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30.魔法少女と物言わぬ帰還

 結論から述べてしまうのであれば、四国奪還戦に向けた構造物──ダンジョンの調査という目的自体は、陸戦隊が突入した時点である程度果たされていたといってもいい。

 紫水晶で作ったような質感を持つ、螺旋の「塔」が何であるのかについても、突入部隊が戦っている間に、オケアノス級二番艦「オールト」がある程度解析していた。

 それだけでなく、そもそも人や呪術甲冑が通り抜けられる「孔」があったこと自体、そしてそこに敵星体が巣食っていたこと自体、佐渡ヶ島で立てられた予測の証明であり、そういう意味で、敵地の調査という名目で持ち帰れた情報は非常に大きい。

 だが、そこには大いなる犠牲が伴っていた。

 内藤は不機嫌な表情を隠そうともせず、兵員のために当てがわれた部屋、その二段ベッドの下側で一人静かに黙り込む。

 あの後の戦いは、ほとんど一方的なものだった。

 希美がアサルトライフルを放って注意を引いたところに、呪術甲冑隊が火力支援を行うという作戦は理にかなってこそいたが、それは誰かしらがターゲットをとってくれている、という条件がつく話だ。

 盾持ちの千佳に狙いが殺到したのは、戦闘時間を遅延させて結果的に自分たちの数を減らしてくる、と敵星体が判断したからなのか、あるいは何か違う要因があるのかはわからない。

 だが、確実にいえることとしては、紬を失ったことでトライアングル・ユニットは著しくその戦闘力を欠き、そして千佳もまた、更なる下層へと通じているのであろう穴から湧き出てきたタイプ・キャンディの増援に押され、大楯の呪術回路が焼き切れたことであえなくその犠牲となったということだ。


(嫌、こんなとこで死にたくない! やだ! 助けて、希美! 紬! お父さん、おかあさぁぁぁん!!!)


 千佳の最期は見るに堪えないものだった。

 新兵が錯乱して既に戦死した戦友や両親の名を呼ぶ光景など日常茶飯事であるはずなのに、いつまで経っても慣れることはない。

 本当ならば千佳も紬も、戦場になど立つような存在ではなかったのだ。

 星の悲鳴がどうのこうのと、地球の守護者がどうのこうのとお題目を並べたところで、その役目に選ばれたのが年端もいかない少女たちであることは覆せない。

 そして、そのお題目を盾にして、そうするしかないとはいえ、少女たちを戦線に送り込んでいるのは、情けないことに自分たち大人の側なのだ。

 きっとやりたいことがたくさんあっただろう。やりきれなかったことがいくつもあっただろう。

 遺体すら残さず敵星体に喰いちぎられた少女たちのことを思い返し、内藤は一人その拳をきつく握りしめる。

 盾役を失ったことでターゲットが分散したことも手伝って、極東管区では初めての「(ダンジョン)」攻略は失敗に終わった。

 まだ、第一層とでも呼ぶべき浅層で攻略を中断せざるを得なかったのは、「オールト」からも魔法少女や陸戦隊各員のバイタルを計測していたからであり、二人の魔法少女、とりわけ千佳を失った状態でのダンジョンアタックは危険だという判断が下されたからだ。

 呪術甲冑の残弾には余裕があったにもかかわらず、そのような決定がなされたのはやはり、まだ十分に数が出揃っているとはいえない呪術甲冑もまた、魔法少女同様に貴重な戦力だとみなされているからに他ならない。

 そして、退き口でしんがりを務めることになったのは、案の定、希美だった。

 第三世代魔法少女──とりわけトライアングル・ユニットに割り振られるような人間と、78式呪術甲冑ではどちらの方が戦術的な価値が高いのか。

 つまりは、そういうことだ。

 他人の命で丼勘定をすることを生業にしている上層部らしい判断だ、と、内藤はこめかみに青筋を立てて、私室の壁を思い切り殴りつけた。

 本来であれば自分たちがしんがりを引き受けて、魔法少女の生還を最優先させるというのが従来のシナリオだったが、呪術甲冑の登場は良くも悪くもそのパワーバランスを打ち崩してしまったのだ。

 自分たちのような兵士があの敵星体と戦えるような力を願って、それが叶った時に代償として払わなければいけないのが若い命である、というのは、残酷という言葉で済まされていいようなものではない。

 もっと、おぞましい何かだ。

 しんがりを引き受けた希美は文句一つ言わずに、訓練で教わった通りに足を止めることなくアサルトライフルを撃ち続け、見事に呪術甲冑隊の生還に貢献してくれた。

 鬼気迫る、といった表情で、アサルトライフルの弾がなくなれば魔法星装であるリボンに電撃を纏わせて即席の電磁鞭として仕立て上げ、その賢さを余すところなく使いこなし、希美はその任務を果たしたのだ。

 だが、生還し、「オールト」が回収した人員の中に希美の存在はなかった。

 しんがりというのは、そういう役目だ。

 事実上、犠牲になって他の仲間が逃げるための道を作れ、という──否、美辞麗句を取り払うのなら、死んでこい、という命令こそが彼女に課せられた任務の本質だった。

 当然、内藤たちも希美が生還を果たせるように離脱しながら最大限の火力支援は行っていたものの、それでもダンジョンから湧き出てくる敵星体の数は、尋常ではない。

 それを第三世代魔法少女がたった一人で、火力支援もあるとはいえ真っ向から防ぎ切ったことは勲章ものの栄誉であるといってもよかった。

 だが、死んだ後にぶら下げられる勲章のどこに価値があるのか。

 空の棺を見送ることになる今後と、物言わぬ帰還を果たした彼女たちの両親や家族、その心境を考えて、内藤は己の無力と、横暴に振りかざされる大人の事情を呪った。


「畜生、何が呪術甲冑だ、何が陸戦隊だ! 俺たちは……たった三人の女の子すら守れなかったんだぞ!」

「隊長……」

「上の奴らはいい、俺たちが持ち帰ったデータを見てああでもないこうでもないとか言ってりゃあいいんだ、だが、そこで死人が出てることを数でしか見ちゃいねえ!」

「……」

「なら……俺たちは何のためにあの鎧を着てるんだ!? 一人でも多くの人間を助けるためじゃなかったのか、魔法少女をこれ以上戦場に送り出さないためじゃあなかったのかよ!!!」


 荒れ狂う内藤の怒りを受け止められる者は、この場にはいなかった。

 彼と同じ部屋に割り当てられた部下である鶴見もまた、感じていることは同じだったからだ。

 あわよくばこの調査で四国を奪還できればいいと考えていたのは上層部だけではなく、新たな誇りに身を包んだ前線の兵士たちもまた同じだった。

 しかし、いつでも現実というものは空転して、悪い方向へと倒れ込んでいくものなのだ。

 そうわかっていても、そこに期待を抱くことや夢を抱くことをやめられないのは人間の性とでも呼べるもので、それが現実と食い違っていた時に涙を零すのもまた、人の行いとして不自然ではない。

 そんな冷笑的な見方をしたところで、穿ったところから物を見て、わかったような気になったところで、それはただ空虚なだけだ。

 ならば、目の前にある犠牲や死に涙を流すことができる方がよほど人間らしい。

 内藤が涙に暮れて漢泣きをするのにつられて、鶴見もまた、本当であれば明日の予定を話し合ったり、ウィンドウショッピングをしながらああでもないこうでもないと、他愛もない言葉を交わすのが似合っていた三人の魔法少女のために涙を零す。

 遺体どころか、ドッグタグや遺品の回収すら、自分たちはしてやれなかった。

 何が大人だと、そう嘆き続ける内藤は拳の跡がつくほどに強く壁を殴りつけて、怒声と共にそう吐き捨てる。


「すまねえ……すまねえ、霧崎、松原、弦巻……俺らが情けねえあまりよ、こんなことになっちまって……!」


 だが、生者にできることは死者に訪れるはずだった明日を生きることだけだ。

 死に急ぐのではなく、生き残ることが、生き続けることが何よりの弔いであるからこそ、自分たちはこのダンジョンについてのデータを持って帰るのだと、そう言い聞かせなければ、とてもやっていけるものではない。

 漢泣きに暮れる内藤と、密やかに涙を流す鶴見の声が、棺を送り出す聖歌となって、戦場から離れていく「オールト」の一室に響き渡る。

 歌のように、天国へと託された祈りのように、一足先に自由になった魔法少女たちのため、内藤たちはその涙を捧げ続けるのだった。

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