟷螂級ぐらいは問題なく処理することができる。

 だが、それでは足りない。圧倒しなければならないのだ。

 結衣が容易く、杖から展開した光の刃でタイプ・クッキーの通常体と変異体の区別なく両断していく光景を横目に、アンジェリカは一人、ぎり、と歯を食いしばる。

 左右で色が違う瞳に微かな羨望と嫉妬を宿しながらも、アンジェリカの闘志が横道に逸れることはない。

 変異体を両断し、自身の特性である強化魔法を展開すると、背面飛びの要領で背後から振り下ろされた鎌を回避し、アンジェリカは魔法星装を振るって蟷螂級の首を跳ね飛ばす。

 そして、アンジェリカへとターゲットを向けた個体に結衣が思考誘導弾による攻撃を浴びせかけることで、第三層へと続いている「穴」を守護していた敵星体はその全てが、大した時間をかけることもなく駆逐されていた。


「感謝いたしますわ、わたくしに合わせてくださって」

「ううん、こっちこそありがとう。さっきも言ったけど、敵の気を引いてくれて」

「お互い様ですわ、下に参るといたしましょう」


 相変わらず、交わされるのはどこかぶっきらぼうで短い言葉だったが、結衣もアンジェリカも、この短い時間で互いが背中を預けるのに十分だと、確信を抱く。

 結衣がいかに最強の魔法少女であるとしても、一人にできることには限界がある。

 この程度の群れであれば、確かに結衣一人でも壊滅させることは理論上可能なのかもしれないが、それは全ての不確定要素を排除した、机上の空論でしかない。

 だからこそ、互いに補い、庇い合う。

 部隊とはそういうものだと、幼い頃に教えられたことを思い出しながら、結衣はどこか懐かしい気分に浸りつつ、下からの攻撃を警戒しながら、より「侵食」の趣きが強い第三層へと降下していく。

 敵星体については、考えれば考えるほど、不合理でわからないことばかりだ。

 特にここ最近戦ってきた個体は全てそうだと、結衣は微かに眉根へとシワを寄せながら、その顔つきを厳しいものとする。

 だが──不合理で、不条理で、わからないことだらけのものがこの世にあるとするならそれは、人間もそうなのではないだろうか。

 一瞬、脳裏をよぎったそんな考えを否定するように結衣は微かに頭を左右に振る。


「……何を考えていても、敵は敵よ」


 それは自分に言い聞かせるための、戒めるための言葉だった。

 視界というスコープに敵を捉えて、呼吸を整え、その全てを、あらゆる手段で殲滅する。

 敵星体を相手にするなら、それ以上の理屈は何もいらない。

 戦いから離れていたことで薄れていた「魔法少女」へと自らを引き戻すべく、結衣は何度もその言葉を、声には出さず繰り返すのだった。

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