31.魔法少女と持ち帰った戦果
「これが今回持ち帰れたデータですぜ、大佐殿」
大きな犠牲を払ったダンジョン・アタックから数日、その後は無事に敵地と化した四国からの帰還を果たした内藤は、「オールト」の艦長から受け取ったデータと自分たちの呪術甲冑に記録されていたそれが収められているデバイスを、諏訪部へと手渡した。
だが、その表情は決して穏当なものではない。
平静を装ってこそいるものの、内藤の額には青筋が浮かんでいて、もしも今何か余計なことを言おうものなら、諏訪部を殴り倒してしまうのではないかと、彼の背後に控える陸戦隊の部下たちは戦々恐々としていた。
だが、抱いている心境は彼らも全くといっていいほど同じであり、どこか恨みのこもった視線が内藤と対峙する諏訪部には向けられている。
これでは針の筵だと、諏訪部はデータを受け取りながら表情には出すことなく、内心で溜息をつく。
だが、四国奪還戦に向けた事前調査という任務を命じてきたのは、そして第三世代魔法少女の命と78式呪術甲冑を天秤にかけて、失うリスクが大きいと判断したのは諏訪部だけの意向ではない。
しかし、彼が責任者である以上、そこにある責任を問われることは必然であり、内藤が抱いている怒りにも、諏訪部は理解できるところも共感できるところもあった。
それでも、人類は生き残らねばならない。
怒りも悲しみも理解した上でそういう命令を発することにゴーサインを出したのは、間違いなく自分という人間の責任であり、背負っていかなければならない十字架だ。
諏訪部はそう自覚していたが、それがどれほどの償いになるのかについて考えれば、焼け石に水であることもまた理解していた。
「内藤曹長」
「何でありますか、大佐殿」
あからさまに仏頂面で、クビになろうが牢屋にぶち込まれようがこいつを殴らなければ気が済まない、とばかりに呼吸を荒らげている内藤を見据えて、諏訪部は静かに言葉を紡ぐ。
「気に入らないのなら、おれを殴れ。責任は不問だ……この調査作戦の責任者は、おれだからな」
覚悟を決めた者が宿す、研ぎ澄まされた刃の閃きにも似た鋭い色を帯びた視線が、内藤の義憤に燃える瞳へと真っ直ぐに突き立てられる。
それが綺麗事の類であることもまたわかっていたが、これ以上の償い──否、そうとも呼べない、彼の鬱憤を晴らす方法は、諏訪部には思い当たらなかったのだ。
もしも自分に世界が救えたら、と思う心は内藤たちとも、魔法少女とも同じものだが、時に冷徹な手段を選ばなければ、人類は敵星体との絶滅戦争を、生存競争を生き残ることなど、到底できはしない。
そう考える諏訪部は、諦観に足を掴まれ、現実という泥沼の中に引き摺り込まれているのだろう。
内藤にも、その指示を下す側の責任やその重さというものに理解や同情を示す余地があることは理解できていたが、それであの三人が、一人では使い物にならないからと一組でようやく一人前とみなされた魔法少女たちが帰ってくることはない。
「おぉらぁッ!!!」
「ぐっ……!」
咆哮し、その巌のような巨体から内藤は迷うことなく、再確認を求めることなく諏訪部へと握り締めた拳を振り下ろしていたが、その目には涙が滲んでいた。
「……すまねえ、大佐殿……こうしたところであいつらが、霧崎が、松原が、弦巻が帰ってこねえなんてことは承知の上なんだ……だがよ……!」
「……わかっている、だが、第一世代魔法少女や強力な第二世代魔法少女を、調査任務で失うわけにはいかないのもまた確かなことだ」
「……わかってらぁ……わかってるんだよ、んなことは! クソッ……畜生ッ……!」
波濤のように押し寄せてきた虚しさに、内藤の肩ががくり、と落ちる。
第三世代魔法少女の中でも、タイプ・キャンディと渡り合うのがやっとな魔法少女は、三人一組でようやく一人前の戦力だとみなされるものであり、トライアングル・ユニット──夏の大三角に擬えて名付けられたその部隊は、事実上の特殊攻撃隊であることは、軍部にいる人間ならば誰もがわかりきっていることだった。
トライアングル・ユニットに配属された魔法少女たちが生還してきた事例はゼロではない。
戦力の効率的な運用という意味では、非力な第三世代魔法少女をそれぞれの役割に分担させて、連携により敵星体を排除するという運用は理にかなっている。
だからこそ、スタンドアローンでの運用に堪えられない魔法少女であっても、戦果を挙げられるという宣伝文句は、決して嘘ではないのだ。
ただ、帰還率に対して未帰還率の方が圧倒的に上回っているという、それだけの話で。
命を丼勘定するのが趣味な上層部の事情など、内藤にはわからないしわかりたくもなかった。
例えトライアングル・ユニットの中でも、生き残ることができた魔法少女が今もどこかで活躍していても、霧崎希美は、松原千佳は、弦巻紬はもうこの基地に帰ってくることもなければ、事実上、遺影の代わりに桜の下で撮影される、入隊記念の写真に収められた笑顔で、時が止まってしまったのだ。
どかどかと足音を立てて司令室を去っていく内藤の背中を見送りながら、諏訪部は殴られたことで腫れ上がった頬を押さえて、おもむろに立ち上がる。
兵士が死んでいくのは、仕方ないという言葉で割り切ってはいけないことだ。
それは魔法少女も同じであり、書面上では第三世代の落ちこぼれで一括りにされるような魔法少女であったとしても、彼女たちには一人一人名前があって、歩んできた人生があった。
「霧崎希美、松原千佳、弦巻紬、か……」
ならば、その名前ぐらいは覚えておくのが、魔法少女を統括する司令部にいる自分の責務というものなのだろう。
それがただの偽善にすぎなくとも、独善にすぎなくとも、そうでなければ、命を使い潰しているという事実に潰れてしまいそうになるのは諏訪部もまた同じなのだ。
「派手に殴られたね、大佐」
腫れた頬を押さえながら、眉根に深いシワを刻んで、諏訪部は内藤から手渡されたデバイスを司令部の機器にインストールして、「オールト」による「塔」の解析結果と、そして内藤たちが持ち帰ってきた「巣」の第一層、その構造データをスクリーンに映し出す。
そんな彼の様子に、軍服の上から白衣を羽織った赤毛の女性がやれやれとばかりに肩を竦めて、慰め半分の言葉をかける。
「彼らの気持ちはよくわかる。おれも……この立場でなければ同じことをしてたかもしれんよ、宮路少佐」
「でも、彼女たちの戦いは決して無駄なものじゃなかったよ」
そう呼ばれた女性──研究部門である「ラボラトリィ」を統括する責任者である宮路真宵は、スクリーン上に次々と表示されていくデータを眺めながら、どこか祈りを捧げるようにそんな言葉を紡ぎあげた。
そして、「塔」における外部からの観測結果と、「巣」の内部構造のデータへと、分析するデータを絞り込んでいく。
少なくとも構造上、巨大な紫水晶が螺旋を描いている「塔」の方については、それ自体は敵星体の体組織とよく似た構造の物質で作られていること以外は、ほとんど不明だといって差し支えない。
しかし、そこに「ラボラトリィ」が、真宵が立てていた予測とは、奇妙な符号があることは確かだった。
「各管区から送られてきたデータと照らし合わせると、この『塔』の大きさが、『巣』の規模と比例してるみたいだねぇ」
「それは、確かなのか?」
「断言してもいいと思うよ、今回の部隊と似たような編成でダンジョン・アタックを成功させたとこは、大体あの『塔』は小さいし、『巣』の規模もそれに比例したものだった」
各管区から、次の国土奪還に向けた調査隊は「オールト」が四国へと派遣されたのとほぼ同時期に送り込まれていて、中には同じトライアングル・ユニットと呪術甲冑陸戦隊数名だけのパーティーで、あの忌まわしき敵星体の「巣」を、ダンジョンを攻略した部隊も存在している。
攻略を完了した部隊が持ち帰った戦果はまだ「ラボラトリィ」が各管区と協力して解析中であるものの、少なくとも「塔」の高さがダンジョンの規模に比例しているという真宵の見立ては、彼女が追加で表示したデータを見る限り、正しいものであるといえた。
「ならば、このデータを元に脅威度を策定することは可能、か……よし、取りかかれ!」
「全く、大佐も随分と張り切ってることだし、あたしもなんとかしますかね」
魔法少女たちの死を無駄にしないためにも、その戦いに報いるためにも、より適正な部隊編成の規模を探る指標として、攻略難度の決定は行われなければならない。
諏訪部は部下たちに指示を下すと、各管区へと連絡をとって、ダンジョン・アタックの結果を共有するように要求するのだった。