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34.魔法少女、出撃する

 四国奪還戦に向けて立案された作戦が正式に認可を得たことで、マジカル・ユニットはそのデビュー戦として旧松山市に聳え立つ結晶塔、敵星体の巣である「ダンジョン」へと向かっていた。

 道中、マジカル・ユニットの五人が揺られていたのはあの狭苦しい駆逐航宙艦の簡易カタパルトではなく、それぞれ乗員に二人一組での個室が与えられるという待遇までついている、オケアノス級一番艦「オケアノス」の一室で、戦地へと向かうにしては随分と豪勢な待遇だと、苦笑の出来損ないを浮かべていたことを、結衣は覚えている。

 一番艦のネームシップということもあって、貴賓艦としての役目も帯びている「オケアノス」の居住性は、最新の航宙艦らしく、かつての総旗艦を務めた「山城」と比べても圧倒的に快適なものだった。

 これで向かう先が諸国漫遊のクルージングであるのならば、乗っている側は夢心地なのだろうが、残念ながらこの艦の行き先は地獄の一丁目だ。

 四国圏内に突入したことで、偵察の真似事をしているのか、ダンジョンの周囲からはぐれていた、タイプ・キャンディが「オケアノス」の艦体を喰い破ろうと襲撃をかけてくるが、その全てが魔力によるオーバーコートが施された主砲とパルスレーザーに叩き落とされて、塵へと還っていく光景もまた、3年前からすれば信じがたいほどの躍進だった。

 流石は人類勝利の象徴として、その威信をかけて建造されただけはある、と、結衣は最大戦速でダンジョン付近の空域へと突入していく「オケアノス」の艦底部カタパルトで嘆息する。


「結衣……行くの?」

「……うん、スティア」

「スティアは……怖い。あの場所には、怖いものが、いっぱいある……だから、スティアは結衣を心配してる……」


 空挺降下の準備、といってもただハッチが開くのに合わせて「ドレス・アップ」の解号を唱えればいいだけなのだが、それを済ませると結衣は、不安げに眉を八の字に歪めて表情を曇らせるスティアの手を取って、半ば自分に言い聞かせるように約束を誓う。


「……大丈夫。私は必ず帰ってくる。スティアの前からいなくならないって、約束したから」

「結衣……」

「信じて、スティア」


 結衣から言えることには何の保証もなければ確証もない、気休めの言葉でしかないのかもしれない。

 だが、約束を立てることは、言葉を口にするということはその事象に魂を吹き込むことだと見る向きもあるように、気持ちをはっきりと声に出すことに何かしらの意味はあると、結衣はそう思っていた。そう思いたかった。

 そんな切実な祈りにも似た結衣の覚悟を邪魔するのは無粋なのだと、そこに何の力も持たない自分が挟まる余地はないのだと理解したスティアは出撃の余波が及ばない安全圏まで身を引くと、儚い笑顔を浮かべて戦地へと赴く結衣の背中に激励を送る。


「スティアは……信じる。結衣は結衣だから、スティアは、信じられる……だから、結衣……頑張って」

「……ありがとう、スティア。行こう、アンジェリカ」

「言われずとも準備はできていますわ」


 律儀に結衣たちの会話が終わるのを待っていたアンジェリカは、どこか青臭い彼女たちの会話に少し辟易しつつも、それを咎めることはせず、徐々に開いていくハッチへと歩を進める。

 今日会って、当たり前のように言葉を交わした人間だって、明日にはいなくなっているかもしれない。

 それぐらいのことは、アンジェリカにもわかっていたし、一人の戦士として弁えてもいることだった。


『ドレス・アップ!』


 聳え立つ結晶塔にギリギリまで接近したところで開かれたハッチを前にして、結衣とアンジェリカは解号を唱え、魔法少女に姿を変える。

 幸いにも「オケアノス」が撃ち漏らした敵星体はいなかったため、先に発進した結衣たちに続いて呪術甲冑陸戦隊もまた、カタパルトから射出される形でダンジョンの入り口である、地上に穿たれた「穴」へと向けて、次々と出撃していく。

 そのバックアップとしてカタパルトから降下した美柑と絵理が、「オケアノス」や呪術甲冑陸戦隊を狙った敵星体を殲滅し、結衣たちは欠員を一人も出すことなく、ダンジョンの第一層へと突入していた。


「気を付けろよ、ここまでは地図があるが、ここから先は何もねえ」


 陸戦隊を率いる内藤は結衣たちにそう忠告を送ると、いつでも背後からの攻撃に対応できるような陣形を組んで、まだ「侵食」の面影がない土壁に塗り固められた第一層を進んでいく。

 撤退を余儀なくされた第一層から第二層へと通じているはずの穴からは、侵入者を撃退すべく無数の敵星体が湧き出ていて、中にはあのカマキリのような変異を遂げた敵の姿もあった。

 内藤にとっては因縁浅からぬ相手ではあるが、今回のダンジョンアタックで前衛を務めているのは第一世代最強と名高い結衣と、第二世代最強と呼ばれる、アンジェリカのタッグだ。

 さも当然のように結衣は無数の思考誘導弾を周囲に展開すると、内藤たちの出る幕はないとばかりに、無数のタイプ・キャンディを塵へと還していく。


「流石は原初の七人ですわね……けれど!」


 そして、瞬く間に孤立することになったタイプ・クッキーの変異体──「蟷螂級」と名付けられたそれに、ハサミのような魔法星装を携えたアンジェリカが果敢に斬りかかる。

 目にも止まらぬ速さで振り抜かれたその一撃は、バターを熱したナイフで溶かすかのように、蟷螂級の首を跳ね飛ばしていた。


「まだ戦いは終わってない、油断しないで」


 そして、アンジェリカの後隙に付け入るかのように鎌を振り上げた「蟷螂級」を複数巻き込んで、結衣の魔法星装から展開された光の刃がその首を、鎌を、何もかもを飲み込んで瞬く間に塵へと帰せしめる。


「油断をしていたつもりなどありませんわ。ですが……救援には感謝いたします、小日向結衣」

「……こっちこそ、どうも。変異体の気を引いてくれてたから、やり易かった」


 結衣の、典型的な魔法の杖といった見た目である魔法星装「ロンゴミニアスタ」から発せられる光の刃を構築する術式の展開には、少しだけ時間がかかる。

 と、いうのも、魔力を一度「光」として放出してそれを「刃」と再定義する二つの工程が必要になってくるからだ。

 しかし、それすら内藤たちから見れば、一瞬の出来事に過ぎなかった。

 弾薬を装填し、HUDに浮かび上がる敵影を見据えたその瞬間に、敵星体の全ては、二人の魔法少女によって壊滅させられていたのだ。

 あくまでも調査のためだったとはいえ、リスクの兼ね合いがあったとはいえ、あの時、トライアングル・ユニットではなく最初からマジカル・ユニットが投入されていたら。

 それが筋違いな怒りであることは、内藤にもわかっている。

 しかし、そう思わずにはいられないほどに、かつて苦戦を強いられた敵はあっさりと退けられたのだから、やるせないどころの話ではない。

 魔法少女というのは、元来そうした、人智を超えた、理解を踏み倒したような超越存在だった。

 だが、どういう事情か「星の悲鳴」が弱まってしまったことで、「トライアングル・ユニット」のように、呪術甲冑と変わらないどころかそれを下回る魔法少女が生まれてしまっている現状が異常なのか、それとも最初期に生まれてきた結衣たちが異常なのかは、陸戦隊の面々の知るところではない。

 そして、それは結衣たちも同じことだ。

 過程がどうあれ、結果が伴えばそれが全てなのだから。

 あくまでも敵星体を殲滅するため、魔法少女としての本懐を果たすために、通路のクリアリングを行って、結衣たちは第二層へと続く縦穴へと飛び込んでいく。


「……それにしても、わからない」

「何がですの?」

「……敵星体が、わざわざこんな凝った建造物を作る理由」


 巣穴というのであれば、他の敵星体のキャリアーとなるタイプ・ショコラータ、「母艦」級が収まるだけの空間があればそれで済む話だが、わざわざ侵入者を拒むような迷宮のように巣を作り上げる理由が見当たらなければ、そこまでの知性を敵が持ち合わせているかどうかも、また同じだった。

 ただ、池袋での変異体との戦いを経て、結衣の脳裏にはあくまで直感的な予測にすぎないものの、敵星体は何らかの変化を、進化と呼ぶべきものを遂げているのではないかという仮説が時折ちらついて離れないのだ。


「そうですわね、わたくしもそれは存じ上げませんわ。ですが……」

「……ええ」

「答えは案外、最奥に転がっているのかもしれませんわ。迷宮とは、得てしてそういうものですもの」


 アンジェリカは最初と比べれば幾分か柔らかい笑みを口元に浮かべて、壁面から水晶のような構造体が顔を出し始める第二層の壁を指してそう言った。

 案外、真実というものは彼女の言うように、現場に転がっているのかもしれない。

 結衣は石ころを弄ぶかのように床に落ちていた紫水晶の破片を爪先で蹴飛ばすと、静かにそう、息をつくのだった。

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