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33.魔法少女と作戦会議

「さて、君たちに集まってもらった理由は他でもない。四国奪還に向けて、先遣隊が得られた情報の共有と作戦の立案を行うためだ」


 諏訪部はぱしん、と右手に持った指示棒で左の掌を叩くと、ブリーフィングルームのモニターにここ一週間で各所を駆けずり回って、「ラボラトリィ」に分析を依頼したデータを表示する。

 よく見れば彼の目元にはうっすらと隈が浮かんでいて、それはこの一週間で諏訪部はほとんど寝ていないことの証明でもあった。

 極東管区も連携している「ラボラトリィ」は各管区において共通の権限を持つために、ある程度独立した権限を有する他の管区からの情報が集まりやすい。

 しかし、一足先にダンジョンアタックを成功させた部隊が持ち帰った極秘情報については解析が進んでいないため、諏訪部の手元にはまだ渡ってきていないが、作戦の遂行に支障があるものではないと判断して、彼は問題の推移を真宵へと一任していた。


「今回、先遣隊が持ち帰ってくれた情報は極めて貴重なものだった。敵星体が巣食っている『巣』──これからはダンジョンと呼称することになるものについて、指標を定めることに大きく貢献してくれたからな」


 そう口にすると、諏訪部は画面に表示していたデータを切り替えて、オケアノス級二番艦「オールト」が外部から観測していた結晶塔のデータと、各管区において成功、失敗を問わず得られたダンジョンアタックの結果、そして「ラボラトリィ」が分析した独自の見解を表示してみせる。

 専門用語や戦闘データの記録が目まぐるしく切り替わっていくものの、何が何やら、ということはなく、そこに示されている指標は極めてシンプルなものだ。

 ダンジョンと呼称されることが決まった、恐らく敵性体の巣であろう構造物の攻略難度を、段階的に切り分けて視覚的にわかりやすくしたもの。

 それが、諏訪部の示した指標であり、EからA、そしてSの等級で区切られた攻略難度は、話を聞いている結衣たちにとっても直感的でわかりやすい。


「呪術甲冑隊のみ、もしくは第三世代魔法少女隊で突破できるダンジョンがE、第一世代魔法少女──つまり君たちを投入しても攻略が厳しいと予想されるものをSとしている。これらの根拠は、紫水晶のような構造物の大きさに比例して、迷宮の深度が決定されるからだ」


 その紫水晶が螺旋を描く「塔」が他に何の役割を果たしているかについては目下研究中であるものの、集積した記録を鑑みれば、「塔」の大きさがダンジョンの規模と比例しているというのは間違いない、というのが「ラボラトリィ」の出した見解だ。

 ダンジョン。いよいよ非現実感を帯びてきたその呼称に結衣はどこか毒気を抜かれたような気分になった。

 しかし、スクリーンに浮かび上がる調査隊の記録に映る「巣」は確かに迷宮のように複雑化した構造をしていて、直感的にはわかりやすいものなのだろう、と自分に言い聞かせる。

 その呼称に怪訝な表情を浮かべているのは結衣だけではなく、美柑も、そして絵理とアンジェリカもどこか呆れたような表情をしていた。

 そんな中で感心したように瞳を輝かせているのはスティアだけだったが、諏訪部は特に気にした様子もなく、北米管区から「ラボラトリィ」を経由して送られてきたデータを再生する。

 そこに映し出されていたのは、アリの巣にも似た構造の小部屋がいくつも並ぶ通路の壁から、「塔」とよく似た紫水晶が生えている光景だった。

 ──侵食されている。

 映像を見た瞬間、直感的に、結衣はそう理解していた。

 ジュブナイル小説に出てくるような異世界が、この世界のテクスチャを上書きして、その世界の法則を適用しているようにも見えるその光景は、無機質な敵星体の所業にしては随分と人間的な、手が込んだものだ。


「大佐、なんですの? これは」


 そんな現実離れした光景に疑問を抱き、真っ先に手を挙げたのはアンジェリカだった。

 土壁から水晶が生えているというのもさながら、敵星体がわざわざ迷宮のような構造物を作り上げていることも、理解を超えている。

 彼らは基本的に、無機質な殺戮機械だった。

 それは3年前の戦いで結衣たちは嫌というほど理解させられていたことであり、「赫星一号」が破壊された直後に誕生した第二世代魔法少女であるアンジェリカにしても同じことだ。

 だが、そんな敵星体がわざわざ巣を作り、迷宮のように複雑化した構造物として仕立て上げているのは、スティアを除く魔法少女たちには、不可解極まりないことだった。


「それについては研究中だということ以外の回答は差し控える。重要なのはこれから君たちには攻略難度A級と認定された、四国のダンジョンへと向かってもらうことになる、ということだ」


 諏訪部はおれも知りたいぐらいだ、とばかりに小さく眉根にシワを寄せると、いつも通り冷徹に研ぎ澄まされた声音を崩すことなく、結衣たちへとそう告げる。

 旧松山市に突き刺さっている、紫水晶で出来た螺旋の尖塔は既に天まで届かんばかりにその威容を誇っており、「ラボラトリィ」の推測に基づくのであればマジカル・ユニットを投入するのは妥当な判断だ。

 当然、その判断に行き着くまでには魔法少女や兵士たちの屍が積み重ねられているのだろうが──結衣は脳裏をよぎった想像に嫌悪を覚えて、こみ上げてくる吐き気に口元を押さえた。


「前線担当の攻略班が二名、後方で『オケアノス』と共闘し、周囲の敵星体を駆逐するバックアップが二名。前線担当の攻略班には陸戦隊の支援がつくことになるが──」

「やります、私が……前線をやります」


 危険な任務になる、と忠告を送ろうとした諏訪部の言葉を遮る形で、結衣はぎらぎらと義憤をその赤い瞳に滾らせて、地獄行きの片道切符を買う宣言とする。

 この攻略難度の指標が策定されるまでに、積み上がった犠牲がある。

 ならば、自分はそれを背負って、一人でも同じ任務で犠牲になる人間を減らすために、動かなければならない。

 その擦り切れた心を炉に焼べてでも、結衣はそう決意していた。

 それが自己犠牲と紙一重である危ういものであることは諏訪部にも理解できていた。

 だが、結衣の戦力はマジカル・ユニットの中でも随一であり、特に広域殲滅と定点攻撃の両方をこなすことができるバランス型であるというのは、この迷宮攻略には打ってつけだ。


「死に急ぐおつもりなら、ご辞退した方がよろしいのではなくて?」


 どうしたものか、と諏訪部が顎に指をやって考え込んでいるうちに口火を切ったのは、アンジェリカだった。

 その言葉には怒りだけではなく、少なからず失望が込められていて、それは他でもなく小日向結衣という最強の魔法少女にして救世の英雄という、当人にとっては呪いにも似た理想を、彼女が抱いていることの証でもあった。


「……私は生き残るよ、アンジェリカ。敵星体の全部を地球から叩き出すまで」

「なら、いいのですけれど。とにかく死に急ぐような真似だけはごめんですわ」

「肝に銘じておくわ」


 情動に突き動かされていたことを諫めつつ、アンジェリカはそんな、死に急ぐような姿を見せた結衣に少しの失望を抱きながらも、それ以上を追求することはせずに口を閉じた。

 結衣もまた、感情が先走っていたことは自覚していた。だからこそ、憎まれ役を買って出てでも自分を諫めてくれたことに感謝しつつ、再び諏訪部の瞳を見つめる。


「ふむ……そうなるとアタッカーとして、アンジェリカ・A・西園寺と組んでもらうのがちょうど良さそうだな」

「……大佐、本気で言ってますの?」

「三上美柑と小日向結衣では戦闘の傾向が似ているから戦力が偏る。それに万一、地上に以前のような巨大変異体が現れるとも限らない。そして水瀬絵理の『治癒』を『毒』に反転させる広域殲滅能力も、降下支援に回したい。理由としては不足か?」


 アンジェリカと結衣を組ませることに関して、諏訪部の中に不安がないというわけではない。

 何より、当人であるアンジェリカと、結衣も困惑しているものの、スティアとはまた違った形で結衣の助けになるだろうと判断しての決定だったが、それが吉と出るか凶と出るかは天に運を任せる他にないだろう。

 だが、諏訪部は軍人としての自分の直感に、信頼を寄せることに決めていた。

 身構えている時には、悪い予兆は訪れない──そんな保証はなくとも、最低限、受け止める覚悟ぐらいはできるからだ。

 結衣はアンジェリカと視線を合わせ、その左右で色が違う瞳を覗き込むが、そこに決定的な断絶があるわけではない、と予測していた。

 無論、アンジェリカが何を考えているかについては結衣の推測でしかないものの、あくまで彼女が問いかけているのは冷静に戦えるかどうかでしかない。

 ──ならば、やれる。

 3年前に魔法少女として戦ってきたその自信と誇りを胸に、結衣は力強く頷くと、心配そうな視線を向けるスティアと絵理に、大丈夫だよ、と、言葉ではなく瞳で語りかけて、ダンジョンアタックの先鋒へと志願するのだった。

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